第84話
「で、うちに連れてきた、と?」
オーガスタスはいつものように机に肘をついて、困ったように微笑んだ。
街兵の詰所という選択肢もあったが、領主にまで顔が利く人間性の確かな知り合いがいれば、後者を選ぶ。
「さて、困ったね。常であれば保護者を見つけて引き渡すところだが、その保護者がいないのではねぇ」
ぽりぽりと頰をかくその様は好々爺にしか見えない。しかしこの一年でオーガスタスの手腕と狸爺っぷりはしっかりと理解している。
「この街にはないけれど、他の街の孤児院に連絡をつけることはできるが」
「孤児院には行かないわ。必要ないもの」
オーガスタスの言葉に少女はきっぱりと首を横に振って答える。
「でもそうね」
少女は唇に手を当てて思案してから私を見た。
「たまには暖かいベッドで寝たいし、イーリスの家にならいってあげてもいいわよ」
「駄目だ」
私が答えるより先に、ラグナルが拒否する。
「どうして貴方に指図されなきゃいけないの」
「お前のような得体の知れない人間をイーリスの側におけるか。さっさと旅とやらの続きにでればいい」
「いつどこに行くかは私が決める。貴方にどうこう言われる謂われはないから」
ラグナルが少女を睨みつける。ラグナルは目つきが鋭くやや人相が悪い。おまけにダークエルフである。ラグナルに凄まれれば、気の弱い人間なら泣き出してしまうだろう。しかし少女はラグナルに苛立ちをぶつけられても平然としていた。
「言わせておけば、餓鬼が調子にのるな」
あどけない少女に罵声を浴びせるダークエルフ。とっても大人気ない。
ロフォカレに来る道中に分かったことだが、この二人、かなり相性が悪い。
ラグナルが少女に敵意をむき出しにする理由は分かる。警戒しているのだ。
一方少女のほうも、私にはにこやかに話しかけてくるのに、ラグナルにはけんもほろろな対応をする。
初対面でここまでいがみ合えるのはある意味感心だ。
「私、リュンヌ。よろしくね、イーリス」
勝手によろしくされても困る。
この不思議な少女の身元について、私なりに色々と推察してみた。
でた結論は家出一択だ。
荷物はなく、服は小ぎれいで、日に焼けていない。
これで旅をしていますと言われて信じるものはいない。
単なる家出少女なら数日家に泊めるのはやぶさかではないが、問題は彼女の出自だ。
白い肌と艶やかな髪。教養を感じさせる言動。裕福な商家または貴族の娘あたりだと見当がつく。
大方、親族に決められた許嫁がきにくわないなどで突発的に行動にうつしたのだろう。私にも身に覚えがある。
少女とはいえ貴族だった場合を考えれば家に入れるのは避けたい。彼女がイーを知っているとは思わないが、臍の印を見られるかもしれない危険は犯したくなかった。
「申し訳ないんだけど、私も仕事があるし泊めるのはちょっと……」
やんわりと拒否する。
「あら、私のことなら気にしてくれなくていいわよ、寝床だけ提供してくれたらあとは勝手にしてるから」
「それもちょっと……」
迷惑です。と精一杯言外に表現してみるが通じているのかどうか。
助け舟を求めてオーガスタスを見れば、彼は腕を組んで唸っていた。彼も少女の身元を推察して無下にはできないと考えているのだろう。
「いいかげんにしろ。寝床が欲しいなら宿をとれ」
ラグナルが声を荒げるが少女はどこ吹く風だ。
「お金なんて持ってないわよ? それに私はイーリスと一緒がいいの。なんだか気に入っちゃった」
そう言って、私に近寄ると抱きついた。
森で見つけて街まで連れ帰っただけだ。ラグナルが邪魔しに入るものだから碌に会話もしていない。
少女の振る舞いは明らかにおかしい。
なぜだか胸騒ぎがして、体に回った腕を外そうと手を伸ばす。
背伸びをして顔を近づけた少女の唇がそんな私の耳にそっとこう吹き込んだ。
「ね、お願い。迷惑はかけないわ。だからいいでしょう?」
それから少し顔を離し、唇の動きだけで告げる。
『ラートーンの罪の子』
音を立てて全身の血の気が引いていく。
体から熱が失われたようだった。
震えだしそうになる体を意志の力で縛り付ける。
私の変化に気づいたのかゼイヴィアが壁から背を離した。腰の後ろに手をやったのは、そこに彼が魔術の媒介とするものが隠されているからだ。オーガスタスはいつも浮かべている笑みを消し、鋭い眼光でこちらを注視する。
ただ一人、私たちの背後にいるラグナルだけは異変に気付かなかったらしい。
「おい、イーリスから離れろ」
そういう声は苛立ちにあふれていたものの先ほどまでと差異はない。
私はゼイヴィアとオーガスタスに、目で訴えかけた。
――動かないで、と
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