第54話 研究者は戦端が開かれるのを遠巻きに眺める


「何だアイツ等? 誰も隠蔽魔法を使えねぇのか?」


「んな訳ねぇだろ。あっちには『雷帝』と『影法師』が居る第三班だぞ? 大方あれは囮なんだろ。一、ニ、三、四、五……………魔法兵団レギオンの半分近くが守備隊として残っているな。大規模な防御魔法も使ってるみたいだし、随分と慎重だな………」


「まぁ、初戦だからな。先ずは様子見って事じゃないのか?」


「なら、相手が慎重になっている間に、こっちは一気に勝負をつけちまおうぜ」


「そうだな。残り半分は索敵魔法の範囲外にいるみたいだし、なら、その部隊が戻って来る前に決着つけちまおう」


「巧遅拙速って奴だな。頭の良い連中は策に溺れがちだ。あいつ等が色々考えてる間に乱戦に持ち込んじまえば一気にクリスタルを破壊出来んだろう」


「よし! 戦略通信タクティカルトークを繋げるぞ!【全メンバーに告ぐ! 第一守備隊を除いた他の全部隊で強襲をかける! 総員、速やかに行動に移れ! 向こうに考える隙を与えるな!】」



【【【【【了解!】】】】】



 その戦略通信タクティカルトークで森の中に散開する相手・・チームを眼下におさめながら、少女変態はそっと傍らの自称天才魔導錬成士アルケミストに声を掛けた。


「けけけ結局、ミナ先輩のよよよ予測通りになっちゃいましたね」


「だな。相手が猪突猛進をモットーとするメンバーが揃ってる第五班って情報から、ミナが囮を使って誘き出すって作戦を立てた時は、こんなに上手く行くとは思わなかったよ」


「みみミナ先輩、ロイさんの話し聞いて、すすす直ぐに偽装魔法の『偽りの迷い森』をつつ創り出しましたもんね。あれのお陰で、ああ相手チームはみみ見事騙されてくれてます」


「まぁ、こっちに策があるだろう事は予想しているだろうに、それに対して戦力を小出しにするんじゃなく、全力で喰い千切ろうって、部隊の大部分を突撃させる相手チームも、流石学園の生徒だって思うけどね。同数を当てて様子を見ようとしてたら、一気に蹂躙されてただろうし」


「みみミナ先輩は二重三重に策を張り巡らせてますもんね。相手の出方次第で如何とでも手段を変えられるように」


「術の存在には気付けても、それがどんな魔法かを正確に把握しようとしない。これもミナが予測した通りだな。相手は、情報分析に時間を取られるくらいなら、拙速で事を運ぶだろうから、それを逆手にとれば行動は読みやすいって言ってたよ。しかし、この短期間で、よくあれだけの魔法、創り上げたな」


「大規模ぼぼ防御魔法に似せた術式で、ああああれだけ大人数の相手に対してじじ自陣の人数を誤認させる魔法をくくく組込むだなんて、ふふ普通はもっと複雑な術式で、ぼぼぼ膨大なマナを利用しないと発動出来ないはずですよね?」


「だな。でも、それはあくまで術の展開を対象者に向けた場合の話だ」


「じゅ、術の展開を………たた対象者にってどういう事ですか?」


「ようするに、対象者に直接任意の術を掛けるか、結果として掛かるかの違いだな」


「………つつつつまり………ちょちょちょ直接愛を囁いて落とすのではなく、いいい意味有りげに視線を送ったり、こここ好みに合わせたりして相手からアプローチしてもらえるようし向けるようなもの………ででですかね?」


「何故その例えなのかはともかく、まぁそういう事だ。ミナの術式の優れたところは、描き出した魔法陣にマナ量の少ない生徒を紛れ込ませて隠した上で、あたかも既存の防御魔法を展開したかの様に見せている所だ。木を隠すには森の中………ってやつだな。マナを感知する事で探索を可能にするあの・・探知魔法の性質を逆手に取った術式って訳だ」


