第50話 研究者は刺突姫に難問を吹っ掛けられる


「ハァッ!」「うわっ! にゃろめ!」


 気合一閃、喉元目掛けて突き込まれた一撃を、身体の捻りのみでやり過ごすと、お返しとばかりにくるりと回転しながら死角からの逆袈裟切りを見舞う。


「なんの!」「うごッ!」


 それを、瞬時に身体ごと相手の間合いの内側に入り込み、得物が振り切られる前にそれを無理矢理抑え込んだ。


「うぐぐっ………」「ぬぬぬ………」


 その後互いに追撃を恐れ、一旦飛び退いて間合いを開けた。


「ロイ………少し腕が鈍っているのではないか?」


「いや、どっちかって言うと、ツァーリの腕が上がってんだろ。この化け物め」


 にやりと笑みを浮かべて揶揄するツァーリに、ロイフェルトは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべてため息をつく。


 二人が相対しているのはいつもの早朝訓練で、今日は偶々二人だけだったので、軽く剣を打ち合っていたのだった。


「化け物とは酷い言われようだな。こう見えて、私も一応女なんだが?」


「男だろうが女だろうが、化け物は化け物だ。この短期間で、如何やったらそこまで技量を伸ばせるんだ? 普通、技術ってーのはじっくり積み重ねらられていくもんであつて、一足飛びに身に付くもんじゃないだろうに………」


「如何やっても何も、お前とのあの戦闘のお陰である事は明白であろう? あの戦闘を経験したお陰で、私は自分には何が足りないのか、自分が如何すれば強くなれるのか、十分過ぎるほど理解を深める事が出来た。あとはただひたすら自分の強みを伸ばす為に鍛錬を続ければ良い」


「なるほどなるほど。俺のお陰と言うなら何か報酬を頂かないとな」


「うむ、最もな話だな。なら………」


 そう言いながらにやりと笑みを浮かべたツァーリの姿がゆらりと揺らめいたその瞬間、ロイフェルトは次の展開を読み切りサッと足を踏み出した。


「っ?!」「そう簡単にはやらせないよ」


 不意打ちを仕掛け切っ先をくれてやると言おうとしたツァーリだったが、ロイフェルトは間合いを詰め、鍔迫り合いに持ち込む事でそれを防ぐ。


 身体と身体が触れ合えるような超至近距離は、『機』の読み合いに分があるロイフェルトの間合いとも言える。


 ツァーリがこの間合いから離脱しようと力を込めると、それを察したロイフェルトがそれを逸らす。


 直ぐさま立て直すツァーリだが、今度はロイフェルトが力を込めツァーリの有利な姿勢には持って行かせない。


 ツァーリにとっては不慣れな不意打ち。それがロイフェルトの目には淀みとして映り、かえって読みが活かせるロイフェルト有利な展開へと切り換わったのだ。


 フィジカルに優るツァーリと、読み合いに優るロイフェルト。


 二人の戦闘は、自分の能力を最大限に引き出して圧倒出来ればツァーリが有利、それをさせずに常に自分の間合いを保ち続ければロイフェルトが有利。


 つまりは先手必勝のツァーリと後の先のロイフェルトだ。


 二人は自分に有利な状況を作り出すため、細かく駆け引きを繰り返すが、その状況は既にロイフェルトの戦場だ。


 しかし、そこで一気にロイフェルト有利の状況へ傾かないのは、ツァーリがそのロイフェルトの戦場へと一歩足を踏み入れているからだ。ある程度の読みを入れつつ、ロイフェルトより優るフィジカルで何とか自分有利の展開に持ち込もうとツァーリも必死だ。


 その状況が暫し続いていたが、やがて二人は意を合わせた様に飛び退き間合いを空ける。


「………ここまでだな」

「………ここまでだね」


 そう言って、互いに木刀を納めて構えを解いた。


「うむ。これ以上やると本気になってしまう。それではあの時の誓いに背く事になるからな」


「ツァーリがそれを律儀に守るとは思わなかったよ」


「私が求めている『強さ』とお前が持っている『強さ』が別種のモノである事はあの時の戦闘で充分に承知させられたからな。このまま続けてもあの時程の充足感は得られまい。私としては些か寂しくもあるが、偶にこうして打ち合う程度で満足しておくさ」


