人任せの男

犬丸寛太

第1話人任せの男

 私は自らの人生においてあらゆる決め事を他人に任せてきた。

 進学、結婚、子育て、果ては買い物や趣味に至るまですべて他人の言うままに生きてきた。

 そんな私も老いさらばえいよいよ余命幾ばくとなり、遺書をしたためた。

 「私の死後は皆さまにお任せ致します。葬式、墓、戒名、諸々。いよいよ私の意識がなくなった時も延命処置をするかどうかもお任せします。どうか皆様思うままに。」

 ほどなく私は死んだ。

 気が付くと私は病室の隅で横たわる私を眺めていた。

 魂だとか死後の世界というものに関心は無かったが目の前の光景を目の当たりにしてあながちすべてが嘘というわけでもないのだなと妙に感心した。

 そのまま呆けていると手の中に紙切れのようなものがあることに気づいた。

 確認してみるとそれはバスの乗車券のようだ。

 「現世発あの世行きシャトルバス」

 乗車券の隅に小さく「奪衣バス株式会社」と書いてあった。

 一丁前に後株なのかとどうでも良いことを考えながらはて乗り場はどこだろうと思った。

 乗車券を確認すると「お迎えに上がります。」とだけ書いてあった。

 霊体とはいえバスを病室に招くわけにもいかない。

 私は病院前のバス乗り場へ向かった。

 一台のバスが止まっている。行き先はあの世行き。これで間違いなさそうだ。

 乗車券を手に早速乗り込むとなかなかに盛況のようですでに多くの席が埋まっていた。

 どうしようもなく立ち尽くしていると乗務員が寄ってきた。

 「乗車券を拝見させていただきます。」

 私は乗車券を差し出す。

 乗務員は手慣れた手つきで判を押し私を空いた席へ案内した。なるほど指定席か。

 ほどなくしてバスは発車し私はどこでもないきっとあの世への境であろう曖昧とした景色を呆然と眺めていた。

 「まもなく三途の川サービスエリアへ到着いたします。三途の川サービスエリアでは15分間停車いたします。御用の方は時間以内にお願いいたします。」

 せっかく来たのだ。少し三途の川とやらを見てみよう。

 バスを降り展望台と思しき場所へ向かう。

 そこからは大きな川が見えた。片側の岸に子供たちと獄卒の例の眺めが広がっている。

 だが少し妙だ。まったく動いてない。

 展望台の看板を見ると三途の川の歴史とともに石を積んでは~の行為は児童虐待の観点からすでに過去のものであり、痛ましい歴史を後世に残すために代わりに人形を設置しているとのことだった。

 なんだかなぁ、と三途の川を眺めているとまもなく発車の合図が聞こえた。

 急いで乗り込み席に着く。

 乗務員が乗客の確認を終えると、バスは走り出した。

 相変わらずパッとしない景色を眺めていると前方に大きな建物が見えた。中華風の作りで人目見て何かがわかった。

 「まもなく終点あの世―、あの世―、お降りのお客様はバスが完全に停止してから席をお立ちください。」

 バスを降り目の前の建物を仰ぎ見る。イメージ通りだと感心したがよく見るとコンクリート造りだった。なんだかなぁ。

 中へ入り本人確認やら諸々の手続きを済ませると広めの会場へ通された。

 いかにも公務員風な男の説明によるとこの後順番に閻魔大王と面談を行い、その場で天国行きと地獄行きを振り分けるとのこと。

 そのまま男は天国と地獄についての説明を開始する。

 会場のスクリーンには天国と地獄の映像が流され地獄は見るのもはばかられるほど酷い様子だ。当然だが地獄には行きたくない。幸い私は生前悪事を働いたことは無い。順当に天国行きだろう。

 映像が終わり、最後に男が注意事項を述べる。

 「本日は死者の皆様の数が多いため一人当たりの面談時間を5分間とさせていただきます。ご了承ください。それでは一番の方どうぞ。」

 死者たちは男に連れられ順番に会場を後にする。落ち着いている者、怯えている者、合格発表を待つ受験生のようだ。

 「それでは次の方どうぞ。」

 私の番だ。まぁ天国行きだろう。焦ることもなく男についていく。

 少し歩くと両開きの大きな木製のドアのついた部屋にたどり着いた。ドアの上には閻魔室と書かれている。

 男がドアをノックするといかにもといった重低音でどうぞと帰ってきた。

 ドアが開き、私は軽く会釈をしながら部屋に入る。興味本位で部屋の中を眺めていると閻魔大王から話しかけてきた。

 「すまないね。今日は急がなければならない。早速座ってくれ。」

 私は言われるがまま椅子に腰を下ろす。

 「君の資料に目を通したがこれといった悪事は働いていないようだね。」

 よし、これは天国だろう。

 「しかし、これといった善行も行っていない。言ってしまえば差し引き0だ。」

 ん?

 「えーと、つまりどういう事でしょうか?」

 「善も悪も行っていない死者を裁くことはできない。天国に行くか、地獄へ行くか君が決めたまえ。」

 なんだ、そんなことか。そんなもの天国に決まってる。そうだ、当たり前だ。どうして自分から進んで地獄に。

 おかしい。言葉が出ない。天国だ!天国といえばそれでいいんだ!天国!天国!

 まるで舌を抜かれたように言葉がでない。

 「て・・・、」

 何とか言葉を口にしようとした瞬間私は得体の知れない感情に駆られた。

 なんだこれは!不安か?そうだ、今まで私はあらゆる決め事を他人に任せてきた。これが何かを決断する時の不安というやつか。

 仕組みが分かれば簡単だ。進学だの結婚だの比べれば天国か地獄かなんて考えるまでもない。天国だ!勇気を出せ!天国と言うんだ!

 「て」

 「お時間となりました。大王様判決を。」

 「差し引き0だったが時間にルーズなのはいかん。マイナス1だ。地獄。」

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人任せの男 犬丸寛太 @kotaro3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