第56話 グラン親方

「こ、こ、これは…?まさか…、いやこれは確かに…。これを…、これを本当に儂に扱わせてくれるのか!?」


 王都の城壁外に設置された広大な作業場でエンシェントトレントの素材を目の当たりにし、驚きと興奮を隠すこともせずにミナト達に詰め寄るのは、王都で建築業や内装業を請け負っているグラン工房を取り仕切る工房長のドワーフであるアル=グランである。


 本来の名前はグランで呼び方もでよいらしいのだが…。聞けば彼の師匠が名工と呼ばれたアル=カガデリアさんという人だったらしくその弟子たちは皆が師匠の名前であるアルを名乗っているとのことである。俗にいう屋号ブランドみたいなものかとミナトは思った。


 そんなグラン工房はアルカンとバルカンが『『少し気難しいが腕は確かじゃ!!』』と言って紹介状を書いてくれた工房である。



「出所なんぞは聞かぬから気にするな!これほどのエンシェントトレントの素材であれば王城も黙っておるまい。冒険者ギルドや商業ギルドを通せば王城まで話が行き儂らの手元には届くまいからの。職人としてそんなことは絶対に許さん!!」


 グラン親方の鼻息が荒い。冒険者は冒険者ギルドに登録しているが、別に手に入れた物を全てギルドに卸さなくてはいけないという規約は存在しない。自身の伝手を頼りに取引を行う冒険者はいくらでもいた。ギルドとしては収入が減ってしまうためいい顔をしてはいないか禁止事項にはされていない。


「よかった。この素材がほぼ同じ大きさであと七個あります。それで一体丸ごとになる筈です。必要なだけ使ってください。宜しくお願いします」


「そ、そうか一体丸ごととはとんでもないの…。それに関しては承知した。ところでトレントは生木と違って乾燥の必要がないからすぐに作業に取り掛かれるが、確か…、店を建て替えて内装もうちの工房でやらせてもらう…、だったか?」


「はい。それで費用なのですが…、お金じゃなくて素材でもいいですか?」


 ミナトがそう言うとシャーロットがマジックバッグから三分の一になったエルダートレントを取り出す。


「こりゃ…、エルダートレントか?こんなものも持っていたのか?」


「はは…、入手経路は冒険者の秘密ってことで…」


 乾いた笑いで誤魔化そうとするミナト。


「エンシェントトレントを見たせいで感覚がおかしくなっているから感動が薄いが、こっちも驚くべき素材だ。量も申し分ない。足が出れば追加の見積もりをさせてもらうが現時点ではエルダートレントの素材を報酬にさせてもらうことで問題ないぞ。詳しい見積は設計段階になってから詰めさせてくれ!」


「宜しくお願いします!」


「先ずは場所の確認だな…。だが仕事を受ける前に頼みがある!」


 グラン親方が笑う。しかしその眼光は猛禽類が獲物を狙う時の眼をしていた。


「た、頼みとは…?」


 若干の不安を感じながら首を傾げるミナト。


「この紹介状でアルカンとバルカンが書いておる!ミナト殿とやら。お主、ドワーフの儂も知らん燻り酒の飲み方を知っているらしいの?まずそれを試してからじゃ!!」


 そんなことを言ってくる。眼光鋭いグラン親方は本気で言っているらしい。仕事中に飲んで大丈夫なのか心配になるところではあるが、迫力に押されたミナトはシャーロットに頼んで氷と炭酸水を用意してもらうことにするのであった。

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