「もののけのケって、どこの毛?」―三次もののけミュージアム(広島県)

*このエッセイに関連した写真を、「近況ノート」に展示しています。



 今回は、もののけと鬼のお話です。


 日本中がCOVID-19の流行で大騒ぎしている間に、有名になった妖怪さまがいらっしゃいますね。アマビエ様は、江戸時代(弘化三年・一八四六年)、肥後国(現・熊本県)の海に顕現されたのが最初とうかがっていますが、「病気が流行ったら、私の写し絵を早々に人々に見せよ」とは粋な計らいじゃありませんか。ネットやTVの誤情報にふりまわされず、黙々と絵を描いていれば、ひとさまの邪魔にはなりません。不安に押しつぶされることもありません。私も描かせていただきました。

 『鬼滅の刃』(呉峠呼世晴・集英社)の人気も凄かったですね! ええ、私もコミックスを拝読し、アニメと映画を拝見しました。煉獄さんカッコいい💕 もののけと鬼退治は、日本人の娯楽の定番ですよね~~~♪

 ――と、テンション高めに語っていて、ふと我に返りました。


「もののけ」って、何?


 いろいろ調べてみますと、「もののけ」は本来「物気」と書き、『古事記』の時代(八世紀初頭)は神や霊、「神の気」もしくは神の力を指していました。物体ではなかったのです。大物主神おおものぬしのかみの「物」はそういう意味ですし、『日本書紀』の伊弉諾いざなぎ伊邪那美いざなみが「ことごとくに万物よろずのものを生みたまふ」た「物」は神々のことでした。

 『万葉集』の時代(八世紀末)になると、「鬼」という字を「もの」と訓読みしています。これは中国の――人間は死ぬと冥界に行って鬼になって暮らす。または神に近い存在=「鬼神」となる――という思想の影響です。鬼は死霊であり、生きている人に害をなす、特に病気にさせる存在になりました。『日本霊異記』(九世紀)では、「物」は「人間にとり憑いて悩ませる存在」として書かれています。


 では「もののけ」の「」って何? ――勿論、毛ではありません(^^ゞ 


 『古事記』の時代は「神の」、「の気」と言い、疫病を意味していました。『日本霊異記』に、謀反を疑われて自害させられた長屋王の遺骨が「気」を発して土佐の人々を殺したことが書かれています。

 古代~中世まで、日本人にとって「もののけ」は神々の負のパワーであり、正体が明らかでない病や死の原因として恐れられていたのです。


 近世に入ると、「もののけ」は怨霊や妖怪・幽霊などと混同して捉えられるようになりました。江戸時代に怪談は娯楽となり、幽霊や妖怪ばけものは恐ろしいものでなくなりました。古い道具や動物、幽霊や洗濯物、風や嵐や人間など、あやしげな存在すべてが「もののけ」とされ、キャラクター化され、娯楽化されたのです。

 水木しげる御大の妖怪たちも、現代の『妖怪ウォッチ』の妖怪たちも、愛すべき可愛らしい存在になっています。


          ◇◇


 二〇一九年四月、広島県三次市に「三次みよしもののけミュージアム」が開館しました。民俗学者・妖怪研究家の湯本豪一こういち先生(一九五〇年~)が集めた、「もののけ」に関するコレクションを展示している日本妖怪博物館です。

 前述のアマビエ様や『鬼滅の刃』人気に関連して、全国放送のTV番組で紹介され、県内の中学校の校外学習先にもなりました。


 何故、三次にモノノケが? ――それは、ここが『稲生物怪録いのうもののけろく』のうまれた土地だからです。


 江戸時代中期(寛延二年・一七四九年)、旧三次藩に住んでいた実在の人物・稲生武太夫ぶだゆう(幼名:平太郎へいたろう、十六歳)のもとに、突然 魔王が現われました。それから一か月間、毎晩さまざまな妖怪たちが武太夫のところに現れ、彼を脅しつづけます。しかし、武太夫は豪胆で一か月間おどしに耐えぬいたため、降参した魔王から木槌を与えられました。

 この体験を武太夫自身が書き残したものが「三次物語」です。のちに脚色され、『稲生物怪録』や『稲生物怪録絵巻』などになりました。


 当時から絵本や絵巻物、戯曲にされ、明治以降は『百物語絵巻』や小説、講談にとりいれられ、最近では漫画や神楽になりました。水木しげる先生や京極夏彦先生、荒俣宏先生に称賛されている大ベストセラーです。

 広島市稲荷町には、この稲生武太夫を祀った「稲生いなり神社」があります。ミステリーや民俗ファンにとっての聖地で、京極・荒俣・水木先生たちの奉納した幟が観られます。


 三次もののけミュージアムでは、この『稲生物怪録』の紹介だけでなく、湯本先生のコレクション、主に江戸時代以降の妖怪やもののけに関する品々が展示されています。

 頭に角の生えた「猫鬼」の頭蓋骨。羅漢寺にあった「鬼子のミイラ」の写真。幻獣「十二支之獣」絵図。傘の化物を描いた印籠。鬼の盃。酒呑童子絵巻、などなど。

 もののけを愛好し、この世ならぬ存在に思いをめぐらせた人々の想像力の豊かさが、伝わってきます。


 私が見学に訪れた時は「酒呑童子展」開催中でした。なんと、『鬼滅の刃』コミックスも展示されていました!( ゚Д゚)

 もののけ、あやかし、妖怪、鬼ファンな方は、是非ごらん下さい。お勧めです。


          ◇


「三次もののけミュージアム(湯本豪一記念 日本妖怪博物館)」公式HP: https://miyoshi-mononoke.jp/


参考図書:

「稲生物怪録」京極 夏彦・訳、東 雅夫・編(角川ソフィア文庫)

「もののけの日本史」小山 聡子(中公新書)

「古事記(全訳注)」次田 真幸(講談社学術文庫)

「現代語訳 日本書紀」福永 武彦(河出文庫)

「日本霊異記」原田 敏明、高橋 貢(東洋文庫)

「万葉集」中西 進(講談社文庫)

「決定版 日本妖怪大全―妖怪・あの世・神様」水木 しげる(講談社文庫)

「日本の幻獣図譜―大江戸不思議生物出現録」湯本 豪一(東京美術)

「今昔妖怪大鑑―湯本豪一コレクション」湯本 豪一(パイ・インターナショナル)

「古今妖怪累累―湯本豪一コレクション」湯本 豪一(パイ・インターナショナル)

「妖怪絵草紙―湯本豪一コレクション」湯本 豪一(パイ・インターナショナル)

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