第28話 可能性
「恐ろしいほどの才能です」
ビクトルは昼間見た光景を思い出し、戦慄しながら言った。
ビクトルが街で見つけたレコス王国の行商の息子ユーリ・シュトライザーは、尋常じゃない魔力を持っている。
はっきり言って、魔力の量だけなら、現在この国で一番の魔法使いである大魔法使いシャークローを遙かに上回っている。
普通の人間の魔力が瓶一杯の水としたら、大魔法使いが湖、ユーリは海だ。
「あれは……育てていいものでしょうか?」
見つけた時は興奮したが、今となっては恐怖すら覚える。あれほどの魔力量の持ち主に魔法の知識を与えて、万一道を踏み外したりしたらどうなるのか。それこそ、誰も太刀打ち出来ない。
「あの小僧、レクタル族だろ?魔力を持たない民族のはずじゃなかったのか?」
ビクトルの同僚、タッセル・エメフが頭を掻きながら言う。昼間、怒鳴り込んで魔力放出を止めさせた男だ。
「レクタル族には魔力がないのは事実だ。魔力がないせいで散々苦労している国だからな。恐らく、あの子供だけが特別なんだろう」
「あれだけの魔力量……レコスが返せと言ってきませんか?」
「いや、こちらに預けて魔法を教えてやってほしいそうだ。向こうでは教えられる人間がいないからな。レコスはうちの国に友好的だから、助かるよ」
六部卿が頷き合うのに、タッセルが口を挟んだ。
「なあ、おい、お偉いさん方。可能性を一つ、無視してねぇか?」
ビクトルは眉をひそめてタッセルを見た。タッセルは愉快そうに笑みを浮かべて言った。
「つまり、あのガキこそが、三年後に現れる「魔王」かもしれないって可能性だ」
「なっ……」
ビクトルのみならず、六部卿もシャークローも顔色を変えた。
「何を言っている?」
「あり得ない話じゃねぇだろ?だってよぉ」
タッセルは目を眇めてビクトルを睨んだ。
「あの夢の中で、何故か魔王の姿はいっさい見えなかった。魔王がどんな姿をしているか、俺達は知らない。てーことは、その辺にいる普通の人間が三年後の魔王である可能性が無い訳じゃないだろ」
ビクトルは息を飲んだ。
「魔王が、普通の人間の振りをしていると……?」
「或いは、普通の人間が悪に走って、魔王を名乗るかもしれないってこった。あのガキみたいな、とんでもない力の持ち主だったら、誰も太刀打ち出来ないだろ」
タッセルの言葉に、ビクトルは青ざめた。確かに、あの魔法量の持ち主が敵に回ったら、誰も太刀打ち出来ない。あの子供を倒せる人間なんていないだろう。
六部卿もざわざわと囁き交わす。ユーリ・シュトライザーの力が膨大すぎるせいで、扱いを決めかねる。あの才能は、伸ばすには危険すぎやしないかと、ビクトルだけでなく六部卿も迷いを見せていた。
「ふむ」
迷いに満ちた雰囲気の中で、シャークローが口を開いた。
「タッセルの言い分もわかる。だが、わしはやはりあの子供を信じて導くべきじゃと思う。ビクトル」
「はい」
「お前は他人の魔力が目に見える希有な能力の持ち主じゃ。今後、あの子供の傍に立ち、あの子供の魔力が闇に染まる兆候があればすぐに知らせるんじゃ。よいな」
「……はい」
思わぬ大役を任されて、ビクトルは呆然とした。
魔法協会が手に入れた強大すぎる力が、悪となるのか、悪を倒す善となるのか。
今はまだ、誰にもわからなかった。
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