第27話 研究者は女の情念に恐れ慄きながら鑑定する


「ロイフェルト・ラスフィリィ」


 授業が終わり、講堂を出ようとした所でそう呼び止められて、振り向いたロイフェルトの前には、第三王女ご一行がズラリと揃っていた。


 因みに、今の授業は魔道士育成学科の特別補習だった為、学科の違うスヴェンやトゥアンはこの場にはいない。


「どうしたの?」


「うむ……例の物・・・が手に入った。鑑定を頼みたい」


「あぁ……あれ・・ね」


「我らが未来は、あれ・・に掛かっておる……早急に頼む!」


 と言いつつユーリフィが目配せすると、ティッセとアニステアの二人がササッと動き、ロイフェルトの両腕を左右からガシっと掴んだ。


「……逃さない」

「逃げたら末代まで祟りますわよ?」


「わ?! に、逃げないから! それ以上寄らないで! 怖いって! ギラギラし過ぎだって!!」


「済まない。姫様のご命令なので……」


「とか言いつつ退路を断つなよ! アンタ、この間も姫さんの命令を出しにして俺を欺いてたよね?! 俺の男の純情返せって!」


 コソッと後ろから気まずそうに声を掛けてきたニケーにそう返す。因みにツァーリはユーリフィの隣りで護衛の任に付き我関せずの様相だ。


「そう。ニケはいつも姫様の命令と偽って逃げを打つ」


「男子生徒の心を弄ぶ魔性の女ですわ」


「なんか、私の扱い酷くない?!」


「酷くない」


「寧ろ裏切り者・・・・に対して甘過ぎるほど甘いです」


「いや、だからそれは……」


「……裏切り者?」


「ニケーが最近妙に色気付いとる様なので調査したところ、どうも男の影がチラホラとな」


「いや、だからそれは、別にやましい関係という訳ではなく……ただの幼馴染で……」


「僕達に黙っていた時点で罪」


「はるか高みからわたくし達を見下ろして、笑っていたのですわ」


 事情を察し、ほうほうと一瞬考え込む様な仕草を見せ、ふむと頷いて口を開くロイフェルト。


「……僻みすぎじゃね?」


「ちちち違う! 正当な抗議!」

「ひ、僻みなどと失礼な事、仰らないで下さいまし!」


 慌てふためく二人の様子に視線をくべながら、ロイフェルトが同情したようにニケーを見やってため息を吐くと、それを見てニケー理解を得たと安堵する。


「……こういう所があざとい」

「同情心を煽って、良い子を装うのがお上手ですこと」


「僻みが凄いが……一理ある」


「なんと?!」


 ロイフェルトの唐突な裏切りに愕然とするニケーなのであった。
















 ところ変わって第三王女の屋敷の食堂。


 ロイフェルトは、そこでその食材・・・・を鑑定し始め、皆は(ロイフェルトとツァーリは除く)ゴクリと息を呑んで鑑定結果を待っている。


 届いた素材を四方八方から確認し、最後にマナを通し始める。


 物体にマナを通すのは難しい。それ

は物体そのものに抵抗力があるからだ。


 通常は、魔法を使ってその抵抗力に対抗し更に魔法を使って分析する。それが所謂一般的な鑑定魔法だ。


 ただ、ロイフェルトはその魔法は使えない。使えないが、マナを通す事においては他の追随を許さない。そしてマナを通してそれを分析するすべにおいても、並々ならぬ力量がある。


 それは単純な知識量だ。他の人間ではあり得ない知識量が、彼の鑑定を支えている。


 ロイフェルトは慎重に鑑定を続ける。何しろ後ろからのが凄い。迂闊なことはできない。してしまったらどんな報復が待っているのか分かったものではない。


 それぞれが虚空の様な……ホラー映画に出てくる亡者の様な視線でロイフェルトを見てるのだ。


 一行の中で一番異常だと思っていたツァーリが、実は一番まともなのではないかと錯覚を起こしてしまいそうだとロイフェルトは内心冷や汗をかきつつ鑑定を続ける。


 素材は以前話した雪蛤。雪蛤とはカエルの輸卵管を乾燥させたものだ。


 カエルと言ってもモンスターの一種で、育つと体長が10メートルにまでなるフロストフロックと呼ばれる冷気を纏う巨大蛙で、それが成体になる前のほんの5〜10センチ程度の頃の輸卵管が材料となる。それ以上のフロストフロックの輸卵管は、逆に人間には毒になるので注意が必要だ。


 栄養価が高く、周辺の脂肪組織には女性ホルモンが豊富で、他の食材と組み合わせると、体型的に女性らしさが増すと言われているが、フロストフロックの生息地域は狭く、更に数が少ないレアモンスターの一種でもあるので、市場に出回る事は殆ど無い。


