第53話 無知




「えっ?」

 思わず声を上げる。他の者達も皆驚愕した。

「ど、どこへやった!?」

「え、わかんな……」

 ユーリは焦って杖を探すように手を動かした。

 すると、何事もなかったかのように、杖が姿を現してユーリの手の中に収まった。

「……今のは」

 ビクトルが声を震わせた。

 ユーリは手の中に戻ってきた杖に、ほっとして胸を撫で下ろした。せっかく創ったのに、なくなってしまったかと思った。

「お前……っ」

 それまでずっと黙っていたカークが、急にユーリの肩を掴んで揺さぶった。

「お前、今のは空間魔法だぞ!すげえ難しい魔法なのに、なんであっさり使えるんだよ!?」

「へ?空間?」

「空間を創って、物をそこへ移動させて、使いたい時に取り出すっていう魔法なんだよ!」

「へえ!その魔法使えたら、行商の荷物運ぶのがめちゃくちゃ楽になりそう!僕、その魔法使いたい!」

「使ってた!今、使ってたから!」

 カークは何故か半泣きだ。

 のんきに商売に役に立つ方法を考えているユーリをみつめて、ビクトルは空恐ろしい想いに駆られた。

 いいんだろうか。この子どもを育てても。

 そんな想いが再び湧き起こってくる。危険ではないのか。今はまだ子どもだからいいが、成長してどんな人間になるかわからない。

 タッセルの言葉が脳裏に蘇る。

 魔王がどんな姿をしているか、我々は知らない。今は普通の顔をしている人間が、悪に走って魔王と化すかもしれないのだ。

 もしもそうだとしたら、可能性が最も高いのは、まさに目の前の子どもだ。

 何故なら、これほどの魔力の持ち主が、あの夢の中にはいっさい登場しなかったからだ。

 あの夢ではヴィンドソーン以外の国々がどんな状況かはまったくわからなかった。だが、この国が壊滅的な状況に陥っているというのに、他の国が何もしていなかった訳はない。他の国でも魔王に対するなんらかの行動はあったはずだ。もちろん、レコス王国でも。

——レクタル族は魔力を持たない民族だ。だから、あの夢の未来ではユーリ・シュトライザーは発見されないままだったのか?

 それならば一応は説明が付く。だが、ビクトルは何か不自然な気がして納得できなかった。

——そもそも、あの夢は、誰がどうやって見せたのだ?国民全員に。

 アルフリードが自分を早く産んでくれと訴えるために夢を見せた、と最初は誰もが思っていた。だが、夢の中のアルフリードは別に強力な魔法使いという訳ではなかったと思う。

 過去の人間に三日間に渡って夢を見せて、未来の人間の訴えを聞かせるだなんて、そんな高度な魔法を使える人間など、どこの国にも存在しやしない。

——わからないことだらけだ。

 ビクトルは頭を抱えた。



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