第525話 デボラとミオはワイバーンに対峙する

 神聖帝国ミュロンドとの国境に位置し、クラレンツ山脈とも接しているマルトンの砦に配属される騎士はバウマン辺境伯家に所属する騎士の中でもその実力を認められた精鋭達である。


 そんな精鋭達にとってもオーガの群れというのは幾人かの犠牲も覚悟するほど一筋縄ではいかない相手である……、そのはずなのだが、


「なあ……、おれの目がおかしくなったのか?」

「そうでもない……、おれの目にもきっと同じ光景が映っている……」

「あれって水球ウォーター・ボールなのか?」

「オーガの頭部を破壊する水球ウォーター・ボール?そんなの聞いたことがないぞ?」


 ミナトの魔法を前に砦内からも城壁の上からもそんな呆然とした言葉が聞こえてくる。そして、


「オーガが……、細切れに……?おいおい何体同時に細切れにしたんだよ!?」

「オーガの皮膚って硬いんじゃ……」

風刃斬ウインドカッターって言ったよな?」

「おかしいだろ?風刃斬ウインドカッターはゴブリンだって一撃では斃せない魔法だぜ?」


 シャーロットによってオーガの群れが細切れにされるのを目撃しさらに顔色を悪くしつつ呟く騎士達。


「惚けるでない!城壁の騎士達よ!ワイバーンがくるぞ!」


 そう声を上げたのは城壁に仁王立ちするデボラ。その傍にはミオもいる。さすがは精鋭と呼ばれるだけあって城壁に配置されている騎士達はデボラの言葉で我に変えると再び戦闘の準備に取り掛かった。


 デボラの視界に捉えている近づいてくるワイバーンは三十体。群れとしてやや大きな規模である。


「うむ?そういえばミオよ。確かワイバーンの肉は美味であったな?」


 騎士達の練度に満足げなデボラが思い出したかのようにミオにそう問いかけた。


「ん。人族や亜人の中で高級品とされていたはず。ボクは竜の姿のときに生で丸呑みしかしたことがないけど美味しかった記憶はある」


「うむ。我も竜の姿で遠出した際に生で食したのみなのだ。……よし、あのワイバーンを全て狩るぞ!マスターに願って今夜は豪勢な肉料理にしてもらおうではないか?」


「ん!素晴らしい提案!その提案に全面的に賛成する!」


 デボラの提案にサムズアップと共にそう答えるミオ。それに頷き返して獲物を狙う獣さながらの美しい海さらに好戦的な笑みを浮かべるデボラ。


「うむ。騎士達よ!ワイバーンは我とこのミオが相手をする!群れを散開させることなく奴らを引きつけるため待機を!」


 デボラの言葉に騎士達は首を傾げ、一部のものは怪訝そうに表情を歪める。騎士達がそんな反応をするのも無理はない。ワイバーンとの戦闘では遠距離からの攻撃で仕留めることがあたりまえとされているのだ。


 ワイバーンは亜竜ともいわれるが、竜ほどは厳ついわけではなく空を飛ぶトカゲといった姿をしてる魔物だ。体長は二メートル以上あり巨大な個体だと三メートルを超えることがあるらしい。


 そんなワイバーンの攻撃方法は基本的に三つ。一つ目は地上の獲物を狙っての急降下による足の爪での爪撃。二つ目はブレス、ワイバーンは竜種ほどではないが炎のブレスを吐くことができる。このブレスは射程こそ長くはないがなかなかな広範囲を一気に焼き払うためこれに巻き込まれて全滅した冒険者パーティがいるらしい。そして三つ目は毒針のある尾による攻撃だ。この毒は強力で治療にはかなり高位のポーションを使用する必要があり、かつて手遅れになる冒険者が続出したこともある。


