第37話 研究者は大空へと想いを馳せる
「あ、なんか急に空を飛びたくなってきたな」
ぽんっと拳を叩いてなんの脈絡も無く唐突にそう言い出すロイフェルト。
「は、はぃ? なななんですかいきなり……」
それに驚き、変態眼鏡巨乳ことトゥアン・ストリーバは怪訝な表情で眼鏡を押し上げそう問いを返した。
二人がいるのはいつもの研究室。
トゥアンがハーブティの新しいレシピの開発に頭を悩ませのた打ち回っているのを尻目に、ロイフェルトはのんびり窓の外を眺めていたところであった。
ロイフェルトが、あの
怪我も癒え、ラーカイラルから戦闘訓練免除を勝ち取ったロイフェルトは、落第しない程度に授業を受けつつ、自分の興味の赴くままに魔導具作りに勤しんでいた。
とは言っても、我を忘れて根を詰めるようなタイプではないロイフェルトは、疲れたり飽きたりすればすぐに手を止めのんびりとお茶をすすりながらトゥアン経由で手に入れた濃厚バターのサクサククッキーに舌鼓を打ったり、第三王女かれせしめたミスリルの塊をニマニマにやけながら眺めたりと第三者から見たら、怠け癖のある怠惰で不真面目な落ちこぼれ学生でしかない。
今では、ハーブティの販売やハーブティ作成の際のオリジナル魔法の開発で、学園内の個人の評価や魔道士としての評価はトゥアンの方が上回っている程である。
勿論、ツァーリとの一件もあるのでやっかみと畏怖が混じり合っての事ではあるが。
同じ研究室で共に学んでいる身であるトゥアンとしては、そんな彼の風評に『冗談じゃない!』と力一杯反論したい所である。
それは一般的には低い彼の評価を憂いでいる訳ではなく、自分と彼との能力の間には、隔絶した大きな壁がある事をよくよく理解しているからであった。
そもそも自分が魔法の開発に成功したのは、彼からのヒントがあったからだ。自分一人の力では術の開発に成功するどころか、術を創り出そうとの思考に至ることはなかったであろう。
故にトゥアンは、ロイフェルトに感謝しているのであった。今自分がこの学園で成功を掴みかけているのは、全てロイフェルトに出会ったからだ。だが、その感謝を口にしたところで、彼が受け入れる事がないことも分かっていた。
彼は常々言っているのだ。『俺は目立ちたくないんだ』と……どの口が言うとんねん、というツッコミは彼の耳には届かない訳だが。
だからこそ彼女はゾッとする。このまま自分の評価が上がり続ければロイフェルトは………
(それを隠れ蓑にして絶対何か面白おかしく陰謀を張り巡らせるに決まってる! 冗談じゃない! あたしはこれ以上悪目立ちたくない! 自分がこれ以上目立たない様にあたしを前面に押し出すのは止めて下さいよ、ロイさん!!)
心の中でそう叫び続ける毎日なトゥアンなのであった。
閑話休題
そんな訳で、トゥアンはロイフェルトの唐突なその台詞に、警戒感MAXで真意を問う視線を投げかける。
「いや、言葉の通りの話だよ? なんか無性に空を飛びたくなったんだ」
「ほほほ本当に唐突ですね……ロイさんはひひ飛行魔法は使えませんでしたよね?」
「まぁね。俺が出来るのは身体強化と現象強化だけだからね。高く飛び上がってそのまま多少の滑空は出来ても、『飛行魔法』となると行程が複雑で難しいな……」
「ななななんなら、あたしが飛行魔法でそそそ空にお連れしましょうか?」
「それじゃつまんないよ……なんかこう心躍るような
そう言ってムムムと悩む素振りを見せるロイフェルトを胡散臭げに眺めるトゥアン。
『良いアイディア』との台詞に不穏なルビが振られていたような気もするが、無闇にツッコミを入れると手痛いしっぺ返しを受ける恐れもあるので口を噤んで耐えしのぐ。
悩むロイフェルトをその場に残し、研究室をこっそり脱出する事も考えたトゥアンだったが、彼の思い付くアイディアが思いも寄らない利益を生む事も間違いないので、商人の
まぁ、元々この研究室に入った経緯が経緯なので、何かあっても完全なる自業自得であるのだが。
「……あ、良いこと思い付いた」
ぽんっと再び拳を叩き、ニヤニヤと笑みを浮かべながら立ち上がると、軽い足取りで研究室から出て行くロイフェルト。
それを見ながらこっそりとため息を吐き、その後を付いていくトゥアン。
ここでロイフェルトを放置して、ひとりこの研究室に籠るという選択肢を思い付きもしないのがトゥアンであり、要するにどう考えても自業自得なのであった。
「ロイさん、どどど何処に向かうんですか?」
研究室に鍵を掛けつつそう問い掛けるトゥアンに、ロイフェルトはあっけらかんと言い放つ。
