中の人の自世界転生 ~エクスプロイトで勇者となれ~
々 六四七
勇者・エコー オブ ラストブレイズ
第1話 アドベンチャラーズ ビギニング
急激な需要増による深刻な平行世界不足。
あの鍋女神はサブカルにはまり過ぎて適任ではない。人間界
「わたし、担当お鍋なんだけどなあ……まぁ、ゲームとかちょっと好きだし、異世界業は能力発揮のチャンス到来じゃないかなって気はするけどもさ」
神々しい光で満たされた部屋には、神聖な鍋やヤカンに混じり、腕組みをした斜め立ちをする男達のポスターや『e-SPORTS ナベゴッツクランマスター
「そんな、わたしが選ぶ異世界はこれだぁ!」
部屋には鍋女神一柱しかいないのにもかかわらず興奮気味に声を上げ、1枚のカードを取り出す。ネットゲームのアクセスキーコードが書かれた豪華イラスト限定カードだった。そして急にしょんぼりと肩を落とす。
「アドベンチャーラーズエンド、わたしがもっとも見たかった世界……」
発売直前にサービスが中止になってしまった不遇のゲーム『VRMMO・アドベンチャーラーズエンド』鍋女神はとても楽しみにしていたのだった。
「溶岩のボス部屋どうなったんだろう。迷いの森の遊びとか、耕作クラフト要素。開発チームのみんな、あんなに頑張っていたのにな。機械帝国は削除されたけど、あれ、わたしはいいと思うんだよ。魔法と機械ってさ、いろいろ広がるし」
独り言が止まらなくなってしまった鍋の女神だが、神の力を使って開発をのぞき見するほど楽しみにしていたのである。
そういうところで鍋女神が神界から問題視されていたわけだが、コスト削減による監督能力の低下、下部天使への業務委託の
ただ、管轄する
「やっぱアドドにシヨ。決定! 終わったゲームの続きが見れるなんて役得使わなきゃ、なんで神やってんの? って感じしかしない、ないない」
早速、異世界作成チェックシートに記入を開始する鍋女神。その姿はまさしく神々しかった。大好きな物に臨む姿は、神業務において、ぐうたらな鍋の女神ですら神々しく変化させるのだ。
「オリジナル世界ですか、既存世界ですか? 既存世界ですっと。死に戻りしますか? しますっと、あれ、反転してて触れない。しますします。おかしいなあぁ。うーんなるほど、既存世界の場合、死に戻りは既存世界設定に準ずるから触れないのか」
普段はあんなに面倒になる神業務だったが、このときばかりは違った。あの日見たゲーム開発現場の一員になったような気分だったのだ。
「続きを見るぞ! このアドドの続き、夢の続きを見よう。わたし、RPGはプレイしている所を、後ろから見るのが好きなんだよね、フフフ」
神々しい光が虹色の光を押し始めた。
すっかり夜も更け、終電も無くなりかけてきた中都市のタクシー乗り場で、酒が入り少し騒ぐ者たちがいた。
「今までありがとう。今回は本当に残念だったけど、経験はきっと次に生きると思う。みんな別の会社に行ってもそれぞれ活躍してほしい」
最後の打ち上げ飲み会を終えた、アドベンチャーラーズエンド開発チームの一団だ。
「社長もほんとお元気で、ゲーム開発にもう携わらないなんて言わないでくださいよ」
VRMMOアドベンチャーラーズエンドは、同じコアシステムを使用していた先行する他社製VRMMOが、プレイヤーがログインしたまま精神が戻れなくなるという大きな事故を起こした事で、発売直前でサービス停止を余儀なくされ、そのまま発売中止となってしまったのだった。発生した大きな負債は開発会社を飲み込み、数日前、会社清算へと追い込んだのである。
「君のでっち上げが見れなくなるのは惜しい」
「世界観、世界観ってうるさかったな、Dがさ。でも今だと解るよ。こだわってこだわりきったぜ……そして見たんだ世界観の向こう側ってやつをさ」
「おまえの企画のせいで、スクリプターっていっつも怒ってるのな」
「マジ、ふざけんなよマジで、VR険美世界オンラインめ! マジで」
「まぁまぁそれはやめとけ、しゃーないってさ」
最後の愚痴をそれぞれがこぼし合いながら、到着するタクシーを待つ。
その時である。暴走したトラックが開発チーム一団に突っ込んできたのである。すさまじい音を立て駅前タクシー乗り場を破壊していく。すべてを飲み込みながら……
***死んでしまいました セーブポイントから再開します***
男は真っ暗闇で一文を見せられ思った。
「いやあ、システムメッセージが世界観に合わないってDがうるさく言っていたな。結局システム的な事は標準を使うべきと、UIリードが押し切って事なきを得たけど」
うっすらと闇に光が差し込み、それが全部を満たすと、ぼんやりとあたりが見え始める。そこは墓場のようだった。中央部に深いローブで顔を隠した3mほどの女神像がまつられている。