 そう言いながら、ツァーリは地面に置いてあった水袋を手に取りゴクゴクと飲み始める。この水袋は魔法の水袋で、マナを通すと自動的に水が水袋の中に満ちるのだ。


 ツァーリは、水を飲み終えると、ポイッとその水袋を地面に座り込んでるロイフェルトに投げ渡す。


「そうしてもらえると助かるよ。俺も多少の訓練はしなきゃなんないしな」


 水袋を受け取ったロイフェルトは、そう答えて吸口に口をつけて飲み始める。


 それを見ながら、ツァーリは何やら小首を傾げていたが、何かに気付いたかのようにポムと掌を拳で叩く。


「………? どうかした?」


「いや、これがか………と思ってな」

 

「何が?」


 問いながら、再度吸口に口をつけるロイフェルト。


 そんなロイフェルトを指差しながら、ツァーリが答える。


「これが『間接キス』と云うものかと思ってな」

「ブホッ!!!」


 唐突なそのセリフに思わず水を吹き出し、ゲホゲホと咽りなから、訝しげな視線をツァーリに向けるロイフェルト。


「………ツ、ツァーリからそんな乙女チックな話しを聞けるとは思わなかったよ………」


「失敬だな。さっきも言ったが私も一応女なのだぞ? それなりに興味はある。ただ、今まではそれを周囲に晒す機会が無かっただけだ」


「そりゃ、あんだけ目をギンギンにして剣を突き込んでれば、色恋沙汰の話しはし辛いだろうさ」


「そう言う事だ。まぁそれと言うのも、親戚筋からの見合いの話しがひっきりなしに舞い込んできて、辟易していたからなのだがな。剣に打ち込む事で周囲にアピールしていたのだ」


「あれ? ツァーリの家族はツァーリの考えには理解があると姫さんに聞いたことがあるけど?」


「家族はな。それと理解があると言うよりは、諦めたと言った方が正しい。跡継ぎにも困ってないし、私一人が自由に生きても問題なかろうとの結論に至ったのだ。うるさいのはそれ以外の親戚筋の人間共だ。未だに見合いの話を持ってくる………そうだ、ロイ」


「何?」


「さっき言っていた『報酬』の話しだが、『私自身』ということで如何だ?」


「………はぃ?」


 何を言われたのか理解出来ずに、小首を傾げて訝しげな表情を見せるロイフェルト。


「うむ、名案だな。そうすれば、親戚筋からの見合い話は全て抑え込めるだろう」


 ウンウンと満足げな表情なツァーリを見て、ようやく理解が浸透し始めたロイフェルトは、人差し指をこめかみに当て眉を顰めてそんなツァーリの言葉を否定しようと待ったを掛ける。


