第36話 研究者は自らの正体を明かす


 ロイフェルトの告白は、一同に衝撃を与えるに十分な破壊力を持っていた……筈なのに、何故か盛り上がりにかけていた。


 それを不満に思ったのか、ロイフェルトは小首を傾げて誰とも無しに問い掛ける。


「……何故に無反応? 誰も驚いてないね?」


「それはお主が全くもって悲痛な様子も嘆く様子も見せないからじゃ。まるで、『今日のご飯は卵と干し肉のガレットです』とでも言っているかのような気楽さで話されては、どう突っ込んだら良いか分からぬではないか」


「そもそも『落人』であったとしてもそれが何なのかって話だな。俺にとってはお前が『落人』であることよりも、刺突姫エストックとやりあったり、王族相手に歯に衣着せぬ物言いをする平民ってことの方が驚きだしな」


「そうですわね。むしろこの世界の住人ではないとのお話で色々と納得致しましたわ。貴方の言動は、貴族階級の者とも平民階級の者とも違うものでしたし」


「おヌシの体術はこの世界のどんな体術とも違い洗練されたものだった。魔法が発達しているこの世界では有り得ない洗練のされ方だ。あちらの方に目が行くと、どうでも良さげに話してる『落人』の事など、どうでも良くなるのは必然であろう」


 一連の返答に一同がウンウンと頷き合ってるのを見て、自分の不利を悟りそそっと視線をそらすロイフェルト。確かにこの世界に来たことを喜びはしても嘆いた事のない自分にどうこう言える話ではなかった。


「それで……お主がこの世界・・・・の魔法事象に見放されているのは、元々この世界の住人ではないからなのだな?」


「たぶんね。俺が使う神聖言語や神代文字は、それ自体にマナが滲んでいても魔法が成立できる程には成熟しない。使用者の俺との接続が不可能なんだよね、多分」


「それなら、お前が使っていた術はお前のいた世界の魔法なのか?」


「いや、厳密に言うと違うね。俺のいた世界には、『魔法』は存在しなかった。少なくとも俺の知りうる限りではね。俺にとって『魔法』ってのはお伽噺の存在だった」


「魔法が無い……それではさぞかし不便な世界だったろうな」


「んにゃ。むしろ向こうの方がある意味便利な世界だったよ?」


「何?」


「向こうは魔法の代わりに『科学』があったから」


「『カガク』?」


「そう、『科学』。向こうの世界の住人は、魔法がなくても空を飛べるし、魔法を使うより簡単に火が使える。道具一つで遠くの人……別の国の人間と気軽に話をする事も出来たよ。それも特別な技術やマナを必要とせず、やり方さえ知っていれば誰でも使う事ができた」


「……なんとも想像し難い話しだのぅ」


「まぁそうだろうね。向こうの世界の住人がこっちの世界の仕組みを想像し難いように、こっちの世界の住人が向こうを想像するのは難しいだろうね。どっちが良いかはその人によるだろうけど。飯は圧倒的に向こうの方が美味かったけど」


「何?!」


「料理方法がこっちより細分化されてたし調味料がこっちよりずっと豊富だったんだよ。特に俺が生まれた国は、ちょいとばかり衛生管理と食にうるさい国だったからね。出来れば向こうで当たり前にあった調味料をこっちでも作りたいな。塩とか砂糖とか向こうじゃ近くのお店で誰でも手に入れることがで来たんだよ。こっちじゃ、塩はともかく砂糖は高級品で気軽に使えないし。塩や砂糖は作り方の仕組みさえ知ってれば魔法を使って簡単に作れそうなんだよなー」


