第64話 忠臣




「……やっぱり駄目だ」

「ルートヴィッヒ?」

 ルートヴィッヒは目の前の扉を強く打ち付けた。

「開けるぞ!」

 その一言で、フリックとエルンストも即座に動き出した。

 エルンストはばっと身を翻して走っていく。フリックは頑丈な扉をガンガン蹴って怒鳴った。

「ガルヴィード!開けろこらっ!!」

 不敬と咎められる行為だ。だが、そんなことに構っている場合ではなかった。

 騒ぎにするわけにはいかないという意識もある。王太子の側近として、王太子の名誉を傷つける訳にはいかないという想いも強い。

 でも、今はとにかく止めなければという焦燥が勝った。止めなければ、ルティアを、それ以上にガルヴィードを守るために。

 エルンストが戻ってきた。背後に鍵束を持った城代を従えている。

「開けろっ!!」

 王太子の私室を勝手に開けるのだ。首を斬られたとて文句は言えない。それでも、彼らは迷わなかった。

 そして、開け放った扉の向こうに見たのは、寝台に泣きじゃくる少女を組み敷いた主君の姿だった。

「何やってんだコラっ!!」

 床を蹴ったフリックが寝台に駆け寄りガルヴィードの胸ぐらを掴んでルティアから引き離した。

 ルティアは小さく嗚咽を漏らして泣いていた。服は乱れていて、何があったかは一目瞭然だ。エルンストが抱き起こそうとして、触れるのに戸惑った。未遂とはいえ、とてつもない恐怖を味わったであろう少女をこれ以上怯えさせるわけにはいかない。

 最大限に気を遣ってそっと肩に触れた。ルティアは泣いたままだったが、静かに身を起こした。

 フリックに抑えられたガルヴィードは、抵抗することなく俯いている。ルティアは泣きながら解かれた帯をぐいっと結び、寝台から降りた。エルンストに支えられて部屋を出る姿を、ガルヴィードは一瞥もしなかった。

 声もなく泣くルティアを、蒼白な表情で駆け寄ってきた侍女に任せ、三人はガルウィードと向き合った。

 ルティアが部屋から遠ざかり、姿が見えなくなったのを確認してから、ルートヴィッヒは口を開いた。

「……どうしたんだよ」

 ガルヴィードは答えなかった。

「何があったんだよ!?お前がこんなことするなんて……」

 ガルヴィードがルティアを傷つけたなんて、目の前で見ても側近達には信じ難い出来事だった。ガルヴィードは昔からルティアを「宿敵」などと呼び勝負を繰り返しながら、対等な存在として彼女を尊重してきた。それを知っているだけに、ガルヴィードに起きた異変がただごとではないのだと察せられた。

「言えよ!いったいどうしちまったんだよ!」

 ガルヴィードは俯いて目を逸らしたまま一言も喋らなかった。



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