第55話 研究者の暗躍の影で華々しく競技が進む


「第三小隊は防御魔法! 第二小隊は短呪系で牽制しろ! 俺達は集団強化魔法グルアクスレーションで更に加速するぞ!」


「「「「「おお!!」」」」


 リーダーの号令のもと、第五班のメンバーはそれぞれ即座に魔法を展開する。


 中心メンバーの第一小隊が展開したのは集団の前方向への推進力を強化する魔法だ。術式は単純だが人数が増えれば増えるほど、進行方向へのベクトル数が増えて行くので、魔法の効果も芋づる式に増していく。一糸乱れぬ、軍隊の様に統率された集団行動が取れる魔法兵団レギオンが使えば、絶大な効果を生むのだ。


 欠点はマナの総消費量だ。集団の推進力を利用し強化するその魔法の性質上、術式自体は単純でも規模は大きなものになる。その上、単純な術式であるが故に注ぎ込むマナの量が魔法の効果を決定付けるので、必然的に膨大なマナをこの魔法の維持に使わなければならないのだった。


 第二小隊が展開した防御魔法は、弾除けの結界ウィドヴァルを張り巡らせる防御魔法でもマナによる防御力向上効果の付与デェイパーでもなく、不可視の障壁インヴァルダーを前方に掲げる防御魔法だ。この魔法を簡潔に説明すると、巨大な盾を掲げて攻撃を受け止める………という事になる。要するに魔法でマナの盾を作り出し、敵の攻撃をその作り出した盾を使って力技で防御するのだ。


 マナに反応する自律式の防御魔法ではないので集団強化魔法グルアクスレーションと同じく単純な術式なのだが、取り回しが普通の盾と変わらず、使用には熟達した技術が必要になる為、使用者を選ぶ事が欠点だ。


 ただこの欠点は、個人個人に判断が委ねられる様な乱戦や一騎打ちなどで露呈する欠点であって、今回はそれには当てはまらない。この戦闘では、術士は進行方向に作り出した魔法の盾を掲げ、部隊の突撃に合わせてマナを振り絞りその魔法の盾に注ぎ込めば良いのだ。


 つまり、細かい技術や経験などは必要とせず、部隊の指揮者に命じられるがままに、ただひたすら盾を突き出し、マナが切れるまで掲げ続ける事が求められる。必要なのは技術や経験ではなく、魔法の盾を維持し続ける為に必要な大量のマナと、あとは突撃し続ける体力と根性だったりする。


 その上この強固な盾は、集団強化魔法グルアクスレーションによる突進力と相まって、大型魔獣の突進攻撃を思わせるような迫力の盾攻撃シールドバッシュとなって相手に襲い掛かる事になるのだ。


 自分達の特性を活かし、単純な術式を使った上で最大限の効果を産もうとする第五班の戦術に、ミナエル達は感嘆のため息を漏らす。


「流石ですね。アレ・・とまともに相対していたら、甚大な被害は避けられない所でしたね」


「そうで御座いますわね。単純ではありますが、攻防一体で、正面からまともに迎え撃つ事が難しい、とても厄介な戦術ですわ」


 カミーラが苦笑を交えつつ傍らのミナエルにそう示唆すると、ミナエルも苦笑を返しつつそう答えた。


 第五班の戦術は極めて単純で、前進あるのみの紛うことなき特攻だ。しかし、その特攻はただの特攻ではなく、相手魔法兵団レギオンの抵抗の一切を薙ぎ払えるだけの破壊力を秘めているのだ。迎え撃つにしても避けるにしても、ある程度の被害を考慮に入れなければならないだろう。


 本来であれば・・・・・・


「こうなると、ミナエル先輩の作戦は先見の明でしたね。これなら皆んな慌てずに自分達の役割を果たせそうです」


「何も対策を立てずに、あの迫力の面前に立たされるのは御免被りたい所ですしね」


 ナーヴァの言葉にカミーラはそう返すと、再びミナエルに視線を向ける。


「それではミナエルさん、予定通りに……」


「畏まりました、カミーラ先輩」


 そう返答したミナエルは、右手を掲げながら呪文の詠唱に入る。


騎士の御霊を守護せしソルデァヌガドゥマーテルよマーテール月の契約に基づきコルゥナ幾重にも折り重なりしフォウミィオヴァ黄金の盾をもってゴルティィク全てを拒絶せよオゥジァクショル月壁マティレクション


 産み出される幾つもの光の魔方陣。この魔法は術者の力量により産み出される魔方陣の数が上下する。今回生み出された魔方陣の数は十にも及び、その魔方陣が縦に並んで第五班の突撃の行く手を阻んだ。


「構うな! 突っ込めぇぇぇぇぇ!!」

「「「「「おお!!」」」」」


 リーダーの号令にメンバーが気勢を上げ、更に加速する第五班。大型魔獣どころか地走竜ドレイクも斯くやという迫力で、ミナエルの作り出した月壁マティレクションに向かって突き進む。躱そうなどとは微塵も思っていないだろうその突進を、月壁マティレクションが受け止める。


「「「「ウォォォォォ!!!」」」」」


 気勢を上げつつ突進する第五班の特攻は、ミナエルの障壁を一枚ずつ割り砕いて突き進む。障壁がそれを受け止める度に進撃の足は一瞬止まるが、しかしすぐさま再度動き出す。


(クッ………流石は第五班ですわね………わたくしの月壁マティレクションが、たいして足止めにもならないなんて………ですが、目眩まし・・・・としては、これで充分でしょう)


 ミナエルの心中通りに、パキンパキンと障壁を割り進み、遂に最後の一枚を割り砕いたところで、今度は第五班のリーダーの顔に戸惑いの色が浮かび上がった。


(なんだ?! 盾となるべき前衛が一目散に散開して行く?!)