「ああ相手チームはそれを視て・・誤認した………と言う訳ですね? でででもそれなら直接目で見られたらかかか簡単に見破られちゃうのでは?」


「そこは、上手く森の中に潜む事で解決してるみたいだな。そもそも相手チームは、あの魔法をただの防御魔法だって認識しているみたいだし、初めから疑いを持ってないと見抜けないんじゃないかな?」


「ままま魔法が発動する時のマナ量を視ても、そそそれ程複雑な術式だとは思えないでしょうし、じじ自分自身に対して仕掛けられた魔法でもないから、あの・・魔法をぶぶぶ分析しようとは思わないでしょうしね」


「流石に近付かれたら気取られるだろうが、そん時にはもう手遅れって訳だ」


「でででも、それこそ『喰い千切られる』可能性もああああるんじゃ無いですか?」


「相手の拙速を予測してなければあり得ただろうけど、準備万端に待ち構えてるんだから大丈夫じゃない? 元々、ミナ達は囮なんだし、あとはミナの作戦通り時間を稼いで、ウチの魔法兵団レギオンの最大火力を相手に気取られずに防御隊の前まで送り込めば、一気に勝負をつけられるよ」


「そそそそれもそうですね。それじゃ早速、ああああたし達は役目を果たしましょう」


「だな。丁度、敵チームがうちのチームを視認出来る距離に入るし」


 そう言ってロイフェルトは、一瞬、自陣の方へと視線を繰れると、『ぬひひひひ………ロイさんとの共同作業………ここここれは愛無くしては成功は叶わないですぅ』と、クネクネし始めたトゥアンを置いて、森の奥へと姿を消したのだった。


「うひひひひ………みみみミナ先輩が作戦に掛かり切りの間に、ロイさんとああああたしは一気に………あれ? ろろろロイさん!? ロイさん何処ですか?! ひぃぃぃぃぃん………」





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





【これは………全員止まれ!】


 戦略通信タクティカルトークによる、リーダーと思わしき生徒のその号令で、第三班の陣地に迫っていた彼らは一旦足を止めた。


【どうした?! 止まっちまったら、先制攻撃の意味が無いじゃないか!!】


【どうやら、相手さんはこちらの動きを読んでいたようだ】


【何だって?!】


【如何やったかわからないが、あそこでクリスタルを護っているのは向こうのほぼ全員だ】


【………探索魔法じゃ、半分程ではありませんでしたか? 隠蔽魔法を使われた形跡も有りませんでしたよね?】


【そう思ったんだが………見てみろ】


 そう言って、相手陣地に向かって顎をしゃくると、そこには巧妙に偽装を施してはあるものの、隠れ潜む敵メンバーの影がチラホラ見える。


【どういう事だ?】


【おそらく、防御魔法に偽装した隠蔽魔法じゃないか? 少なめに見積もらせて、こっちの攻撃人数を減らしたかったんだろ。ほぼ全員で攻めて来て正解だったな】


【なら、ここで止まらずに一気に押し込んでしまいましょう。相手の思惑を外してやったんですから】


【そう簡単な話じゃない。準備万端に待ち受けられているんだからな。全軍で押し切るつもりだけど、分散した状態じゃ各個撃破される可能性がある】


【それなら如何しますか?】


【決まってる。分散して駄目なら………】


【纏まって突撃ですね】


【その通り。全軍に告ぐ! 鋒矢の陣を組んで一気にケリを付けるぞ!】


【【【【【おお!!】】】】】


 その号令のもと、分散していた彼ら第五班は素早く集結し、同時に鋒矢の陣形を取りながら突撃を始める。


 それを遠目で見ながら、第三班の首脳陣の三人である、三年リーダー『影法師』カミーラ、二年リーダー『雷帝』ミナエル、一年リーダー『万能ヴァーサトゥル』ナーヴァが今後の展開と方策に関して最終確認を行っていた。