「なんだと?! どちらも安定供給できるようなら世界経済が破綻しかねない物じゃぞ?!」


「ダヨネー。なら、自分用に細々作るにとどめようかな?」


「馬鹿者!! 自分の為だけに作るなぞ言語道断!! 砂糖だけでも妾にも寄越すのじゃ!!」


「姫様、本音を出し過ぎです。せめてわたくし達も数に入れてくださいまし」


「アニスティアも本音が出ているのでは?」


「だって砂糖で御座いますわよ?! 砂糖が安定して手に入るのであれば、我が家の財政もだいぶ……」


「うむ。砂糖の利権を得る為に、妾も幾ら使ったことか……」


「お菓子、大事」


「それは姫様とアニスティアが菓子の類を食するのを控えれば良いのではないですか? そうすれば、ティッセも菓子作りを控えることに繋がりますし……」


「お菓子、大事!!」


「お茶会は貴族の嗜みの一つですわ!!」


「好きに菓子も食べられず、なんの為の王族じゃ?!」


 やんのやんのとやり合い始めた王女一行を、肩を竦めて見やりながらスヴェンはそのじゃれ合い闘争に関わらないよう注意して、ロイフェルトに向き直る。


「お前の術が、お前が元いた世界の魔法じゃないって事は分かったが、それなら何に由来するものなんだ?」


 スヴェンにそう答えると、ロイフェルトは少し「うーん」と考え込む仕草を見せて、再び口を開いた。


「俺は子供の頃から勘がすこぶる良くてね」


「勘?」


「そう。赤ん坊の頃からそうだったらしいんだけど、この世界に来てそれが何なのか分かったんだ」


「……マナか?」


「そう。俺はマナを感覚的に『感じる』器官が異常発達してたんじゃないかと思ってる。向こうじゃマナって概念が無かったんだけど、マナそのものは世界に存在してたみたいなんだ。こっちに来て理解した。過去にも俺みたいな人間は存在していて、普通の人間ではあり得ないような……魔法としか言いようのない現象を引き起こしたり、人の心を読んだり、手も使わずに物を動かしたりできた人もいたみたいだから、マナを扱える人間は向こうにもちらほら居たんだと思う」


「それがお前の扱う術の起源って訳か」


「多分ね。普通に暮らしている分には、全く関わり合うことはなかったけどね。魔物はいなかったし、特に俺がいた国は形の上では戦争もなくて平和だったし。医療も発達していて、魔法がなくても、死亡率なんかはこっちに比べたら異様に低かったし、貧困層も無いわけじゃないけどあんまりいなかった」


「聞いとるだけなら夢のような世界じゃの」


「まぁね」


「何か他人事みたいだな。戻りたいとは思わないのか?」


「思わんね。目の前に扉が現れても、壊して見なかったことにするよ」


「何故だ?」


「もう向こうのの世界には興味がないから」


 もうこの話はおしまいとばかりに、しっしっと手を振り話を戻すロイフェルト。


「んで、人の話と文献でマナの存在を認知した俺は、向こうでのオタク知識を総動員してマナを操作することを覚えたのさ」


「オタク?」


「向こうの言葉で『ある一定方向に突き抜けた知識を持つ者』の尊称だよ」


 こめかみから一筋の汗を垂らしつつ、そう言い切ったロイフェルトは、言葉を挟まれないように早口で話を続ける。


「マナの操作を覚えてからは、とにかくそれで出来る事をひたすら追求し、こちらの世界の魔法が使えるようにならないか色々と試してみたんだけど一人じゃ限度があってね。俺としては、なんとかこちらの世界の魔法を使ってみたかったから、魔法研究分野では右に出る所はないこの学園に入ったんだ。まぁ、どうも無理っぽいってんで、今は開き直って他のやりたい事を手当り次第やってみてるんだよ。一応、神聖言語も神代文字も覚えられるものは全て覚えて、最近は魔法に似せたそれらしい術を魔法と偽って見せることも出来るようになりそうだし、この学園を卒業するくらいなら何とかなりそうだ」


「それを儂の前で言うか?」


「教官は俺の術も魔法と認めてくれるんでしょ? なら別に良いじゃん」


「……おヌシの術が卒業資格を得る程度に熟練していくのを確認出来れば今日の話は黙認してやろう。そもそも、異世界からやって来たというのに、難解な神聖言語と神代文字をこの短期間で理解するような生徒を落第させるわけには行くまいて」