 正しくは、第三班の陣形は左右に別れ、守るべき水晶を底辺としたU字を描いていた。


「(明らかに罠………だが!!) 構うものか! 罠ごと喰い破れ!!」

「「「「「「おお!!」」」」」


 更に勢いを強め、第五班は突撃を続ける。


【今です! 各班準備を!!】


 すると今度は、戦略通信タクティカルトークによるカミーラの号令が第三班メンバーに伝わり、各々がスリングショット等で拳大の黒色の丸い物体を第五班に向かって投げ付ける。そこにナーヴァが魔法を放つ。


『………揺蕩いし雷精シェカーリット


 三方向から投げ入れられる黒玉がナーヴァの放った広範囲だが威力の低い雷撃に反応し、シュパパパパと音を立てて弾けて瞬時に第五班が煙幕に包まれる。


【クッ………風で煙幕を吹き飛ばせ!】

【障壁展開!】


『『『『『簡易障壁シプレクション』』』』』

『『『『『風精霊の囁きシフレット』』』』』


 共に詠唱の無い短呪系の集団魔法を展開するが、迎撃の為に必要に迫られて魔法を選択している第五班と、予め戦略を組んで魔法を選択している第三班では、初動でどうしても差が出てしまう。


 結果、第五班の魔法が完成する前の絶妙なタイミングで、彼らを取り囲むように第三班が展開した障壁が張り巡らされる。そして、その中で発動した風魔法が煙幕を巻き上げ、障壁内・・・で煙幕が撒き散らされる形となった。


 煙幕の正体は可燃性の粉塵と細かな金属片……それがナーヴァの雷撃を受けて帯電したまま、障壁により密閉された空間で撒き散らされたのだ。


【(これは……しまった!)全員衝撃に備えろ!!】


 次の瞬間、障壁内で激しい轟音と共に爆風が巻き起こる。


 今は水晶領域戦クリスタルレギオンレイドの最中だ。この競技が行われている間は、この結界内では魔法以外の攻撃ではダメージを負う事はない。だがそれはあくまで肉体的なダメージの話しだ。


 爆風により体勢は崩され視界は不良、爆音による聴覚の異常なども見受けられ、第五班の攻撃の足は完全に止められてしまっている。


【次です!!】


土精霊の微睡みノムァリア


 続いて第三班が繰り出したのは、大地の精霊に干渉して浅い沼地を作り出す魔法だ。本来ならば対象の足元周辺を沼地化するだけの簡単な魔法だが、今回は第五班全体にも及ぶ広範囲に沼地化が進んでいる。


【(馬鹿な! これ程広範囲に魔法が及んでいるのに魔法の完成が早すぎる!! いやそれより………拙い! 今足を止めたら・・が………クソッ!) 全員、第三小隊の防御魔法にマナを注げ! ・・の………剛剣・・の攻撃に備えろ!!】


 リーダーの言葉に、第五班のメンバーは急いでマナを注ぐ。そして来たるべき衝撃に備えるのだが………。


(………なんだ? 何の衝撃も来ない?)


 張り詰めた空気の中、本来ならばくる筈の衝撃が来ず、怪訝な顔で戸惑った様子で小首を傾げ、煙幕が晴れかかる中、互いに顔を見合わせる第五班メンバー達。


【(いや、そもそも………)誰か! 剛剣の気配を掴んてる奴はいるか?!】


 戦略通信タクティカルトークによるその問い掛けに、メンバー達は慌てたように互いの顔をみあわせ首を振る。


(まさか………)


 次の瞬間、後方………つまりは第五班の防衛エリアで、ドドーンと大地を叩き割ったような激しい轟音が鳴り響いた。


(しまった!! 剛剣は向こうだったのか?! こっちのマナの流れに気を取られて、全く警戒していなかった!!)


 彼はこうべを回らせ、第三班のリーダー達がいると思わしき防衛エリアクリスタルへと目を向ける。すると、こちらの様子を窺うように油断なく第五班の動向を見つめるカミーラが視界に入る。


 そこで彼はハッと息を呑む。


(まさか………全て計算ずくか?! 今までの行動は全部時間稼ぎ?! 拙い! 直ぐに攻め切らなければ間に合わない!!)


【再突撃だ! 急げ!!】


 リーダーの号令に、メンバーは必死に応えようともがくが、足元が不安定で踏ん張りが効かず、さっきまでの速度と突進力が出ていない。


 それでも隊列を維持し、隙のない陣形を保っているのは流石だと、第三班の首脳陣は感嘆のため息を吐く。


「どうやら、これから先は消耗戦にしかなりそうにありませんね。当初の予定通り、のらりくらりとやり過ごしましょう」


 カミーラの提案に、ミナエルは頷きかけるが、何かに気付いた様にハッと顔を上げる。


「………どうやらその必要は無くなったようです」


 半瞬後、第三班の勝利で競技終了のアナウンスが流れたのだった。


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