「泣きたいときは泣いていいんだよ」

優しく語る君のあたたかい腕が、私を包む。

そのまま動かないでいると、君の少し不器用な手のひらが、私の髪を撫でる。


泣けない。

このタイミングで出てくるはずの液体が、一滴たりとも出てこない。


つらい、苦しい、泣きたい。負の感情はすべて事実として私の心にある。だというのに、今ここで泣くことを許されたというのに、私の涙腺は乾き切っている。


いつまで経っても動かない私の名を、君が呼ぶ。

私は、ゆっくり、乾いた顔を上げる。


目が合う。


「ごめん」


君の、困ったような、後ろめたいような、異様な表情が、次第にぼやけていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る