第323話 エンシェントスライムの名
ミナトはエンシェントスライムの名前を考える。
『虹色だしね……、虹の女神イーリス……、英語読みにしてアイリス……、アイリスを
心の中でぶつぶつと呟いていたミナトだがあることに気付いて頭を抱えた。
『全部女性の名前じゃない?なんで女性を前提に考えているんだ……?性別はないってスライムも言ってるじゃないか。この世界の属性を司るドラゴンはあと三種類……、女性はあと三人くらい増えそうな予感がする……。ここは女性名に拘る必要なんてないんじゃない?』
という考えに至った。そこではっとしたミナトはある一つの名前を思いつく。
「ピエールって名前はどうかな?おれのいた世界で誇り高くて強い騎士だったスライムの名前なんだけど……」
思い切って男性名を提案してみるミナト。すると、ふよんと揺れたエンシェントスライムの体が光り輝き、大量の魔力が溢れ出した。
『この力っテ……?』
光に包まれながらシャントスライムがそう呟く。体内にこれまでの自身が持っていた魔力量とは比較にならない大きさの魔力を感じたのだ。その夥しい魔力量に不安と恐怖を覚えるが不思議と不快感はない。
魔力の高まりと共に身体に変化を感じる。本質は同じままに存在そのものが書き換えられるような不思議な感覚。
『汝の名は?』
唐突に頭に声が響いた。女性のもので声質は穏やかである。
「ダレ?」
先ほどまで地のダンジョンの最下層にいた筈だが周囲には誰もおらず他者の気配を感じることもできない。
『汝の名は?』
重ねて問いかけられる。エンシェントスライムはミナトが自身に付けてくれた名を答えることにした。
「わたしの名はピエール……。エンシェントスライムにしてマスターに使役されるもノ……、
輝きが収まる……。この展開はオリヴィアの時と同じで、そこには先ほどと変わらない姿のエンシェントスライム改めてピエールが……、
「何でそうなるのかな!!」
その予想はミナトの絶叫と共に裏切られることになる。
ミナトたちの眼前にはミオよりもっと小柄で幼い……、白いワンピースだけを纏った瞳と髪が虹色の美少女が佇んでいたのだ。
「ピエールでス……。みなさんよろしク……」
少したどたどしい言葉遣いでそう自己紹介した少女はペコリっと頭を下げる。その容姿を形容する言葉は美しいではなく可愛らしいである。そして美女ではなく間違いなく美少女だ。元の世界で
「ミナト……、これってあなたの趣味かしら……?そしてこの魔力……」
「う、うむ……。マスターよ……。そんな趣味があったとは……?さらに感じるこの力は……」
「ん?かわいい……。だけど……?」
「これは可愛らしいお嬢さんですね……。見た目だけですが……」
「……(こ、怖いです)」
シャーロットとデボラから白い眼を向けられ、ミオは何故か首を傾げており、オリヴィアは冷や汗を流し、アースドラゴンの長は真っ青になって震えている。周囲にいたアースドラゴンたちの顔色もとても悪い。とりあえずシャーロットとデボラからの誤解を解くことが最優先に取り組むべき案件だと即決したミナトは慌てて弁明する。
「シャーロット!それにデボラ!おれは何もしていないからね!ただ名前を付けただけだし!それも今回はピエールって男性名に!!」
シャーロットとデボラの視線が痛い。
「………………ほ、本当に何も……、ナニモシテイナインデス……。シンジテ……、シンジテクダサイ……」
頭を下げつつ最後の方は消え入りそうな声でそう弁解するミナト。すると……、
「ふふふ……、ミナト。冗談、冗談よ。これまでもテイムして名前を付けてたときに
「うむ。たまには我もシャーロット様の冗談に付き合うのも悪くないと思ったのだが……。ふふ……、狼狽えるマスターはなかなかに面白いものではあるな」
どうやら冗談であったらしい。ホッと胸をなでおろすミナト。
「でもミナト!このエンシェントスライムというかピエールちゃんはテイムの影響で本当に強くなっているわよ?」
そう真剣な表情でシャーロットが言ってくる。
「うむ。我やミオでも斃す手段がないほどにな……」
「ん。そう!とても強いというか、負けない強さ?」
「私では一太刀も与えることができそうにありません……。恐らく素早さは私の方がありますので負けないことは可能でしょうが、勝つことは絶対にできないと思います」
デボラ、ミオ、オリヴィアがピエールの強さについてそう言及する。どうやらエンシェントスライムの特徴である耐性や再生能力がとんでもなく向上したらしい。
「見て。ピエールちゃんが発する膨大な魔力にアースドラゴンたちが怯えているわ。これだと地の大樹にも悪影響が出るんじゃないかしら?」
それは困ると思うミナト。確かに進化した直後だからかピエールの可愛らしい身体から大波のごとき魔力の圧を感じる。
「ピ、ピエール。その魔力って抑えることができる?」
そう来てみるミナト。
「はイ……」
ピエールがそう呟くとするすると魔力の波が引いてゆく。あっという間に魔力を感じなくなった。
「とても器用ね……。それなら大丈夫だわ。地の大樹もこれなら問題ないと思う」
シャーロットが感心した様子で言う。
「ねえピエール。その容姿って……、どうしてその姿になったのかな?」
「よく分からないでス。スライムの姿とこの姿はどちらも落ち着く姿でス」
「じゃあ、スライムの姿に戻ることもできるの?」
「はイ……」
ミナトの言葉にそう答えたピエールは全身を光らせると、
ふよん。
あっという間に元の虹色の球体へと姿を変えた。
「よかった……、ピエール……、おれたちだけの時はどんな姿でもいいけど、他の人族や亜人がいるところではできる限りその姿で……」
「ミナト!ちょっと待って!」
安心して語るミナトの言葉をシャーロットが遮る。
「シャーロット?」
「ミナト!いいこと?エンシェントスライムは極めて珍しい魔物だけど、その外見的特徴を知る者は多いし、危険な魔物として認識している者も多くいるわ。この姿のままではトラブルに巻き込まれるわよ?」
『確かにそうかもしれませン』
ふよんと揺れつつシャーロットの言葉を肯定する念話を飛ばしてくるピエール。スライムの姿では念話で会話するらしい。
「そうなんだね……、ね、ピエール、何か他の姿になることもできるのかな?」
ピエールにそう尋ねるミナト。
『できまス……』
そう言った瞬間、ピエールがその身体を一気に大きくし、膜状に広がってミナトへと飛び掛かる。
「え!?なにを!?」
ぎゅるぎゅるとミナトの全身に纏わりつくエンシェントスライム。すると急に色と質感が変わり始める。膜状になったエンシェントスライムは布というか皮というか不思議な、でも手触りの良い……、黒い生地のような物質へとその姿を変えた。
『これでどうですカ?防具と思って頂けれバ……』
そんな念話が全員に届く。そこには冒険者がよく身につけているような黒い
「うむ!エンシェントスライムをその身に纏う者か!」
「ん!鉄壁!」
「物理攻撃や魔法攻撃がマスターに当たることはそれを纏う限り金輪際ないのでしょうね……」
デボラは誇らしく、ミオは右手の親指をグッと立てつつ、オリヴィアは呆然自失の体で、そんなことを言ってきた。
「ミナト……、あなた……、常識とか自重って知っているかしら……?」
「あはは……」
ジト目のシャーロットにミナトは乾いた笑いを返すことしかできなかった。
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