第2話 自世界スローライフ その1
異変が世界に影響を及ぼし始めていた。封印されていた古竜たちは目を醒まし、各地の魔物は活性化を始める。
対抗するために魔術師たちは
妖精たちとの協定は反故にされ、安泰と思われた同盟に亀裂が広がる。世界はゆっくりと崩壊へと向かい始めた。
スァラアシャ村は井戸を中心とした小さな集落で、世界の異変の影響を最も受けていない地方の外れに存在するいわゆる初期村だ。
それでも異変の影響により凶暴化した野犬が村人を襲う事件が連続して発生しておりビレッジホール兼冒険者の宿、おびえた羊亭が中心になり、討伐駆除の募集が常に行われているのだが、ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)は裏通りや路地、時には住居内部を通ることで討伐駆除募集の立て札を巧みに避けていた。
「ちょっとでもクエストに関わると、絶対にクエスト・ケンタロンランペイジに誘導される。酒場の乱闘が始まってしまうとおしまいだ」
おびえた羊亭には、ならず者のケンタロンがチュートリアル・ミニボスとして存在しているのだが、テストプレイではまったく歯が立たなかったのだ。剣聖を使用してもだ。
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)はエクスプロイトぎりぎりのゴミ箱を使った視線ずらしを駆使し、最後のクエストギバーを避けると、馬車通りをこっそりと渡りきる。
「よし、村はずれのあばら屋に着いたぞ。ここを拠点にキノコ狩りで資金を貯める。この集落の武器屋で手に入る最高品質の *つわもののたんとう *つわもののかわよろい のセットボーナスである【アーモリーブレッシング:子悪党の
さっそく、あばら屋の囲炉裏に突き刺さっていた *さびたておの を装備し、あばら屋の補修にかかる。
「見積もってキノコ売買だと、資金調達まで通常想定時間の百倍って所か、しっかり修理しておこう。なんだか楽しいな、クラフト要素実装しておいてよかった」
日暮れまでにはあばら屋は【 属性:雨漏り3】が、【属性:雨漏り2】までに改善され、【拠点ランク0】として認識されるようになった。
一仕事終え落ち着いたボッツくん(なまえはあとで変えることができます)は、修理された落とし窓をあけ、村をそっと眺める。
「いい世界だ。村の街角、井戸の桶の下がり具合。行き交う村人たちの導線、どれをとってもかけがえのない世界だ。みんなに楽しんでもらいたかったな……」
夕暮れの時間経過ライティングも完璧に演出された村は、うっすらと涙でにじんだ。
あばら屋(拠点に名前を付けるには @表札 が必要です)でゆっくり休んだボッツくん(なまえはあとで変えることができます)は早速キノコの群生地へと向かった。
岩を小ジャンプによるキャラアタリ押し出しで登り切り、誰も到達していない群生地で効率よく収穫する作戦をとる。みるみるキノコがスタックし @そまつなあみかご をいっぱいにしていく。
そして収穫したキノコは行き交う村人に格安で譲ったのだ。こうすることで *つわものセット 獲得は、より一層時間はかかるが、集落中心部への接触をせずにすみ、クエスト・ケンタロンランペイジの開始を防ぐ事ができた。
「いやぁ、採取もたのしいなぁ。たまに出てくる @ウイスプマッシュルーム が高く売れるんだよね」
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)がキノコの採取を開始し一ヶ月が過ぎようとしていた。採取の手際もさらに良くなり、+そまつなあみかご は +じょうぶなあみかご へと進化している。
それはさらなる効率を生み、ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)は、ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』という称号を得るまでになっていた。
しかしである。想定を超える勢いで収穫される @ウイスプマッシュルーム がスァラアシャ村の情勢を変えつつあることに、ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』はまだ気がついていなかった。
大量に持ち込まれた @ウイスプマッシュルーム がもたらした効能、滋養強壮ランク1は、村人の幸福度を【ささやかなしあわせ】レベルまで押し上げていたのだ。
そして、それはある日、変化となって現れた。
今日も採取に向かう、ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』を呼び止める声がする。いままで一度もなかった村人側から接触してくるという展開に、戸惑いながらも足を止め、振り返る。
「あの、ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』。本当にありがとう、ありがとうございます」
村娘は深々と頭を下げる。
「あぁぁ! エリート村娘だ!」
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』はぎょっとした。
服のデザイン、表情の設定、性格設定を担当ステージの手が空いた合間に、彼自身で行ったからだ。その後あまりにもエリート村娘を気に入り、独自クエストの設定まで作成するという気に入りぶりだった。
「まぁ! エリートだなんて。そういえばきちんとお話ししたのは今日が初めてでしたね。私フーラ。芋畑のフーラです」
ごくり、ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』は生唾を飲み込む。
エリート村娘フーラの父は、汚染された野犬にかじられた事で病気になり、苦しんで死んでしまう。それが原因で村人に
「まっまずいぞ! エリート村娘が
