(9)

「待て……何故、そんな単純な手に引っ掛かったのだ? 庶民の女の姿をした王女と男装した女騎士など……三文芝居か何かか?」

 報告を聞いた隣国の王子は……最早、怒る気力さえ無いようだった……。

「あ……あの……逆でございます」

 私は、恐る恐るそう言った……。

「へっ?」

「私の妹と……王女殿下と女魔導師らしき人物を匿っていた女の話では……その……」

「だから、その何だ?」

「私の妹が連れて来た若い女性の髪を切り……庶民の男のような髪型にするのを手伝った……と……」

 ……。

 …………。

 ……………………。

 王子殿下は呆然とされていた。

「王都の門の通行記録に記載されている髪や目や肌の色を見る限り……男を装っていたのが王女殿下で……庶民の女のフリをしていたのが、我が妹のようです……」

「……」

「あの……殿下……」

「えっと……」

「はぁ……」

「この国の王女殿下は……その……男装の趣味でも……」

「存じ上げませぬが……その……女魔導師に操られていたせいかと……」

「王女殿下を奪還しても……髪が延びるまで婚礼は延期した方が良いであろうか? 我が妻となる方に恥をかかせる訳には……」

「そのような事は、王女殿下の身の安全が確認されてから考えても遅くありますまい」

 王子付きの騎士のヴィシュマ殿が呆れたようにそう言った。

「時に……我々が王都に戻る事を決定したその翌日に……3人が王都を出ているようですが……これは偶然でしょうか? 何らかの方法で、我々が王都に戻る事を知ったとしか思えませぬ」

 続いて司祭がそう言った。

「だが……早馬でも何日かかる場所で起きた事を、どうやって、その翌日に知る事が出来る?」

「いえ……我々が良く知っていて……しかも……誘拐犯が使える可能性が高い方法がございます」

「何が言いたい?」

 それに反応した魔導師は……言葉とは裏腹に、司祭が何を言いたいか察しているらしかった。私には司祭が何が言いたいか、さっぱり不明だが。

「尊公の元嫁は、まだ、魔導師の『遠話』網を使えるのか?」

「そんな訳有るまい」

「本当か?」

「本当だ?」

「本当に本当か?」

「御貴台は子供か? 何だ、その子供が喧嘩した時のような物言いは?」

「万に一つもか?」

「ああ。もし、仮に、万が一、有り得るとすれば……」

 魔導師の元嫁は、三文芝居を更に一捻りした手を使ったようだが……魔導師本人は、司祭の三文芝居に、あっさり引っ掛かった。

「では……その『万が一』が起きる条件を詳しく教えていただこうか……」

「……」

「さぁ、早く……」

「…………」

「何か都合が悪い事でも有るのか?」

「……く……くそ……」

「ほう、魔導師の中でも名門の血筋の出身である尊公も、そのような庶民の如き下品な言葉を使われるのか」

「……ええい、判った言ってやろう。国公認の魔導師の中に……我が元嫁と通じている者が入れば……我が元嫁も事実上『遠話』網を使う事が……おい、どこへ行かれる?」

「たしか……国公認の魔導師の『遠話』網は……王都魔導大学の魔導装置を破壊すれば機能しなくなる筈であったな……」

「待て……何をする気だ? と言うか、何故、知っている?」

「陛下に……魔導師側の『遠話』網の停止と、我々『国教会』の者による王都魔導大学と各地の公認魔導師の拠点である魔導学院の監査を実施する事を言上してくる」

「ふ……ふざけるな……そんな事をすれば……」

「我々『国教会』側の『遠話』網を潰したければ……やれば結構。しかし……御存知の通り、我々の『遠話』網は、そちらの『遠話』網より効率は劣るが……『中枢』は複数有る。全ての『中枢』を破壊せねば……我々の『遠話』網を停止させる事は出来ぬぞ。さて、そちらの『遠話』網が無い状態で、そんな真似をどうやってやる? まぁ、そもそも、本当にそんな真似をすれば……反逆者となるのは貴様ら魔導師どもだがな」

 すでに……司祭は魔導師を敬称で呼ぶ必要は無いと判断したようだった。

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