第6話
私はもちろんと頷いた。
「大通りにギルドハウスを出してるとこでしょ?」
ごく最近、ロフォカレのギルドハウスの隣にある酒場の片隅で、彼らの活躍を肴に調剤師仲間と酒を飲んだばかりだ。
「あそこのマスターは話の分かる御仁でな。領主直々の依頼も受けているから、顔が利くはずだ。渡りをつけてくれるやもしれん。話を通しといてやるから、相談に行ってこい」
つまり街兵をすっとばして、領主に話を持っていけと。
「ここの領主様が賢君だって噂は聞いてるけど……」
賢君がイコール篤実な人柄であるわけではないし。と迷う私にバートは仕方ねえだろとぼやく。
「街兵を相手にするよりはマシなはずだ」
バートが危惧していることはわかる。街兵と一口にいっても弱者の味方な正義漢ばかりではない。
街兵隊では元犯罪者を雇い、情報収拾や尋問に当たらせたりもしていた。
もちろん更生していることが前提だが、多少の無茶には目をつぶる上役も多いのが現状だ。
ギルドがいくつも門を構えるこの街のような、活気に溢れる所はそれに比例するように安全面に難が出るものだが、比較的治安が良いのは彼らの存在が一役買っているのだろう。そう思うと一概に否定はできない。しかし自分が絞られる側に回るとなると別だ。
そのシステムを容認しているのが、領主様だと思うと、どっちもどっちな気もするが……
そう言い募るとバートは顎に生えた無精髭を撫でながらニヤリと笑う。
「その為にロフォカレを通すんだ。魔獣討伐には欠かせん存在だからな。無碍にはなさらんだろうさ」
国や地方によって違うが、ここでは騎士や街兵は魔獣については門外漢だ。討伐ギルドの存在は重い。
にしてもロフォカレ、そこまで食い込んでるのか……。気をつけよう。
飲み始めは素直に褒め称えていたけれど、四杯目を空けるころには、妬み混じりの愚痴大会になった先日の酒の席を思い出して冷や汗がにじむ。
「わかった。とりあえずロフォカレに行ってみる。なるべく早く行きたいんだけど……」
「ああ、朝のうちに使いをやるようにするから、昼までに一旦、ここに顔を出せ」
「了解」
バートはそれから彼のシャツを一枚と布靴を貸してくれた。支払いは次の薬の納入に色を付けるように、と笑いながら。
バート様様である。私はバートに何度もお礼を言って店を出た。
子供は血のついたビリビリのシャツに裸足。という格好から、くたびれたシャツとブカブカの布靴姿に変わった。
バートの店を出てから子供は一言も口をきかない。すがるような眼差しを向けてくることもない。
無言で街を歩き、道中で立ち寄った店で鳥の串焼きを二本とパンを二つと、葡萄ジュースを購入する。食費も二倍となると出費が痛い。龍涎石を早めに換金しないといけないだろう。
街の南西の隅っこにある煉瓦造りのこぢんまりとしたボロ屋の前で足を止めると、私は手を引かれて半歩後ろを大人しくついてきていた子供を振り返った。
「家に入る前に確認したいことがある」
串焼きの入った包みに釘付けになっていた子供は、きょとんとした表情で顔を上げた。
「人間は嫌い?」
瞬きをしてから、首を傾げる子供。
……ちょっと不安になってきた。
「私は? 嫌いじゃない?」
子供は首を傾げたまま動かなくなってしまう。
……すごく不安だ。
意を決して最後に最大の難関である質問をぶつける。
「黒魔法は使える?」
子供は少し考える素振りを見せてから、首を縦に振った。
……ものすごく不安だ。
「えーと、お姉ちゃんとお約束。家の中で、というかどこでもなるべく黒魔法は使わないで。使うときは事前に申告して許可を得ること」
子供は動かない。
仕方なく私は串焼きの包みを持ち上げて言った。
「約束してくれたら私の分もあげるから」
途端にパッと笑顔になって勢いよく頷く。初めて見た笑顔だった。褐色の頰を上気させて、無邪気に笑う様は文句なしにかわいい。けれど、それが串焼きに向けるものだと思うと少々複雑だった……
一年前から我が家となったこの家は、もとは靴職人が使っていたらしい。入ってすぐに炉の設置された広い土間があり、奥にベッドや家具を置いてある煉瓦敷きの部屋が一つ。その隣に物置に使っている小さな部屋がある。
子供を一つしかない椅子に座らせ、机に買ってきたものを並べる。
目の間に肉が刺さった串が置かれた途端に、子供は手を伸ばして夢中でほおばり出した。
行儀もなにもあったものではないが、頰を膨らませ無心で肉をかじる姿を見ると何も言えなくなる。
――この子はいつからあそこにいたんだろう?
お腹をすかせてはいるが、衰弱している様子はない。体についた傷も乾ききっていなかった。
聞きたいことはいっぱいあるのに、本人に話してくれる気がないのが困る。
いまだに「お腹すいた」と「離して」以外の言葉を発していないのだから。
私はため息をこらえて土間に戻ると、薪を足して火を熾し、水瓶から汲んだ水を火にかける。
湯を沸かす間に、立てかけてあったタライを土間において、着替えを用意しようと振り返り……顔に手を当て俯いた。
子供はとっくに肉を食べ終わり、二つ目のパンを口にしていた。
項垂れる私の様子に気づいた子供が、パンをくわえたままこちらを向いて、あからさまにしまったという顔をする。
「二個あるものを勝手に全部食べちゃ駄目。食べものは半分こ! これも約束。分かった?」
子供はそっと食べかけのパンを机に戻し、必死に何度も頷いた。
罪悪感があったようで何よりだ。
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