おそるおそる自らの手のひらを見る。うっすらと勇者の紋章が浮かび上がっていた。何らかのクエストが始まると強力な
「うぁあ……クエスト始まってる。でも、この強力な
「どうされましたか?」
エリート村娘フーラ(現普通の村娘)は
「あ、ああぁ、別段なにもないですよ。良い天気ですね」
「ええ、父もきっと今は晴れやかだと思います。たった今父が亡くなったんです」
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』の体に力が入る。
「芋父が死んでいるだと……だとすると、すでに
【アルケミックテクニック:
「無理だ、僕の冒険もここまで……だ」
がっくりと落とした肩に、エリート村娘フーラ(現普通の村娘)は
「そんなに悲しんでくれるなんて。私、とても感謝しているのです。あなたがお芋と交換してくれた @ウイスプマッシュルーム のおかげで父は苦しまず、安らかに天国へ逝けたのです。とても安らかな最後でした。本当に感謝します」
彼女は深々と頭を下げる。
「恨んでないんですか?」
「恨むだなんてとんでもない。最後の言葉だって聞くことができたんです。父だって同じ気持ちなはずです。お礼に、お家をもらってもらえませんか? 父は大工でしたので、まだ元気な頃、私の将来のためにって家を建ててくれていたのですけど、私は今のお家で十分ですので」
村娘の強さを持ちながら、知性と優雅さを感じさせる立ち姿。はかなげな笑顔。畑で傷ついた白い手。泥で汚れた頬。それでも輝きは失ってはいない。
「なんて美しい人なんだ。さすが、僕が設定しただけの事はある」
ふわりと風をはらむ髪は、キラキラとまたたいて見えた。
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』は拠点を【芋畑のレンガ邸:
「フーラ、物を作るって本当に幸せな事なんだな」
「そうね、私も幸せだわ。こういうのってなんて表現したらいいのかな?」
「ははは、そうだなスローライフ……」
「すろおらいふ?」
「そうだよ、自世界で始めるスローライフだ!」
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』は最高に幸せな気分だった。自分が設定した最高にかわいい村娘と、最高な自世界スローライフを始めちゃってるなんて。本当に最高にしあわせだ。
「きゃあああ!」
突然フーラが悲鳴を上げる。収穫した芋つるの後ろから1匹の野犬が現れたのだ。それはただの野犬ではなかった。
「コンタミネーテッドドッグ! フーラ早く家に。しあわせは長くは続かないってやつか」
「だめ、囲まれてる、どうしよう」
魔に汚染された野犬であるコンタミネーテッドドッグは、犬だった頃の習性も強く残していて、パックリーダーを中心に群れで行動する。汚染により凶暴化が進んだ個体は、村人にとっては恐ろしい相手だ。
畑を取り囲んでいた魔犬はかなりの数で、狂ったうなり声を上げながら、包囲の輪を狭めてくる。一体が集団の中から先兵となり、ゆっくりと距離を詰め、グルルと呻く。
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』は *さびたておの を取り出すと構えた。武装はなかなか買い換えず、一気に強化する癖は今回も大きく裏目に出ていた。
「パックリーダーから倒せば、うわあ!」
間合いを計り、飛びかかってきたコンタミネーテッドドッグに *さびたておの を振り下ろす。ただでさえ動きの悪いボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』である。命中するはずがなかった。
後から後から殺到する魔犬達にあっという間に制圧され、押しつぶされていく。
「フーラ! ていうか、いてええ! うああああ、フーラー!」
食い破られていく痛みに耐えながらフーラを視線で探す。引きちぎられた白い足が見え、それもすぐに姿を消した。
「ああ、フーラ、君を守れなかった。これほんと痛いんだな……痛い! なんで、ごめんフーラ、かわいいフーラ うがあああああぁぁ」
***死んでしまいました セーブポイントから再開します***
男は真っ暗闇で一文を見せられ思った。
「いやあ、システムメッセージが世界観に合わないってDがうるさく言っていたな。結局システム的な事は標準を使うべきと、UIリードが押し切って事なきを得たけど」
うっすらと闇に光が差し込み、それが全部を満たすと、ぼんやりとあたりが見え始める。そこは墓場のようだった。中央部に深いローブで顔を隠した3mほどの女神像がまつられている。
「うあ! デス女神フロストワードだ。最初ただの墓石だったのに、グレードアップしてデータ量増やされて、ちょっとした空きステージに設置された墓石がデス女神に置き換えられてさ、ステージ規定データ量超えちゃったりしたんだよな。いやぁでもいいね。やってよかったよ。かっこいいもん」
はてと考える。何かがおかしいと。
「VRモードでつながっているのか?」
ゆっくりと辺りを見回す。何度見てもアドベンチャーラーズエンドの墓場アセットだ。
「このアセット、僕が組んだんだよな」
生前彼はスクロールマンリーダー、レベルデザイナーチーフと呼ばれていた事を思い出した。記憶がすべて失われているわけではないようだ。
「僕は死んだんだよな。確かに……死んだって感じしたもんな。駅のタクシー乗り場でトラックにはねられて死んだんだ」
その場でジャンプもきちんとできる。着地し、芝を踏みしめる感触さえある。接触系はプレイヤーそのものにダメージを与えるという事で完全にカットしてあったはずだ。しかし、そっとデス女神に触れてみると大理石の冷たい感触があった。
そのとき何かが目の前に浮かび上がり、光のような文字列を作る。
―いい加減にしろスローライフ
『デス女神・書き置き機能』が発動したようだ。
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