第26話 侯爵令嬢
「ダメよ!!馬鹿なことはやめて!」
ハルベリーは自分が叫ぶのを見た。
自分——今より少し大人になっている自分だ。
「諦めるのよ!!私達は騙されていたの!!わかるでしょう!?」
ハルベリーの声に、金糸の髪をさらりと揺らして少女が振り返った。
金糸の隙間から覗く藍色の瞳には、強い決意が宿っていた。
「わからないんだ。皆の言ってるようには、わかれないんだ。私は、だって——」
微笑む少女を引き留めることが出来ず、ハルベリーはただただ涙を流すことしか出来なかった。
侯爵令嬢ハルベリー・モガレアは悲しい夢から覚めて一筋の涙を流した。
「ルティア様……」
夢の中で、彼女はどこかへ行こうとする親友を止めようとして、止めることが出来ずに無力感に打ちのめされていた。
「未来の夢、なのかしら……?」
あの全国民が見せられた三日間の悪夢と同じ、未来に起こることなのだろうか。
夢の中のハルベリーは二十歳前後だった。ということは、今から四、五年後ということになる。英雄はまだ産まれていない。それなのに、ルティアはいったいどこへ行こうとしていたのだろう。ハルベリーが必死で止めていたということは、安全な場所ではないはずだ。
「まあ、もしもあんなことが起こったら、私今度こそきちんと引き留めませんと」
英雄の母となる彼女を守ることが、この国の貴族であり友人である私の役目、と、ハルベリーは決意した。
「さあ、今日から忙しくなりますわ」
夢のことは一度忘れて、ハルベリーは新しい日々が始まることに胸を躍らせた。
いつもの豪奢なドレスではなく、簡素なローブに着替え、美しい白銀の髪を邪魔にならないように結い上げる。
「お嬢様……本気なのですか?」
侍女のアンヌがもう何度目かわからない台詞を繰り返して心配するが、ハルベリーは迷いなく微笑んだ。
「本気ですわ。私、やるべきことをやると決めたの」
決然と述べたハルベリーは颯爽と馬車に乗り込んだ。
向かう先は——王立魔法協会。
ハルベリーの魔力値は高い。
幼い頃に受けた魔力測定で平均値を遙かに越える数値を叩き出している。
高位の貴族令嬢であるから、魔法協会に入るという道は選ばれなかったが、今となっては状況が違う。三年後には魔王が復活してしまうのだ。
あの夢の直後、戦力増強に努める魔法協会が過去に測定した高魔力値の人間に入会要請を送ってきたのだ。ハルベリーは即座に手を挙げた。
両親は心配したが、ハルベリーは力強く説得した。
「私が魔法を学ぶことで、もしも一人でも命を繋ぐ人間がいるならば、私が今からすることはすべて意味あることなのです」
高い魔力を有する自分が戦わずに死ぬわけにはいかぬというハルベリーの言葉に、侯爵夫妻も折れたのだ。
そしていよいよ今日から、魔法協会での修行が始まる。ハルベリーは燃えていた。
「私、ただでは死にませんわ。魔王に一太刀なりとも浴びせてやりたいのです」
迎えに現れた魔法協会の職員は、馬車から降りた侯爵令嬢がそう言ってにっこり笑ったので思わず目を瞬いた。
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