「うあ! デス女神フロストワードだ。最初ただの墓石だったのに、グレードアップしてデータ量増やされて、ちょっとした空きステージに設置された墓石がデス女神に置き換えられてさ、ステージ規定データ量超えちゃったりしたんだよな。いやぁでもいいね。やってよかったよ。かっこいいもん」
はてと考える。何かがおかしいと。
「VRモードでつながっているのか?」
ゆっくりと辺りを見回す。何度見てもアドベンチャーラーズエンドの墓場アセットだ。
「このアセット、僕が組んだんだよな」
生前彼はスクロールマンリーダー、レベルデザイナーチーフと呼ばれていた事を思い出した。記憶がすべて失われているわけではないようだ。
「僕は死んだんだよな。確かに……死んだって感じしたもんな。駅のタクシー乗り場でトラックにはねられて死んだんだ」
その場でジャンプもきちんとできる。着地し、芝を踏みしめる感触さえある。接触系はプレイヤーそのものにダメージを与えるという事で完全にカットしてあったはずだ。しかし、そっとデス女神に触れてみると大理石の冷たい感触があった。
そのとき何かが目の前に浮かび上がり、光のような文字列を作る。
―スローライフはもうやめろ
『デス女神・書き置き機能』が発動したようだ。
アドベンチャーラーズエンドはプレイヤーが死ぬと、最後にセーブポイントに指定したデス女神まで巻き戻され、経験もアイテム、ゴールドもセーブポイント直後の状態に戻る仕様だ。
進行度はホストに同期される為、協力プレイ時に、書き置きを残せないかと実装された機能だったが、これまたDの意向で文字数は15文字に制限されてしまった。
「いやそう言われてもな。ていうかこれは……転生したのか」
男はその場でジャンプを繰り返し、身体能力を確かめていく。
「じゃあ、転生したとして僕の名前は? イージーモードのドラゴンの重兵ダラガアンがいいけど、手は普通だな。人間のようだけど、剣聖ヴァルガスかなあ、いや若すぎるな、ハーフリングのリンリリか?そこまで小さく無いようだ……、まっまさか……」
男は走り出した。道を進めば小川が有ることを知っていた、何度もテストプレイで小川の橋を通ったからだ。とにかく、そこに体を写せばどのアーキーキャラクターとして転生したのか、それでこの世界の難易度が決まる。
違っていてくれと願うも、やたら少ないスタミナで最悪を感じ始め、その最悪は程なくして現実の物となった。小川に揺れる自らのシルエットを確認し、覚悟して自らの名前を問うた。
「システムワード 僕の名前は?」
***
「僕はゲームが下手だった。ほとんどのゲームを最後まで遊ぶことができなかったんだ。だからゲームデザイナになったんだ。僕がクリアできるゲームは、誰でもクリアーできる物差しになれたからだ。下手でも楽しめる企画を考えられたからレベルデザイナーになれたんだ……ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)で生き残れる自信なんてないよ」
しばらく立ち尽くしていたものの、変な歩き方で進み始めたボッツくん(なまえはあとで変えることができます)はとにかく初期村に向かうことにしたようだ。小さくジャンプを繰り返し、あぜ道の真ん中を進んで行く。そうすることでモンスターの検知度がジャンプ毎にカウントされず、比較的安全に移動できることを知っていたからだ。ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)プレイ時の基礎テクニックである。
「テックエンジニアの大久保が編み出した、大久保ジャンプって社内で呼ばれてたっけ」
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)の前に中世チックな牧歌的な村が広がるが、大久保ジャンプでの移動では、到着になかなかの時間が必要だろう。
しかし、野犬にも敗北する可能性があるボッツくん(なまえはあとで変えることができます)である、これは仕方が無いのだ。
「僕は、軽くだけどこの後発生する事件を知っている。完全では無いにしろ、知っているんだ。剣聖でも僕にとっは難しかったんだぞ」
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)は大きなため息をついた。
「なんなんだ、せめて異世界転生がよかった、これじゃあ自世界転生じゃ無いか!」
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)の声はまだまだ村には届きそうに無い。
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