第596話 辺境伯領まで続く街道にて

 ミナトがロビンとフィンとフィンの部下たちをウッドヴィル公爵家の騎士やポーター達に紹介し、ロビンとフィンたちが意気揚々とミナトの城へ帰還してからさらに数日……。


 一行はルガリア王国の国境にあるバウマン辺境伯領を目指しクラレンツ山脈の街道を進んでいる。季節はまさに春、心地よい風が吹くすっきりと晴れた日が続いており一行の足取りは軽い。


「ジョーナス王子、御覧ください。あれがルガリア王国の玄関口となるマルトンの砦です」


 そんな一行を率いる馬に跨った女性騎士……、カーラ=ベオーザが馬車の窓から外を眺める第三王子に西の方角を示してそう説明している。


 ミナトはカーラ=ベオーザの言葉につられるように彼女が指し示す方向へと視線を向ける。見覚えのある建造物を遠く樹々の隙間に捉えることができた。


「懐かしい光景です。最後にあの砦を発った日が思い出されますね」


 そんな台詞が馬車の窓を開けるということで狙撃のような攻撃に備え窓のすぐ側で警戒しているミナトにも聞こえてきた。


 ちなみに護衛依頼を請け負っているため周囲を警戒しているミナトだが特に心配はしていない。馬車の車体にはその全体をコーティングするかのように透明になったピエールの分裂体が薄く伸びて張り付いている。ミナトやシャーロットたちが本気で襲ったのであれば結果は異なるのかもしれないが、車体の中の人物に危害を加えることができる存在など周囲には存在しないのだ。


「ベオーザ卿、本当にありがとうございました。私一人の力では生きてここまで辿り着くことはできなかったでしょう」


「我々はこれが仕事ですから……」


 そんな会話をしているジョーナスに、


『この人って神聖帝国の第三王子なんだよね?』


 そんなことを考えるミナト。


 ピエールから送られてきた映像を見た時も、この旅の復路で護衛するために度々言葉を交わした時でも、他の騎士に話しかけるときでも、ジョーナスは常に相手に敬意を表し礼儀正しく丁寧に接していた。


 彼の兄である第一王子バルナバス=ハルトヴィン=ミュロンドや第二王子ヒルデベルト=カスパール=ミュロンドとはあまりにも異なるその人間性にやや戸惑ってしまったミナト。


 失礼とは思ったがピエールの分裂体を終日貼り付けたりもした結果、この穏やかな人柄がジョーナスであると結論づけるに至った。


「ですがミナト殿のパーティへ依頼を出すよう陛下と宰相様を説得したマリアンヌ様にはお会いされた時に感謝を……」


「そうですかマリアンヌ様が私のために……」


 今回の依頼人であるルガリア王国の第一王女様マリアンヌ=ヴィルジニー=フォン=ルガリアの話に顔を綻ばせるジョーナスに、


『いろいろと不遇だったみたいだけどこの人はいい人だ。王都で幸せに暮らせますように』


 心からそう思うミナト。


 そうしてしばらく歩みを進める一行、すると


『ジョーナスを無事に王都へ送り届けるためにはもうちょっとやることが残っていそうね?』


 ミナトの心の声を聞いていたのかシャーロットからそんな念話が届いた。その索敵能力で周囲に脅威はないと断言できる状況だが、昨日あった小さな変化をミナトたちは見逃してはいなかったのである。


『気配を現した昨日は野営地に合流しなかったし、今日はずっと一定の距離を保っている……。商隊じゃなくて斥候かな……、ピエール?』


『行ってきマス〜』


 周囲に全く気付かれることなくミナトの外套から分離したピエールの透明な分裂体が偵察に向かう。


『ミナト?相手が皇帝とは別派閥の神聖帝国の関係者だとして、今回はどうするの?』

『うむ。ここは既にルガリア王国という解釈もできる。ここは手っ取り早く不法に侵入したとして消し炭にするというのは?』

『ん。氷の彫刻にすることも?』

『溶かせば証拠はのこりまセン〜』


 デボラ、ミオ、ピエールがちょっと物騒な提案をしてくるが、


『この街道は商人もほとんど使っていないってバウマン辺境伯が言っていた……』


 そう考えて、


「ちょっと新しいスキルを試してみようか?」


 そう呟くミナトには黒い笑みが浮かんでいるのだった。

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