塵芥にモザイク

藤 夏燦

塵芥にモザイク

 法人向けICT機器の営業をしていたころ、彼女と二人で山奥の寺院に紅葉を観に出かけたことがあった。仕事に行き詰っていた私は、少し強引に彼女を誘って目的地へと車を走らせた。空模様は灰色で、両脇の秋景色が際立っていた。




「紅葉を見に行くだけなら、こんな遠くまで来なくてもよかったんじゃない?」




 不満そうな声で彼女は言った。確かにそうかもしれない。




「でも近場はみんな人であふれているし、少し走りたいんだ」




 私は運転に集中して彼女に返答した。もう付き合って2年も経っているので、彼女は私の様子を察したようだった。




「何か、悩みごとでもあるの?」


「うん。でも今日一日遊んだらきっと無くなるさ」




 私は彼女に仕事の悩みを打ち明けるべきか悩んでいた。私の仕事はOA機器の営業で、最近では流行りに手を出してICTの導入支援もはじめていた。人に好かれる性格のため営業成績もよく、取引先との関係も良好である。元々、機械が好きだったのと人と話すのが得意だったので、今の会社は天職のように思えた。そんな私を彼女含めた第三者から見れば、仕事の悩みなど無縁の存在だと羨ましがるはずだ。しかし私は悩んでいた。




(私の仕事は社会の役に立っているのだろうか。さらに言えば私が働いた功績は将来なにかの役に立つのだろうか)




 OA機器に限らず、営業職というものは自分で何かをするわけではない。人が作ったものを売り、壊れたら人に頼んで直してもらう。「ありがとう」も「申し訳ございません」も私に向けた言葉じゃない。私はただの仲介役で、何もしていないのだ。


 看護師である彼女に嫉妬していたことも、私が悩みを打ち明けられない理由だった。彼女は外科外来の看護師で、直接患者と関わっている。そこにある「ありがとう」は紛れもなく彼女に向けられたものだ。私はそんな仕事をしている彼女のことを心底羨ましく思っていた。私は何も生み出さないし、誰も救えない。


 ICTとかAIとか、将来の通信インフラの整備に関われる気がして今の会社に入ったが、やっていることは既存機器の押し売り。相手先にすでに環境が整っているにも関わらず、契約をとってこいという上司までいる。入社して3年目、私は赤や黄色に染まった街道をドライブしながら、この仕事を始めた理由を見失いかけていた。




☆☆☆




 運転中、彼女がストリーミング音楽サービスでノリのいいロックバンドの曲を流していたが、それすらも私は嫌だった。彼らの曲は未来永劫、「作品」として愛されるのだろう。対して私が人生を削って「売った」職場のICT環境は、誰が覚えているというのか。環境が整えば私は用済み。あとはサポートデスクに引き継がれる。どんな売れないバンドより、私は惨めな気持ちだった。


 観光地からも離れた鎌倉時代からある寺院は、予想通り寂れていた。紅葉の時期だというのに人がほとんどいない。




「誰もいないよ。穴場だね」




 わがままに突き合せた挙句、こんな寂れた場所をデートスポットに選んでも、彼女はそう言ってくれた。近くの駐車場に車を停めると、紅葉の綺麗な境内を散策し、少し外れた山道を歩いた。




「仕事どう?」




 何も言わず歩いていた私に、突然彼女が言った。




「順調ではないよ。君は、大変だよね?」


「うん。こんなご時世だし」


「ごめん、付き合わせちゃって」


「ううん。ちょうどいい気分転換になったから、気にしないで」




 二人で下をむいて歩く。彼女が今している仕事はきっと何十年も語り継がれるのだろう。それなのに私の仕事は……。


 そんな中、開けた場所に出た。まるでストーンヘンジのように石の像が何体も立ち、その像たちにブルーシートがかけられていた。小さな遊園地の跡だろうか、かなり不気味な場所だった。




「あれ、道を間違えたかな?」




 私が言うと、彼女が答えた。




「でも遊歩道は続いているよ。とりあえず行ってみない?」




 私は気が進まなかなったが、彼女が乗り気なのでついて行くことにした。冒険するのが大好きな女の子だ。




『わく○くワノターフント』




 石の像が並ぶエリアの入り口にそう書かれていた。たぶん「わくわくワンダーランド」と書いてあったのだろう。文字が剥げて消えかけている。




「あれ?」




 彼女が言った。




「どうしたの?」


「私、ここ来たことあるかも」




 彼女はそのまま石像たちに近づくと、ブルーシートの中を覗いた。中には石細工で作られた「ド○えもん」や「ミ○キーマウス」などが隠されていた。きっと著作権なんてなにそれの時代に、ここの所有者が立てたのだろう。そこそこ良く出来ているが、今では権利がないために観光客の目につかないようにブルーシートをかけているらしかった。完成度が高いゆえに、なんともったいないことか。




「せっかく作ったのに、全部無駄になっちまったな」




 そう言い終えたあと、私はこの石像たちに自分の姿が重なったことに気づいた。こいつらも結局、何の役にも立たずに、歴史の中へ埋もれるんだ。


 廃墟っぽいエリアを抜けると、寺院の境内に戻ってきた。一応、あの場所も遊歩道の一部として使われているらしい。彼女の判断は正しいかった。


 遠くまできたのに、余計に虚しくなっただけだったな。私は家に帰ったら転職サイトに登録しようと決めた。すると彼女がふと、




「連れてきてくれて、ありがとう。子供の頃にここに来たことがあって、なんか懐かしくなっちゃった」




と言った。




「そうなんだ、すごい偶然」


「うん。お父さんと私が写っている唯一の写真が、さっきの石像たちの前で撮ったものだったの」




 彼女はスマホを開いて、私にその一枚を見せてくれた。彼女のお父さんは、彼女が小学校に上がる前に交通事故で亡くなったことを私は知っている。




「本当だ、あの場所だ」




 当時の写真を見る限り、石像が露わになっていても寂れていることがわかる。それでも二人は写真の中で楽しそうに笑っていた。




「あの場所がなかったら、この写真はなかった。ねえ、無駄なことなんかこの世界に一つもないんじゃない?」




 彼女の言葉に私はハッとした。未来永劫、残らなくても、そのとき誰かの心を動かす仕事ができたら、それだけで意味のあることなんだと思う。




「うん、そうだね。今日のように」




 私は沈みゆく夕日をみて、明日が楽しみになった。この仕事を始めた理由に今やっと、たどり着いた。


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塵芥にモザイク 藤 夏燦 @FujiKazan

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