「大方、ミナエルさんの予想通りになりましたね」


「出来れば戦力を分散して頂きたかった所ですが………その考えは虫が良すぎたようです」


「ですが、ミナエル先輩は、こうなる可能性が一番高いと予想してましたよね?」


「相手の能力を鑑みれば、こう来る事が必然だと感じたまでです。正直あまり当たって頂きたくない予想でしたが………」


「各個撃破する方が、こちらの被害を抑えられますものね」


「カミーラ先輩の仰る通りです。それだけではなく、分散して仕掛けてきて頂けたのなら、他の魔法兵団レギオンにこちらの手の内を悟らせない立ち回りも可能でしたのに………。彼らの特攻を相手取るなら、そんな事は言っていられなくなります」


「あの戦術は一見単純な様に見えて、波に乗られると手に負えなくなってしまいますもんね」


「その通りです、ナーヴァさん。幾ら対応策を練っても、戦闘において勢いという物はそれを軽々と超えてしまうものです。慎重に行きましょう。油断は禁物です」


「そうですね。まぁ、今の私達に『油断』が出来る人間は殆ど居ないでしょうが」


「そうですね。絶対不利の状況を軽々と覆してしまったあの人を見てしまったら、相手を侮って油断や楽観をする事がどれだけ危険であるのか、分からないはずはないですからね」


 カミーラとナーヴァのその返答に、ミナエルは苦笑を浮かべて肯いた。


「本来でしたら、ロイフェルト君もこの中に入って欲しかったところですが………」


「わたくしとしても本当でしたらそうしたかったのですが、ロイさんちっとも魔法兵団レギオンの輪を考えて下さいませんし………」


 ミナエルとしては珍しく、頬を膨らませて拗ねた様子を見せる。


「ハハハ………ミナエル先輩でも制御できないのであれば、うちのメンバーの誰でも出来ないでしょうね」


「全くもってその通りですね。それにしても………ミナエルさんに年相応の表情をさせるロイフェルト君は、全くもって罪な男の子ですね」


 クスクスと笑いながらそう告げるカミーラに、ミナエルはサッと頬を紅色に染めて反論する。


「ななな何を仰るのですかカミーラ先輩! わわわわたくしはそんなつもりで言ったわけでは………」


「聞けばロイフェルト君に想いを寄せる生徒は、思いの外多いそうですね?」


「………」


「私も聞いたことが有りますね。刺突姫エストックは言うに及ばす、ユーリフィ王女も何かと気をかけていらっしゃる様ですし、あそこの斥候役を務めているティッセ先輩も最近彼の研究室に足繁く通っていると聞いています。何より今まさに彼の隣におさまっている彼女………」


「力を付けて無音サイレントと呼ばれるようになったトゥアンちゃんですね。同じ研究室の同僚ですし、あの娘が一番の強敵でしょうか?」


「………か、彼女はもう何度も告白して、その度に手酷く扱われていますので、大丈夫………な筈ですわ」


「その発言は、ミナエルさんがロイフェルト君に想いを寄せていると解釈して宜しいのですね?」


「んぐ………」


 反論の言葉が出掛かったが、この手の話しには不慣れなミナエルでは、カミーラに対して上手く返す事が出来ない事は分かっていたので、何とか口を噤む。


「あの娘は、フラレても全くめげなそうですし、なし崩し的に既成事実を作り上げるかもしれませんよ?」


「男って、女性に押されると最終的には従ってしまう悲しい生き物ですしね」


「そそそそそんなことを話している場合では御座いませんわ! 相手がそこまで迫っているのです! カミーラ先輩は、今すぐ部隊に指示を与えねばなりません! さあ早く! カミーラ先輩、さあ早く!!」


「クスクスクス………今日の所はこのくらいにしておきましょう。では………【それでは全員、作戦通りに始めて下さい。各小隊長が細かく指示を出すように】」


 戦略通信タクティカルトークを通してのカミーラの言葉に、第三班のメンバーがそれぞれ了承の言葉を返した所で、いよいよ戦端が開かれたのだった。


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