第二部 三流調剤師と大罪
第83話
翌朝、迎えにきたラグナルは一目でわかるほど不機嫌だった。
あんな別れ方をしたものだから、今日は姿を見せないんじゃないだろうか。ロフォカレに顔を出して誰かつけてくれるように頼もうかなぁと考えながら、朝食をとるために外に出たら……すでにラグナルはいた。
しかめっ面で腕を組み壁に寄りかかって待っていたのだ。
いったいいつからいたのか、聞くのが怖い。
道ゆく人々がラグナルから距離をとりつつも、様子を伺いながら去っていく。
「戸を叩いておこしてくれたらいいのに」とか、「昨日はごめん」とか、「シャツ忘れてるよ」とか、「去り際の台詞について詳しく!」とか、言いたいことはいっぱいあった。
でも実際に私の口から出たのは「おはよう」と当たり障りのないもので、ラグナルも昨晩のことなどなかったかのように、手を繋いで歩き出す。
気まずい空気は漂ったままだけど、あえて昨日のことを突いてみる気にはまだなれない。
無言で歩いて、無言でいつもの飯屋で朝食をとり、その足でコールの森へ入った。
「ここまでくれば流石に豊作。ありがとうラグナル。助かったよ」
一人で入れる場所から半刻ほど奥に入れば、サオ茸は面白いように見つかった。
地面は適度に湿り気を帯びておりサオ茸の育成に適している上に、他に採りにくるものがいないのも大きいだろう。
ラグナルと二人で採取すれば籠はあっというまにサオ茸でいっぱいになった。
陽は中天を過ぎたころ。早めにあがって、ジーニーの家で下準備をしてしまおう。
籠を背負って伸びをする。
その時だった。
森の奥からパキンと小枝を踏む音が聞こえたのは。
ラグナルが黒剣に手をかけて、左手で私に背後に下がるように示す。
私はおとなしくその指示に従った。
パキン、カサリ、小枝や枯れ草を踏みしめる音はどんどんと近づいてくる。
私は固唾を飲んで音がする方角を注視した。
白く丸い頰、栗色の髪のおさげ、膝下丈のスカート。
森の奥から姿を現したのは、少女だった。まだ7、8歳ぐらいだろうか。
――とっても既視感
ここは魔獣の徘徊するコールの森。
間違っても少女が一人でいていい場所ではない。
思わず耳の形を確認する。
――丸い。
エルフではない。
エルフではないけれど、だったらなんだというのだろ? 迷子にしては慌てる様子も涙を流したあともない。ここが街の中なら、気にもとめなかっただろう。それほどに少女は普通だった。
「こんにちは」
高く澄んだ声。少女はにこりと笑うとスカートをつまんで可愛らしく礼をする。ちょっと気取った仕草ではあるが、別におかしくはない。ここがコールの森の中でなければ。
「こ、こんにちはー」
思わず挨拶を返してしまう。ラグナルは左手で私を制しながら一歩少女に近づいた。
「一人か」
剣を構えたまま。しかしその声には困惑が滲んでいる。
「そうよ」
「ここで何をしている」
「お散歩?」
なぜ疑問形。
「そうか。ならばさっさと行け」
ラグナルは黒剣の先で森の奥を指し少女に去るよう促す。
「いやいやいや。ちょっと待って」
その対応はおかしい。少女もおかしいけど、だからって森に一人で置いておいていいわけがない。
「ホルトンの子?」
ラグナルの後ろから顔を出して尋ねる。
「違うわ」
少女が首を振る。長いおさげがゆらゆらと揺れた。
「旅をしているの。ここはたまたま通りかかったんだけど……。会えて嬉しい」
屈託のない笑顔は、穿って見てしまうからか随分と大人びて見えた。
旅の途中に一人で森に迷い込んだ。困っていたので人に会えてよかった。そう解釈するのが適当のはず。しかしこの落ち着き具合はなんだろう。
「えーと、親御さんは? どこの街に泊まってるかわかる?」
少女は不思議そうな顔で私を見た。
「一人って言ったじゃない」
「一人って……。一人で旅をしてるってこと?」
私の問いに少女は頷いた。
ちょっと何を言ってるかわからない。少女はどう見てもまだ子供だ。実際の年齢よりも小柄で幼い顔立ちをしているのだとしても、せいぜい十歳ほどである。一人で旅ができる歳ではない。それに旅をしているのなら当然持っているはずの荷もない。
話を聞けば聞くほど混乱するばかりだ。
「では、さっさと旅の続きに戻るがいい」
ラグナルは再び剣の切っ先を森の奥へと向ける。
「だから、それは駄目だってば」
たとえ少女の得体が知れなくとも、森の奥へ追い払おうとするのはやめてほしい。
迷ったすえ、私はラグナルの時と同じ対応をすることにした。
「とりあえず、一緒にホルトンにいこう!」
でもってオーガスタスに丸投げだ!
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