第617話 王都で楽しむ夏の味
「クックック……」
そんな不気味な笑顔を湛えている人物はキッチンに備え付けられている調理台の上に一つまた一つと買い求めた食材を並べる。
ナス、ズッキーニ、緑ピーマン、赤ピーマン、そしてトマトといった今が旬の夏野菜。どれも艶々で美味しそうな逸品だ。
全て王都のマルシェで手に入れたのだが、野菜が入れられていた仕入れ先のものと思われる箱の側面に顔の横で短剣を十字に構えた眼鏡のイケオジのアップが描かれており、今にも『我らは神の代理人』とかアノ台詞とかを言い出しそうな感じだったことは気にしない。
そして調理台の上にはさらに玉ねぎ、ニンニク、ローリエとタイムによく似た香草、そしてオリーブオイルも用意される。調味料は塩と胡椒だ。
「フフフフフ……」
その人物は笑みを絶やすことなくさらなる食材を用意する。やや大きめの黒い二枚貝。夏の味覚の黒い二枚貝はいくつかあるかもしれないが、今日使うのは王都に水路経由で持ち込まれたムール貝である。それに新鮮な生クリームも入手できた。さすがは王都のマルシェである。
「ん!マスター!ワインを持ってきた!」
とてとてとキッチンに入ってきた可憐なる美貌を誇る小柄な少女が調理台に白ワインのボトルを置いてくれる。
「ん!みんなもうすぐ集まる。ファーマーさんにも伝えておいた。少し遅くなるかも?」
「ありがとうミオ。さてと……、夏の料理といきますか?」
入手できた食材に嬉しくなりすぎてつい世界征服を宣言する際の魔王のような不気味な笑みを浮かべてしまっていたミナトは調理に取り掛かるのであった。
ここはミナトのBarの二階にあるキッチン。最近は住まいの拠点を王都の東に広がる大森林の最奥部に建設したミナトの城に移してはいるが、冒険者ギルドの帰り道でよい食材を入手したミナトは王都で夕食を食べることに決めたのだった。
今日は無の日でお休みであるBarの二階で調理に取り掛かる。
シャーロット、ピエール、ロビン、フィンは既に隣のダイニングスペースでナッツとチーズで軽く始めていたりするが、そこに連絡を受けてミオがワインを持ってきてくれたのだ。料理用と食事用、どちらもブルードラゴンの里で造られた素晴らしいワインである。
「ミオ、ありがとう。白の何本かは冷やしておきましょう」
「ん。たくさん持ってきた。後でデボラが果物を持ってくる。ナタリアもウイスキーを持ってくると言っていた」
「チーズ美味しいデス〜」
「このチーズはうまい。吾輩は赤を頂こうか。マスターの話では赤白どちらと何を合わせるにも個人の好みでよいそうだからな!」
「たしかに!久方ぶりの味覚を得た私もその意見には賛成する。さすがはマスターといったところか!」
ダイニングから楽しそうな声が聞こえてくるがミナトは調理に集中する。
ナスとズッキーニは皮を剥くことなく輪切り。大きいものは半分にする。まあ、適当にカットというやつである。よく熟れたトマトはこれまた四つにカット。皮を湯むきや焼きむきする技もあるが今日のところは気にしない。赤と緑のピーマンは半分に切って種子を取りこちらも適当にカット。今日の玉ねぎは千切りにしておく。
この世界にもある琺瑯の鍋(大家族用の大きなやつ)にたっぷりの……、それはそれはたっぷりのオリーブオイル。まずはナスと玉ねぎを炒め、油と馴染んだところで、他の野菜も加えて塩、胡椒。つぶしたニンニクを……、野菜がいっぱいなのでこちらもいっぱい放り込み、ローリエタイムも投入。ここで蓋をして中火、野菜の水分が出てきたところで弱火であとは好みの煮込み加減まで。漆黒の炎が揺れていた。そして仕上げのオリーブオイル。
「付け合わせでも前菜でも……、野菜のフルコースでならメインでも通用するワインに合う夏野菜料理……、ラタトゥイユの完成だ」
笑顔で一品目を完成させるミナト。
「まだだ……、今日のお酒はワイン。もちろん赤でもいいけれど、この暑い夏の夜に酸の効いた白ワインはたまらない。だから料理も……」
調理台の上には素晴らしいサイズをしたムール貝の山がある。ミナトは意気揚々と二皿目に取り掛かるのであった。
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