第5話

 領主お抱えの一流調剤師でさえ怯える相手に、私が太刀打ちできるはずもない。この一年、顧客の開拓に勤しみ、せっかく生活が安定してきたところだというのに。

 まだ子供とはいえエルフはエルフ。森で暮らす方が彼にとっても幸せに違いない。絶対に。間違いない。


「落ち着け。こいつはそっちじゃない」


 拳を握りしめ、小さなエルフの幸せについて思いを馳せていると、バートが呆れたように声を上げた。


「そっち?」


 バートは子供の頭をぽんぽんと撫でながら言う。


「坊主の肌は何色だ?」


 体を起こしてこちらを見つめる子供はどこをとっても、こんがりと日に焼けたような褐色である。

 エルフの見た目の特徴の一つに、「雪のように白い肌」というものがある。子供はどうみてもそれに当てはまらない。


「こいつはダークエルフだ」


 ダークエルフ−−人の国が力を持つこの大陸において、険しいイービル山脈の奥深くに引きこもり、他者とは一切接触しない生活を送る種族。

 その生活様式や文化は謎に包まれており、彼らの生態を解き明かすべくイービル山脈に足を踏み入れた研究者は、ことごとく消息を絶っている。

 またホウリの森に住むエルフとの仲は芳しくないという説が一般的である。

 膨大な魔力を有し、長寿であるがゆえの様々な貴重な知識を蓄えているため、列強もかの山脈に手をだすことはない。

 そして、彼らは……


「エルフより少しばかり偏屈で、エルフより多少人間が嫌いで、エルフよりかなり好戦的で、三度の飯より黒魔法が大好きなダークエルフだな」

「どっちにしろ、だめじゃん!!」


 むしろ失職の危機が命の危機にグレードアップした気がする。

 私の悲鳴に近い叫びを聞いて、バートは自身の頭に手をやってワシワシと掻き毟る。


「何より問題なのは坊主が一人でコールの森にいたって点だな。イービル山脈からここまで、最低でも陸路で国を三つ跨がにゃならん。エルフってのは人間より遥かに長寿だが、それは青年期がやたらめったら長いだけでな。坊主は人と同じ見たままの年だ。年端もいかん子供が一人で移動出来る距離じゃねえ」


 私はごくりと唾を飲み込んだ。人間嫌いのダークエルフの子供が、故郷のイービル山脈から遠く離れた人間の国にある森に一人でいるわけについて考えてみるが、どうにも平和的な案が浮かばない。


「営利目的の誘拐と、エルフマニアによる誘拐と、ショタコンによる誘拐。どれだろう……」


 そう言うと、バートは盛大に顔をしかめた。


「おい、もっとマシな選択肢を用意しろ」


 そんな案があったら、とっくにそれ一択にしぼっている。


「エルフってのは排他的なぶん、同族を大切にする。拐かされたんだとしたら、いまごろ血眼になって坊主を探しているだろうよ。ことによっちゃあ、かなり面倒なことになるぞ」


 排他的で偏屈で人間嫌いで好戦的で底なしの魔力を持つ黒魔法ジャンキーが、血眼になって子供を探しに来たら……面倒なこと程度では到底済まない事態になるだろう。

 想像するだけで冗談を返す気力も失せる。

 しんと室内に沈黙が降りた。

 ふと、子供の方を見ると、不安そうに口を真一文字に引き結んでいる。

 すがるような目で見返され、ちくちくとなけなしの良心が刺激された。しかし、かわいそうだからでどうこう出来る話でもない。

 私は子供から視線を引き剥がした。


「バート。この子に服と靴を貸してくれない? 今から中央の本詰所に行ってくる」


 あとは街兵に、ひいては領主様になんとかしてもらおう。


「それが一番だろう。と、言いたいところだが、勧められんな」

「え? どうしてよ」


 バートは腕を組んで、ため息を吐いた。


「あまりこんなことは言いたかねえが、よそ者のお前さんの話を、あいつらがどこまで信用するかわからん」


 どこの街でも流れ者に向けられる目は厳しい。

 それは冒険者とて例外ではなく、だからこそ皆、信用のあるギルドに所属する。ギルドは信用を保つために所属するギルド員の管理を怠らないのだ。

 この街に、調剤師のギルドはない。

 私が有り金を叩いて家を購入したのは、信用を得るためでもあった。

 そうやって定住する意思を示しても、よそ者だという意識は付いて回る。


「お前さんのような若い娘が、一人でふらりとやってきて身を立ててるってのも、悪い目に出そうでな……」


 バートは申し訳なさそうに言い募る。


「あー、うん、バートの言う通りだね。忠告してくれてありがとう」


 やるせない気もするが、ここに来てまだ一年だ。仕方ない。


「でも、参ったなー」


 私は天を仰いだ。打つ手がない。

 もし、先ほど立てた仮説が当たっていたとしたら、子供を連れて歩く姿を、街の人々に目撃されているのも痛い。子供を探す人物が私にたどり着くのは容易いだろう。

 どうしたものかと考えていると、難しい顔をして考え込んでいたバートが、「なあ」と声をあげた。


「討伐専門ギルドのロフォカレを知ってるか?」


 この街の住人でロフォカレを知らない者はいない。凄腕の冒険者を幾人も抱えており、彼らの活躍は嫌でも耳に入る。コールの森の深部で魔物を討伐し高額の褒賞を得た冒険者たちもロフォカレ所属だった。

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