「いや、ちょっと待て」


「父上母上からしても、婚姻を危ぶんでいた娘に相手ができるのだ。文句は言うまい」


「だから待てって!」


「私としても、相手がロイであるならば、歓びこそあれ不満など一辺もない。と言う事でどうだ?」


「何が『と言う事で』なのか分からんわぁぁぁぁぁ!!」


「難しい話ではあるまい。私をお前の嫁にしろと言ってるだけだ」


「………オーケー、オーケー。分かった、分かった。ツァーリもそんなジョークを言うんだね。意外だったよ」


 こめかみに冷や汗を滴らせながら、両手を広げてやれやれと首を振るロイフェルト。


「冗談ではないぞ? 様々な事情や状況を踏まえ、それが最適だと判断して、今求婚と相成ったのだ」


「今、思い出した様にポロッと言ったよね?! つーか、今のを求婚と表現されるのは些か納得行かないんだけど?!」


「そうか? 私としては『嫁にしてくれ』と言ってる時点で間違いなく求婚だと思うんだが?」


「求婚どころか球根と勘違いしそうなノリで言わないでくれるかな?! 人生の一大事じゃないか!!」


「私としてはこの上もなく真剣なんだが………」


 至って真面目な顔のツァーリに焦りを感じ、ロイフェルトは彼女の考えを叛意させるべく思考を巡らせる。


「………仮に今のが本気だとしても、俺とツァーリじゃ身分が違う。平民の俺と貴族のツァーリじゃあ結婚は無理だよ」


「入り婿になれと言ってるのではなくて、私を娶れと言ってるんだ」


「それじゃ、ご両親や親戚筋の方々は納得しないんじゃない?」


「両親は気にせんよ。好きにしろと言われてる。親戚筋に関しては、私を駒として使いたいだけだから、その地位から降りた私には興味を示さなくなるだろう」


「………姫さんの護衛はどうするの? 姫さんの側近として護衛騎士を続けるなら、貴族の身分は必須だと思うけど?」


「むむ………それは確かに一理ある………」


 考え込み始めたツァーリの様子に少しホッとしながら、このままこの話を切り上げようと立ち上がった。


「んじゃ、そーゆーことで」


「うむ。私としても一度姫様に相談する必要を感じる。一旦解散し………」

「ちょぉっと待てぇい!!」


 踵を返しかけたツァーリを慌てて呼び止めるロイフェルト。


「………何だ?」


「今、姫さんに話すって言った?」


「ああ。よく考えれば、私は言ってみれば姫様の所有物だ。勝手をする訳にはいかん事に気が付いたのだ。一旦この話を持ち帰って姫様にご報告をしなければなら………」

「止めんかぁぁぁ!!」


 そうツァーリの言葉を遮るロイフェルト。


「姫さんに話したら、絶対面白がって引っ掻き回すに決まってる! 俺は姫さん玩具になるのはゴメンだぞ!」


「だが、話しをしない訳にはいかん。それこそ将来の事にも関わる事だ」


「いや、そもそもそこに俺の気持ちは介在しとらんでしょーが! 俺は誰とも付き合う気はないし、ましてや結婚話なんて絶対にゴメンだ!!」


「そこはそれ、婚約した事にして、後はじっくり時間を掛けて………」


「だからそこに俺の気持ちは介在してないよネ?!」


「ハハハ。ロイの気持ちはこれから変えていけば良いじゃないか」


「だからそこに俺の意思はあるのかぁぁぁ………」


 ロイフェルトの絶叫が虚しく風に散ったのだった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「落ち着いたか?」


「元凶に言われたくはないけど落ち着いた。ともかく、俺は誰と付き合うつもりはないから。この話はここでお仕舞いだからね」


「まぁ、今すぐどうこう話を進めるのは止めておこう。差し当たってこの学園を卒業するまでは猶予があるしな」


「猶予など無い。俺は結婚なぞせん」


「頑なだな」


「いや、どっちかって言うとツァーリの方が頑ななん………いや、もうそれは良い。これ以上は不毛だ。それより、そっちの魔法兵団レギオンはどうなの?」


「姫様がノリノリで進めておられるが、私は護衛という立場から姫様のそばを離れられん。そもそも集団戦術が苦手分野の私では、あまり役には立ちそうにないな」


「ああ、俺と同じか。俺の場合は魔法が使えないハンデが大きくて、能力的に役に立たないって事なんだけど」


「確かに水晶クリスタルレギオンレイドのルールの中ではロイフェルトは不利になるな。だが場所が森の中であるなら隠密行動が得意なお前なら、かえってやりやすいのではないか?」


「潜伏してるだけならね」


「………ああ、そうか。魔法が使えないと言う事は戦術通信タクティカルトークも使えないと言う事か………それでは確かに今回は蚊帳の外になりそうだな」


「そーゆーこと。今回は森の中に潜伏してお茶を濁す事にするよ」


「と言いつつ何かやりそうだな、お前は」


「気の所為、気の所為」


 頭の後ろで手を組んでその場を離れるロイフェルトの後ろを、疑わしげな視線で見つめながら付いていくツァーリなのであった。


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