第34話 サフォアの魔石
ヘリメナ・サフォアは憤慨していた。
——破廉恥ですわ!!
憧れの隣国の王太子との茶会を台無しにした女に怒りが募る。
——な、何なんですの?いきなりテーブルの下から現れてあんな……抱き合ったり、か、体をまさぐったり……昼日中の庭でなんて、ありえませんわ!破廉恥すぎますわ!
あの伯爵令嬢は昔から隣国の王太子の近くをうろうろしていたが、既にあんな関係になっていただなんて。
ヘリメナはぐっと拳を握り締めた。
「けしからんですわ!もっとやれ!」
「姫様」
思わず本音を口にしたところで、呆れた表情の部下に声をかけられた。
「いつまでエロい妄想で悶えてんですか?仕事の時間ですよ」
「なんですの!?失恋した女の子に少しは気を遣いなさい!」
「魔石の掘り出しには王族の立ち会いが必要なんですから、さっさと来てください」
「ぐぬ……この陰険メガネ……」
ヘリメナはわなわなと震えながらも部下について採石現場へ向かった。
宝石の国サフォアではたくさんの種類の宝石が採れる。最も多く産出するのはダイヤとルビーだが、最も高値で取り引きされるのはサフォアに伝わる至宝である魔石だ。
ヘリメナと部下のガロトフは厳重な警備の施された洞窟の奥へ足を踏み入れる。
この洞窟は王家の直轄で、立ち入ることが出来るのは限られた者だけだ。
その洞窟の深奥に、巨大な魔石が浮かんでいる。乳白色の淡い輝きを放ち、人の頭の高さに浮かぶ巨大な菱形の石だ。
「ヴィンドソーンの王立魔法協会からですわね」
「はい。なんだか最近になって急に人を増やしたみたいで、杖が必要なようです」
魔石には魔力を増幅する効果があるため、魔石を練り込んで作った杖は魔法使いにとっていつかは持ちたい憧れの品だ。ただし、非常に高額である上に、サフォアの友好国以外には渡らないため取引先は限られる。
ヘリメナは魔石の前に跪き、祈りの言葉を口にした。
「ユロクト・ユロクト、お力を分け与えください。ユロクト・ユロクト、御身を削ることをお許しください。我らを救いたまえ」
ユロクト、とは、この魔石を生み出したとされる伝説上の魔法使いの名前だ。サフォアには、この魔石に関する昔話がある。
昔、この大陸にまだ国がなかった頃の話。
ユロクトという名の白い魔法使いと、ヒュゼルという名の黒い魔法使いが仲良く暮らしていた。
二人はとっても仲が良くて、いつまでも二人でいようと約束をした。
しかし、やがてヒュゼルは悪の心を持ち、ユロクトと敵対してしまった。ユロクトは人々を守るためヒュゼルと戦い、命と引き替えにヒュゼルを封印する。ユロクトは死の際に、自らの肉体を魔石へと変えた。そして、サフォア王家の先祖にこう告げた。「私は魔石となって皆を見守る。心正しき者に我が身を与えよ」と。
以来、サフォア王家は代々魔石を守ってきた。
ヘリメナはダイヤで加工した特別なナイフで魔石の表面をほんのわずかに削り取る。
これだけでも、魔法を使う際に触媒とすれば普段の何倍もの威力の魔法が使える。
「もしも、これぐらいの大きさの魔石の欠片を使ったら、どんな魔法が使えるんでしょうね」
ガロトフが指と指で円を作って言った。
ヘリメナはそれを笑い飛ばした。
「そんなの、爆弾を持っているようなものよ。危険すぎて使えないわ」
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