「ちょいとそこの小山まで」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そしてロイフェルトとトゥアンの二人は、学園敷地内にある、背の低い雑草が生い茂った小山の頂上付近にやって来た。
なだらかな勾配の小山で、木々もあまり多くなく、魔物もあまり出現しない学園内の安全地帯のひとつで、一見するとのどかな風景が目の前に広がっている。
途中、訓練所の倉庫から、訓練で使う木製の所謂タワーシールドと呼ばれるタイプの大盾を持ち出し、地面を引き摺ってここまで持ち運んで来たロイフェルトは、ふーっと息を吐いてその場に座り込んだ。
「ちょっと休憩」
「いい一体今から何を始めるおおおつもりなんですか? そそそんなお荷物抱えて……」
「乗るんだよ」
「はぃ?」
「だから乗るんだよ。この盾に乗ってこの斜面を滑り降りるの」
トゥアンは、言われた内容が理解できなかった様子で、怪訝な表情を隠そうともせず小首を傾げた。
「ななな
「面白そうだから」
「……たた確か、ロイさんは空を飛びたいとおお仰っていたと記憶してるのですが……」
「そうだね」
「……こ、これに乗って滑り降りても、ととと飛んだ事にはならないのでは?」
「そうだね。このまま滑り降りるだけならね」
「……とととと、言うことは?」
「それは……やってみてからのお楽しみ」
コクンと首を傾げ、尚も解せぬと表情を歪ませているトゥアンを尻目に、ロイフェルトはそう言って立ち上がると、盾の表面を下にして地面に置き、それにぽんっと乗り込みちょこんと座った。
盾は、ロイフェルトの重みでずずずとゆっくり斜面に沿って下降し始める。
「ど……どどんな驚きの展開がははは始まるのかと思ったら、只のそり遊びで………す………………か…………うぇぇぇぁぁ!?」
あっと言う間に遥か彼方へと滑り降り、既にロイフェルトの姿は豆粒だ。
「ろろろろロイさァァァァァん!!」
トゥアンは慌てて手持ちのマジックロッドに跨って、飛行魔法で後を追う。
一方、ロイフェルトは、盾の取っ手部分をわしっと掴んだまま、ソリに乗る要領で斜面を滑り降りて行く。
(滑り降りる際の地面と盾の摩擦と落下のベクトルを上手く法術で調整すれば、スピードを上げるのは容易だな)
「後は方向変換とブレー………キんぎゃぁぁぁぁぁ……………」
体重移動で方向変換しようと試みたその瞬間、激しいGが襲い掛かり、バランスを崩して勢い良くひっくり返ると、立て直すこともできないまま、ゴロゴロゴロゴロと斜面を激しく転がり落ちる。
その進行方向に、まだロイフェルトの存在に気付いてない数体のゴブリンらしき魔物の影が出現するが、ロイフェルトにはそれに構う余裕はない。
「んぎゃぁぁぁぁぁ!! 止めてくれぇぇぇぇぇ……」
「「「ギャギャギャ?!」」」
ロイフェルトの悲鳴混じりの叫声に、ようやくゴブリン達もあたふたと動き出したが、ロイフェルトが転がり落ちる速度に対応できずに…………やがて、「ギギ……」と悲鳴らしき異音とぷちぷちぷちっとイクラが潰された時のような小気味良い異音を残して無惨に轢き殺されていった。
因みにロイフェルトは哀れなゴブリン達には気付いていない。
そして、なす術のないまま小山の麓まで転がり落ちたロイフェルトは、平らな場所まで辿り着いてようやく止まる事が出来た。
「障害物……無くて……幸…………うぷ……」
ゴブリン達には気付かなかったロイフェルトが、四つん這いでヘタっていると、ようやく追い付いたトゥアンが彼の傍らでマジックロッドから飛び降り、心配そうに声を掛けた。
「ろ、ロイさん、だだだ大丈夫ですかぁ?」
「だいじょ……ばない……目が……回った……」
「……はぁ……め、目が回った程度で済んで良かったですぅ……」
「…………」
「へ、下手したら、おお大怪我してたかもしれませんよ?」
「…………」
「って、ロイさん! たたた盾がちち血みどろになって……るんですが……ロイさん?」
「………」
「か、顔、ままま真っ青ですよ?! さ、流石のロイさんも、いい今のは無茶だったみみみみたいですね、ロイさ……」
「………うぷはっ……」
「うにゃぁぁぁぁぁ!!!!!」
そして、突如吐き出された吐瀉物が噴水のようにキラキラと宙を舞い、ロイフェルトの顔をのぞき込んでいたトゥアンの顔目掛けて勢い良く降り注いだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます