第563話 第二王子の思惑と枢機卿の誤算
ピエールからミナトの脳内へ送られてきている二つ目の映像、そこはどうやら誰かの執務室か研究室らしい。
窓のないその部屋の全ての壁際は高い本棚が設置され非常に多くの分厚い本が納められている。さらに床やソファ、そして来客用に置かれたらしいテーブルの上までメモ書きや書類、平積みにされた本に埋め尽くされてた部屋であった。
そんな部屋の執務机……、当然のように書類と本にその大半を占領されている、その椅子に腰掛け本を読んでいた人物が、側近らしき者から報告を受けている。
「へー、ルガリア王国からの使者が到着したんだ!ここまでは兄上の筋書き通りかな?」
明るい調子でそう言うのは金髪に青白い肌が印象的で随分と痩せている眼鏡をかけた若者。嬉しそうに口角を上げるが目は全く笑っていない。
『こいつは第二王子の……、たしかヒルデベルト。ヒルデベルト=カスパール=ミュロンドだ』
ルガリア王国王都の冒険者ギルドで受付嬢のカレンさんから貰った資料の姿絵を思い出すミナト。
そんな神聖帝国の第二王子に報告をしていた側近だが、
「よ、よろしいのですか?陛下はルガリア王国には手を出すなと……」
バチッ!
そんな音と共に小規模な稲妻が諫言をしようとした側近の全身を駆け巡った。声もなくその場に崩れ落ちる側近。かろうじて生きてはいるらしい。
「その話は聞き飽きたって言ったでしょ?陛下の意向は知っているさ。だけど病床にあって余命幾許もない陛下に従って僕は何を得るのかな?兄上は既に神殿騎士を掌握している。兄上の意向に従わないと判断されれば僕なんてあっという間に暗殺されて終わりさ」
口角をニヤリと上げたままで立ち上がった第二王子は蹲っている側近の頭を踏みつける。
「だからそうならないために僕が!この僕が!十五年!十五年だよ!?十五年をかけて研究所とこの神殿内の文献をかき集め翻訳して分析してやっとことで見つけた二千年前のアレの情報を快く兄上に譲って媚を売ったんじゃないか?その努力を無駄にしないでくれるかな?」
側近はただ呻き声を返すのみ。
『こいつは危ないヤツだな。でも二千年前のアレってなんだろう?』
『あの雷撃は魔道具よ。あんな魔道具を側近に使うなんて……。端的に言ってクズね……。でもちょっと気になるわね』
『うむ。二千年前か……』
『ん。きっと第一王子を調べれば分かる!』
ふよふよ。
そこで二つ目の映像がボヤける。四つ同時に映像が頭に流れ込んで来ているはずだが今のミナトにはこのような順繰りの解釈が限界である。そしてミナトは三つ目に注目する。
そこに見えるのは大きな応接室。お茶のようなものを自身で用意する一人の枢機卿とソファに腰掛けている二人の女性。ブリュンゲル枢機卿とカーラ=ベオーザそしてA級冒険者のティーニュであった。
『第三王子のジョーナス=イグリシアス=ミュロンドに会わせてルガリア王国へと赴く明日の予定を確認するって話だけど……』
そう考えるミナトだがまだジョーナスの姿は見えない。
「いかがですかな?紅茶でも?」
二人の女性の回答を待つことなく紅茶の用意を始めているブリュンゲル枢機卿がイヤらしい笑みを浮かべながら言ってくる。さすがにルガリア王国とウッドヴィル公爵家を代表してここまで赴いたカーラ=ベオーザとA級冒険者として貴族とも付き合いのあるティーニュの二人は表情を変えない。だが内心は辟易しているのだろう。ミナトの想像以上となる氷のような笑顔で応対していた。
そんな二人の反応などお構いなしにブリュンゲル枢機卿は天気の話や流行りの服についてといったどうでもよい世間話をなどを続けている。
『この枢機卿は何をやって……』
ミナトがそう思った時、
『マスター!魔力の反応がありマス!
『ピエール!秘密裏に魔道具を破壊!』
瞬時に指示を出すミナト。秘密裏というところがポイントである。
『畏まりました!』
伝説の魔物であるピエールがその指示に迅速に反応して魔道具はあっという間に無力化された。
その後、第三王子のジョーナスが姿を現すまで、しつこいくらいに展開されたブリュンゲル枢機卿による美女二人への宗教的勧誘は一切の成果を上げることができなかった。
全てが完全なる徒労に終わり悔しそうに項垂れるブリュンゲル枢機卿にシャーロットたちが汚物を見るような視線を向けているのを黒い笑顔で眺めるミナトであった。
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