「いや〜持つべき者は話しの分かる指導者ですね!」


「ウム!」


 ググっとサムアップポーズを見せるロイフェルトと、それに暑苦しい笑みを浮かべて同じくサムアップポーズを返すラーカイラル。


「そう言えばロイフェルト君は、こちらの世界に来てから何年経つのですか? 神聖言語や神代文字は、幼少の頃から学んでいた我々でも習得に難儀しているのですが……」


 じゃれ合い闘争を終えたらしい王女一行のニケーがそう尋ねると、ロイフェルトは指折り数えてそれに答える。


「三年くらい前かな? この世界に落ちてきて、まずはこの国の言葉を覚えるのに難儀したよ」


「ロイフェルト君、この国の言葉、ペラペラじゃないですか?! 経った三年でそこまで喋れるやうになった上に、そこから神聖言語と神代文字を学んだんですか?!」


「俺の特技の一つだよ。子供の頃から言葉を覚えるのは得意でね。二十歳にして20カ国の言葉を使いこなしたものだよ、ふふふのふ」


「…………二十歳?」


「ああ……俺、24才でこっちに落ちて来たんだけど、落ちた時にいくらか若返ったんだよね。体の傷跡の有無から判断するに、あの時の推定年齢は12才って計算」


「それで今現在はこの学園の入学基準である15才と言う訳ですか……」


「と言うことは、実年齢ではロイは年上って事になるのか?」


「精神年齢は容姿に引っ張られるって話だからその辺は気にしなくていいよ」


「そうか……正直お前を年上として敬うのは御免被りたいので助かる」


「それは一体どういったご意味であらせられますか、王国流剣術師範代第八位のスヴェン様?」


「勿論そういう意味で御座りまするよ、ロイフェルト先輩殿」


 ヌヌヌ、ヌヌヌと角突き合う二人の様子は無視して、今度はツァーリが問い掛ける。


「ロイが使った……法術だったか? あれを体術と組み合わせたあの戦闘法は、こちらに来てからお前が練り上げた戦闘法なのか?」


「そうだね。体術は向こうで学んだものだけど、法術はこっちで作り上げたものだしね。学んだのは『鎬流しのぎりゅう』っていう体術。それにこちらで俺が作り上げた法術を組み合わせて『鎬流闘法しのぎりゅうとうほう』って名づけた」


「『シノギリュウトウホウ』……聞いたことのない響きだがロイの言う向こうの世界の言葉か? 私との戦闘中にも口にしていたな?」


「うん、そう。こっちの言葉で唱えるよりも、あっちの世界の言葉で唱えた方が、技の威力が増すんだよね。多分、向こうで学んでいた時も、無意識にマナを操作して技の威力を上げていたんだと思うから、その名残りでこっちの世界でもでも向こうの言葉の方が威力が増すんだと思う。だから正確には、向こうで使っていた技に、無理矢理マナを流し込んだのが、俺の『鎬流闘法しのぎりゅうとうほう』」


「なる程……あの戦闘中に使った技は、どんな技だったのだ?」


「身体の奥底に眠るマナを呼び起こし、大気と融合させるのが『始界しかい』。呼び起こしたマナを脳の奥まで浸透させ、思考を加速化を図って体感時間を減速化する『深界しんかい』。マナを融合した大気を操り一時的に増幅する『臨界りんかい』。トドメの為に研ぎ澄ませるのが『絶界ぜっかい』……言えるのはこんな所かな?」


「うむ、なる程……」


「まとめると、ロイの魔法は、マナ操作に特化した、身体強化と現象強化が主な効果である『法術ほうじゅつ』で、それを利用した戦い方が『シノギリュウトウホウ』って訳だな?」


「ああ。まぁ『鎬流闘法しのぎりゅうとうほう』は、よっぽどのことが無い限りは、もうこれ以上この学園で披露するつもりは無いけどね」


 そう言いながら肩を竦めた所で今日はお開きになったのだった。

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