 ロイフェルトはひょんな事からそれを知り、以前に食した事もあったのだ。


 ロイフェルトは自分の記憶の中の雪蛤と目の前の素材が同一である事を確かめる。


 素材にマナを通すこと自体は、ロイフェルトにとっては難しい事ではない。しかし、今回はこれ・・が自分の知る雪蛤である事を確かめなければならないのだ。




 背後からの無言の圧力の中で。




 しっかり鑑定させたいなら無駄なプレッシャーかけるなよー……と、言いたいのは山々だったが、言った後が怖いので心の中に収めるロイフェルト。


 立ち込める重い空気の中行われた鑑定は、無意識の妨害を乗り越え順調に進み、なんとか滞りなく終了した。


「……間違いないね。これは俺の知る雪蛤だ」


「「「「っ!!!」」」」


 振り向きつつそう告げると、ツァーリを除く四人が、ぱぁっと笑みを浮かべ、その場の重苦しい空気を打ち払い、薔薇でも咲いたかのような明るい……そして、それぞれの思惑が透けて見えるようなちょっぴり尖った妖しい空気が広がった。


(こえーよ、その笑み……)


 口に出しては言わない。表情にも出さない。女の情念は、時には強大な魔物すら本能で避けるだろう。


 ロイフェルトは、わざとらしくゴホンと咳払いすると、雪蛤が乗った器を手に取りながら口を開いた。


「コイツを細かく刻んで水に浸けるとスゲー膨張してかさが増える。そいつを砂糖とか蜜とかで煮込んで甘く味付けして、糖度の高い果物と一緒にデザートとして食べると良いと思うよ。くにゅくにゅした食感で、ツルンとした喉越しを楽しむものだから冷やすと良い。砂糖で煮込んだり果物と一緒に食べるんだから当然食べ過ぎれば太る。胸以外を肥えさせるつもりが無いならあまり食べ過ぎないようにね」


「うむ。分かった……メイベル。聞いておったな?」


「はい、姫様」


「言われた通りに調理せよ」


「畏まりました」


 メイド長のメイベルは、ロイフェルトから器を受け取り、足早にその場を去った。


「アニステアは、今一度、あの村からこの食材を取り寄せる手筈を整えよ」


「畏まりましたわ」


「ロイフェルト。そう言えば、ミスリル銀の準備と、例の食材の調理の準備が出来た。夕食はこの屋敷で取ると良い」


「分かったよ。トゥアンを連れて夜にまた来るね」


「待っておるぞ」


 そう言って下がるユーリフィに付いてツァーリを除く他の一行は部屋から去った。


「そっちも準備ができてたんなら、この件も後でまとめてやれば二度手間にならずに済んだんじゃね? ってな発言は受け入れられそうもないな」


「で、あろうな。昨晩に届いたので本当は昨晩寝込みを襲う計画も合ったらしいが、メイド長のメイベルに叱られて思い止まったのだ」


「メイベルさんグッジョブ!」


「それもあって、朝から皆、そわそわしていて授業でも気もそぞろの状態だったのだ」


「どんだけ巨乳願望強いのさ。そう言えば、ツァーリはあっち行かなくていいの?」


 小首を傾げながら傍らに残っているツァーリにそう尋ねるロイフェルト。


「流石にこの屋敷の中で、部外者を一人にしておくことは出来まい。使用人もあまり多くはないのでな。いつもならティッセかニケーが付くことが多いのだが、どうもそこまで頭が回っていないようだ」


「皆んな浮足立ってる感じだったもんね。俺としてはそれをきちんと把握して、この場に残った君に驚きだけどね」


「私には無用な話だったからな。胸など戦闘では邪魔なだけだ」


「まぁ、それ以上デカくなったら周りの雑音も大きくなりそうだ」


 と言いつつ無遠慮にマジマジとツァーリの胸元を眺めるロイフェルト。


 すると、ツァーリは両手で下から乳房を持ち上げながら、小首を傾げて口を開いた。


「……ロイも気になるのか?」


「いや、俺は胸は大きさより形」


「……私の胸の形はどうだ?」


「張りがあって大変結構」


「うむ。ならば胸元に気を取られるお前をひと刺しすればいつぞやの借りを返せるな」


「残念ながら、大き過ぎると食指が湧かんのよ」


「むむむ……」


 ツッコミ役の居ない状況が禍し、二人はこの詮なきやり取りを延々と繰り返すはめに陥り、遂にはそのまま研究室まで繰り返し続けたため、二人の預かり知らぬ所で周りからあらぬ疑いをかけられるまでに至ったのだった。

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