第623話 旅の途中、野営地で

「何をしている!はやく逃げるんだ!」


ミナトは必死になって自分達を取り囲んでいる男達に心からの願いを告げていた。


「頼む!もう時間がない!お願いだから!逃げてくれない?」


そう頼んでみるミナト。そんなミナト達を取り囲んでいる連中……、絵に描いたような野盗を思わせる薄汚い身なりをしているが構えている武器はどれもが本格的な戦闘用である。


『あの装備は野盗、山賊の部類じゃない。たぶんだけどおれ達が受けた護衛依頼を妨害するためにどこかの貴族が送り込んできた傭兵……、もし騎士も混じっていたりしたら殺しちゃうと問題に……』


そんなことを考えながらミナトは、


「ナ、ナタリア……、お、落ち着いて……。あいつらもたぶん人族だと思うから……、話せばっ!そう……、ハナセバキット……、ワカッテクレルカモシレナイジャナイ……」


言っていることはおそらく不可能、そう自分でも気付いたらしく後半はどうでもいい口調になってしまう。


『あろうことかマスターを無能呼ばわりとは〜、断罪して差し上げないと〜』


ナタリアから物騒な念話が漏れてくる。


そんなミナトは半ば諦めの境地になりつつも、右の肩から襷掛けにしていることで腰の左側に位置した小さなバッグへその右手を突っ込み、笑顔のまま今にも斬りかかっていきそうなナタリアを宥めようとしていた。


時は少し遡る……。




「ふう。暑いのはちょっとだけど、こうしてみんなと遠出をするのはいいものだね」


「そうね。王都の暮らしも楽しいけど野営には野営の楽しさがあるわ」


四人用のテントを張り終えたミナトの言葉に追加の薪を集めてきたシャーロットがそう返す。


わたくしの里はダンジョンの最深部にありますからね〜。夜空の下で焚き火というのは久しぶりです〜」


楽しそうな笑顔でテーブルと椅子をセットしているナタリアが言ってくる。そう言われると確かにナタリアはインドア派な印象が強いミナトである。


「もうすぐ出来上がります」


『美味しそうデス〜』


今夜の食事当番であるオリヴィアがそう告げ、彼女の肩の上で鍋を覗き込んでいた虹色スライム形態のピエールが嬉しそうに念話を飛ばしてくる。


王都を出発して三日目の夜。ミナト達一行……、F級冒険者パーティ『竜を饗する者』であるミナト、シャーロット、ナタリア、オリヴィア、そして外套ピエールは順調にその歩みを進めていた。


今回の護衛依頼にあたり冒険者ギルドのカレンさんから貸し出された地図はかなり詳細なもので王都と護衛対象である星みの方々の里の位置関係、そしてそこに至るまでの街道と宿泊できる村や野営が可能な場所までが詳しく書かれていた。


初日、二日目と王都から南へ延びる大きな街道沿いにある村で宿泊したミナトたち。


流石はルガリア王国といったところか大きな街道沿いは魔物が姿を現すこともなく安全に移動することができたため、ここまではピクニック気分の快適な旅路であった。ちなみに入浴のため昨夜は宿から転移テレポでお城に帰っていたことは秘密である。


そうして三日目の本日から大きな街道を外れて地図を頼りに道なき道を進むこととなり、地図に載っている野営地に到着したのであった。


今夜は野営、キャンプである。キャンプで何を食べるか……、いろいろとある選択肢の中でミナトの選んだメニューはカレー。王都では本当にたくさんのスパイス売られているためカレーは美味しくできるのだ。隠し味に醤油を入れられないのがちょっと辛いが楽しみは将来のためにとっておくことにするミナト。


「夏だから夏野菜のカレーです!」


ファーマーさんから購入したツヤツヤのナス、ズッキーニ、トマト、もちろん飴色に炒めたタマネギは投入する。肉は大森林で豚肉オークを狩ってきた。


キャンプだし手軽にと王都のマルシェで買ったカレー粉と同じミックススパイスを使うのだが、今夜のカレーにはもう一つ、ビッグカルダモンに酷似したスパイスを加える。この世界の呼び名は違うようだが香りも形も同じなのでミナトはそう呼んでいる。これを多めに入れるのがミナト流なのだ。


そうして楽しい夕食が始まる……、というときに、


「おいおい!随分と美味そうな料理を作ってんじゃねぇか?」

「いいんじゃねぇ?そいつが最期の夕食ってことでよ!」


いかにもな声がミナトたちの耳に届くのであった。

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