第84話 神託




 大陸神ゴドランディア。

 この大陸の生きとし生ける者を愛し司る太母神である。

 天の神々に愛された彼女は、海の一番いい場所に横たわることを許された。

 横たわった彼女の体が大陸となり、彼女の体からすべての生き物が産まれたのだ。

 それが、大陸に存在する国家に伝わる神話である。

 ヴィンドソーン王国でも、信仰する神は大陸神ゴドランディアだ。教会には彼女の像が安置され、大陸の平和と豊穣を願い神官と修道女が日夜祈りを捧げている。

 シスターコゼットは修道女の中でも最も信仰心が熱いと皆口を揃えて言うほどに、熱心に祈る姿が印象的な少女だった。

 王都の南地区の中心に聳える大聖堂は、ヴィンドソーン王国中の教会を束ねる役割を持つ。優秀で信仰心の篤さを認められた者でなければ、大聖堂には迎えられない。コゼットの若さで大聖堂の修道女になれたのは異例のことだった。

 しかし、彼女は驕る素振りを微塵も見せず、田舎の小さな教会にいた時と同様に、真剣な表情で祈りを捧げている。

 大陸神様がお救いくださる。コゼットは心からそう信じていた。

 それは、あの三日間の夢の後でも些かも揺らがなかった。

 神官や修道女の中には、魔王が蘇っても大陸神はお救いくださらなかったと、信仰を捨てる者もいる。

 愚かなことだ。

 あの夢をみせてくださったことこそ、大陸神様の偉大なる愛の証明ではないか。でなければ、誰が国民全員にあの夢を見せたというのだ。

 きっと、大陸神様を信じた者だけが、救われるのだ。

 熱心に祈り続ける彼女は、ステンドグラスから差し込む光に照らされる大陸神ゴドランディアの美しい彫刻を瞬きもせずに見上げていた。

 その時、不意に頭の中にある光景が過ぎった。

 コゼットははっとして祈りのために組んでいた手をほどいて額を押さえた。

——今のは?

 この大聖堂の中で、一人の男が神官と修道女を皆殺しにしていた。そして、大陸神の像さえ破壊していた。なんと恐ろしい光景だ。

「おお……主よ。ありがとうございます。私に使命を与えてくださったのですね……っ」

 コゼットの胸は歓喜と誇らしさにはちきれそうになった。

 神があの恐ろしい光景を見せて下さったのだ。コゼットに、それを防げとお命じなのだ。

 自らが選ばれたことに、コゼットは身を震わせて感謝を捧げた。

 そのコゼットの耳に、かすかな低い声が響いた。

——……ち を あたえる

 その声の直後、コゼットの脳に一気に見たことのない光景が流れ込んできた。

「……そう、そういうことだったのですね」

 コゼットは微笑みを浮かべた。

 その時、大聖堂の扉が開けられて、コゼットは振り向いた。

「にいさん」

 窶れた表情に怯えを浮かべて立っていたのは、魔法協会に勤めている兄だった。 

「コゼット……」

 兄のビクトルは、よろよろと大聖堂に踏み入ってきた。

「……すさまじく恐ろしい魔力の持ち主を見つけたんだ……でも、……ああ、とても、誰も信じてくれないだろう」

 コゼットはすぐさまそれが誰を指すか理解した。そして、自らに祝福を与えて下さった神に感謝した。

「にいさん、私も祝福を授かったの。たった今。にいさんのその目は神が与えた「祝福」だと私は昔から言っていたでしょう。その目で魔王の正体を見抜いたのね。やはり、私の思ったとおりだった」

 コゼットは歌うように言った。

「私は、魔王が人々の命を奪う光景を見たわ。あれは未来に起こることよ。神はこうおっしゃられたの。「ちをあたえる」……智を与えると」

 頬を上気させて「ほぅ」と息を吐いたコゼットは、青ざめたビクトルに寄り添った。

「にいさん。私達は選ばれたのよ。きっと、あの三日間の夢は神の与えた試練だったのだわ。偽物の英雄を信じて神への信仰を疎かにする者を退け、真の信仰を持つ者を見出すための神の御業だったのよ」

 コゼットは確信に満ちた声音で言った。ビクトルは混乱した頭に響く妹の言葉が理解できなかった。

「コゼット……」

「一緒に戦いましょう、にいさん。私達は聖なる戦士に選ばれたのよ。皆の目を覚ますためには、にいさんの力が必要なの」

 コゼットはビクトルの目を食い入るようにみつめた。

「あの魔王——王太子から皆の命を守るために」



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