第638話 やっぱりこうなる……

「やっぱりこうなるのね……」


 ミナトは諦めたかのようにそう呟く。


 ここは星みの方々の里人が日々の訓練施設として使っているという木造の建物。その中央には模擬戦などを行うために広めのスペースが設けられている。現在、その中央に立っているミナト。彼を取り囲むようにして戦意を剥き出しにした十数人がこちらを睨んでいる。皆、ミナトと同じくらいに若い。


「はぁ……」


 溜息を吐くミナトであった。



 なぜこうなったかと言えば時間は少し遡る……。




「私は納得ができません!」


 そんな台詞と共に会議室に飛び込んできた男女二人。そのことに誰よりも早く反応したのは里でリーダーを務めるマリアベルであった。


「この愚か者めが!客人の前でなんという態度をとるのじゃ!」


 シャーロットの前では慄くばかりであったが、その言葉には力が籠っていた。マリアベルは立ち上がり頭を下げる。


「ミナト殿、シャーロット様、こ奴らは礼を失した振る舞いに関してお詫び申し上げますじゃ。こ奴らは儂の話でしかシャーロット様のことを知らぬのです。あの者達に罪はありません。罰するのであればこの儂を、儂の存在一つでお許し願いたいですじゃ」


『ものすごい重たい謝罪?』


 突然のことに目を白黒させるミナト。


 マリアベルの方では、


「なぜですか?あのようなF級冒険者ごときに頭を下げる必要など……」

「あのような連中がマリアベル様が言っていた破滅の存在とは思えません。魔法を無効化したなど何かの間違いです」


 と揉めている。


 ちらり……、と会議室に入ってきた二人を観察するミナト。どちらも魔導士らしい。そしてどちらもなかなかに強そうである。ロビン、フィン、ファーマーさんに鍛えられている冒険者達の下位メンバーと同等くらいだろうか。あの中でトップにいるティーニュや鉄の意志アイアン・ウィルのメンバーとはだいぶ差があるがそれでも鍛えていることはよく分かった。


 恐らくはこの里における将来が有望な若手といったところだろう。マリアベルとしてはここでぷちっといったシャーロットが里の将来を背負って立つべき若者を瞬殺しないか心配している訳なのだが……、彼らにはそれが伝わってはいないらしい。


『そもそもどうしていきなり会議室に乱入なんてしたんだろう?』


 そんなミナトの考えが念話で漏れ出たらしく、


『ミナト、いい質問よ!その辺りからハッキリさせましょうか!』


 なぜか事態を面白がっているような感情と共にシャーロットから念話が帰ってきた。


「マリアベル!」


 シャーロットが言葉と共に威圧を放った。美人のエルフの全身から魔力が溢れる。そこには僅かだが殺意が加えられていた。


『やりすぎじゃない?』


 ミナトたちは平気でマリアベルも驚愕したまま立ち尽くしているが、それ以外の者達は地面に膝をついて自身を抱きしめるようにして震えている。


「シャーロット様!」


 懇願するように必死になって声を上げるマリアベルを制して、


「別に怒ってなんかいないし、彼等をどうこうしようなんて思っていないから安心なさい。ただ教えてくれない?さっきから何を揉めているのかしら?」


 そうしてマリアベルから聞いたことによると、ミナトたちがこの里の門前に到着した時点でマリアベルは自身の消滅を覚悟したらしい。決死隊を募り、その文字通り決死の覚悟でミナトに闘いを挑んだとのことである。


 そうしてあえなく無力化された。


 この里で暮らす高位の者は里の中であればマリアベルとある程度の意思の疎通が可能らしい。


 ミナトによって拘束された時点でマリアベルは里の者達に全面的に降伏し、何があっても、何をされても命だけはなんとかする方針を伝えていた。


 しかしそこにシャーロット登場する。ミナトが魔王の尖兵ではないことを悟ったマリアベルだがもっとヤバい存在が里を訪問したことを理解する。


 そしてかねてより歴史の一幕として教えていた最も偉大かつ恐ろしい存在であるシャーロットがF級冒険者としてこの里に来たこと伝えた。そこには何かあれば全面的に降伏し、何があっても、何をされても命だけはなんとかする方針が当然の如く含まれていた。


「それをあの子達は信じなかったってことかしら?まあ、平和が続いたってことは理解するし、あなたはよくやっているとは思うけど、ちょっとだけ侮られたわね」


「恥ずかしながら……」


 シャーロットの言葉にマリアベルが頭を下げる。


「儂は恐怖でこの里を治めていたわけではありません。二千年前光景をその目で見た者は儂しかおりませぬでな。儂が長命の存在でリーダーであることは理解しておりますが……、戦闘訓練などは里の者に任せていましたからな……」


 つまりは里を訪れる予定であった冒険者がF級という最下層の冒険者であり、そんな連中に里の者達がなす術もなく敗れ、挙げ句の果てには全面的に降伏し、何があっても、何をされても命だけはなんとかするような行動をしろというのに納得がいかなかったようである。


「平和が続けば力を誇示する場面が少なくなるのは理解できるわ。あなたが里の者達の自主性を重んじているのもね。でもそれなら解決方法は簡単ね!」


「解決方法ですか?」


『イヤな予感がする……』


 ミナトがそう感じた時には遅かった。


「私たちのリーダーであるミナトとあの若い子達が模擬戦をすればいいのよ!ミナトの力を理解すればマリアベルの判断が正しかったって身体で理解すると思うわ!」


 マリアベルは抵抗する様子を見せたが、若者達が激しく了承したためシャーロットの提案通りに物事が進んだ結果が……、現在のミナトが置かれる状況である。



 ちなみに……、


「それとあの若い子が言ったって言葉に関しては後でゆーっくりオハナシさせて貰うからよろしくね?」


 笑顔でそう言う美人のエルフにマリアベルは盛大に引き攣った笑みを浮かべながらただ頷くことしかできなかったのはまた別のお話である。

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