 そんな攻撃方法の二つ目と三つ目の厄介さから、ワイバーンは遠距離で戦うものと教育されている騎士達に『ワイバーン引きつける』といえば戸惑うのも無理はなかった。


「うむ。安心しろ!其方達の身はしっかりと守りつつワイバーンを狩ってみせよう!」


 そう言ったデボラだが、


「だが協力者がほしい!そこの騎士!手伝ってもらえぬか?」


 そう言ってデボラが一人の若い騎士を手招きで呼ぶ。


「え……?私でしょうか……?」


 自身を指で刺しつつ全力で戸惑いに表情を浮かべる騎士。


「うむ。なに心配はいらぬ。少し協力してもらうだけだ。そうだな……、礼としてワイバーンの討伐はそなたが最も貢献したと辺境伯殿には報告させてもらおう!」


「いえ……、ですが……、あ?え?え?え?え〜〜〜?」


 デボラの要請への返答をする前にいつの間にかすぐ側まで来ていたミオにその頭上へと持ち上げられひょいひょいと連行される騎士。だがそれを止める者はいない……。


 正確には周囲の騎士達は動けなかった。


 甲冑や剣を装備した騎士を軽々と頭上へと持ち上げたミオと呼ばれた少女の膂力もそうだが、誰一人としてミオの移動に気が付かなかったのである。今は魔物との戦闘中だ。誰も気など抜いていない。それなのに仲間へのあれほどの接近を許してしまった。そんな動きを無表情でやってのけてしまうミオに騎士達は得体の知れない何かを感じて動くことができなかったのである。


「うむ。さて騎士殿、そなた魔物の注意を引くスキル『挑発』が使えるな?」


 デボラから野生的かつ攻撃的な凄い笑みを見せつけられる騎士。


「は、はい!効果は弱いですが城壁に群がる魔物の位置を分散させるために城壁に配置されました」


 もう女王様となんとやらな構図にも見えそうなそんな雰囲気である。だがその回答はデボラを満足させるものだったらしい。


「うむ。ではそなたのスキルであのワイバーンどもをこちらに呼び寄せるのだ。何もしない状態で我らの魔力を感知されれば逃げられてしまうからな」


「ワ、ワイバーンを追い返すことができるならそれでよいのではないでしょうか!?」


 至極まっとうなことを問いかける騎士。


「うむ?そなたはワイバーン肉を食べたことがないのか?」


「あれは王侯貴族が食するもので一介の騎士である私では……」


「うむ。そうであろう。そのワイバーンを狩って肉を頂くためにそなたのスキルが必要なのだ。安心しろ一番美味い部分はマスターに頼んでそなたにもきっちりと分け与えるし、ワイバーン討伐はそなたの協力があってこそと肉を献上する辺境伯殿に伝えるのは本当だからな」


 そんなデボラの言葉に目を白黒させる騎士。


「ん!そろそろ。騎士達を守る結界を展開する!」


 ミオがその言葉と同じタイミングで城壁の上に結界が展開される。どの結界の大きさに言葉を失う城壁の騎士達。ワイバーンの姿が徐々に大きくなる。


「うむ。さあ!次はそなたの番だ。そういえばまだ名前を聞いてなかったが……、我から名乗ろう。我の名はデボラ。冒険者パーティ『竜をきょうする者』のメンバーにしてマスターの第二夫人を務めるものだ」


 ワイバーンの群れを前に名前を聞くと言う余裕の態度を見せるデボラにどうやら騎士も何かが吹っ切れたらしい。


「私はバウマン辺境伯様に使える騎士リオルと申します。冒険者パーティ『竜をきょうする者』のデボラ殿からの要請を受けスキルを展開します」


「うむ。それでよい!」


 リオルと名乗った騎士がスキルを展開。するとワイバーンの群れがそれまで以上の速度を出してこちらへと向かってきた。


 ニヤリと笑うデボラ。魔力を展開するがワイバーンの群れは止まらない。そうして群れを十分に引き付けて、


炎槍フレイムスピア!」


 デボラから放たれた真紅のレーザー光線がワイバーンの首と胴体に永遠の別れをプレゼントするのであった。

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