第26話 研究者は森の中で修行する


 そして次の日の朝……


「ハァハァハァハァ……た、確かにひと味もふた味も違う訓練でしたわね……」


 ミナエルを交えた四人は同じ場所に集合し、一先ず昨日と同じルートで森の中を走り回り、更にトゥアンを除く三人は大木を駆け上がる訓練までを終え、それぞれ一旦身体を休めていた。


 因みにトゥアンは、今日も小山登頂まで至らず、今も皆から遅れてようやくこの場にたどり着いて、今は息も絶え絶え地面に仰向けで倒れていた。それでもタイム的には昨日よりは早く、進歩の跡を見せている。


「普段とは違う身体の使い方をした所為か、疲労度合いが普段の騎士の訓練とは段違いですわね。これ程身体をイジメ抜いたのは、騎士を志して一番初めの訓練以来ですわ」


「うむ。それは同感だ」


「騎士は初めての訓練で何かするの?」


「騎士を志す人間が必ず通る通過儀礼的な訓練で、只ひたすら訓練場を走らされるのだ」


「距離を決められているわけでもなく、時間が決められているでもなく、いつ終わるとも知れない状況で只ひたすら走らさせるので、肉体的にも精神的にも疲労困憊になって何も考えられなくなるのです」


「それに耐える事が出来て、初めて騎士としての訓練に参加する事が許される。言ってみれば、あれは騎士になる為の選別試験のようなものだな」


「そして次の訓練の一番最初に身体強化魔法を教えこまれるのです。あの時ほど、魔法の偉大さが見に滲みた瞬間はありませんでしたわね」


「魔法主義国家ならではの騎士教育訓練方法だね」


「そうですわね。身体強化魔法を覚えたあと、同じ距離を走らされるのですが、全くと言って良いほど疲労を感じないのです。あれにより、その身をもって魔法の重要性を認知しました。その後は基本、魔法中心の訓練へと移行していくのです」


「魔法を戦闘に組み込む訓練は、早い内にした方が良いのは確かだからね。肉体が出来上がるのは10代半ば以降だから、それまでは魔法に重点を置くのは間違いじゃない」


「なる程……肉体、精神、マナ……鍛える為には、それぞれに適した年齢があるという事ですわね。当たり前と言えば当たり前の事ですが……」


「軍隊みたいな集団での訓練ともなれば、一人一人に適応した訓練を課すって訳にも行かないだろうしね」


「足りない所は個人で補わなければならない……と言う事か」


 なるほどなるほどと頷きあってる一行は、昨日とはやや異なる格好で朝の訓練へと赴いて来ている。


 平民階級であるロイフェルトとトゥアンは、入学時に支給されている袖なしの訓練服だ。グレーを基調として男子は黒、女子は赤の縁取りがしてある色違いのその訓練服は、訓練用の無骨なデザインが女子生徒には不評であるものの、丈夫でありなから通気性も良く即乾性に優れ、安価で実用性が高い量販品だ。


 対して貴族階級のミナエルとツァーリが着ているのは、それぞれの身体に合わせたオーダーメイドの一点物の袖なし訓練服だ。ミナエルの訓練服が、白に近い薄桃色を基調にした貴族女性が好みそうな装飾が入っているスタイリッシュなデザインであるのに対し、ツァーリの方は濃い紺を基調とし、装飾は殆ど無いが彼女の身体のラインが強調されるシンプルなデザインだ。


 オーダーメイドの一点物であるだけに、貴族階級の二人の訓練服は機能的にも高性能で、マナを通せばナイフ程度の刃物であれば弾き返す程の硬度を出すことができ、汚れもつきにくい。


 ミナエルが服装に気を使うのはある意味当然の流れだったが、意外にもツァーリがお洒落な格好をして来ているのには理由があった。


 昨日、あれから屋敷に戻った際に、インナー姿で脱いだ訓練着を肩にかけて登場したツァーリの姿に先ずはアニステアとメイド長が柳眉を立てて怒り出した。第三王女付きの護衛騎士に有るまじき格好だったという訳だ。


 その後、ユーリフィの苦言もあり、面倒そうに眉を顰める彼女の荷物を漁ってこの訓練着を見つけ出し、今朝はそれを無理矢理着せられたのだった。


 ボーイッシュなベリーショートの銀髪で、豹のようなしなやかで野性味溢れる肉体を持つツァーリと、金髪を綺麗に編み込みクルリと結い上げ、常に背筋をピンと伸ばし凛とした雰囲気を漂わせている細身のミナエル……タイプは違うがどちらも美しく、学園の生徒から美の象徴的な存在のダークエルフとエルフに例えられるのも頷けるのだった。


「ツァーリ、右肘の調子どう?」


「だいぶ良いのだが、まだ違和感があるな」


「なら、右腕にマナを集めるような訓練を入れてみようか……」


 ロイフェルトは少し考える仕草をしてから、その場に足先で円を描いた。


 左足をその円の中央に置き、右足を半歩後ろに引いて円の縁に置いて前後に開く形を取った。


「ツァーリも俺と同じように軽く足を前後に開いて……そう。んで、軽く腰を落として膝の内側が触れるように……そう。あとはこうやって右腕を出して手首と手首を甲側で合わせる」


「うむ。それで?」


「この円から出たら負け。地面に体の一部……例えば膝をついたり手をついたりしても負け。蹴ったり殴ったりは禁止。身体強化魔法も禁止。足を払ったり、相手を掴んだりするのは可」


「なる程……そういう勝負か」


「そう。押したり引いたり逆に押されたり引かれたり……接触状態から相手の動きを感知する訓練のひとつ。トゥアン!」


「は、ハイですぅ」


「合図宜しく」


「わ、分かりましたぁ」


 グググッとなんとか身体を起こして立ち上がり、よたよたと近付いて来るトゥアン。


 ロイフェルトとツァーリは、いつ合図が来ても良いように接触している手首に全集中を傾ける。


「そ、それでは……」


「……」

「……」


「始め!」


「フュッ……」

「っ!!」



トンー



「「え?!」」


 勝負は一瞬……気付いた時にはツァーリが仰向けで倒れていた。


 見ていたミナエルとトゥアンにも何がどうなったか理解出来ず、実際に相対していたツァーリもポカーンと空を見上げている。


「な……何が……起こった?」


「これから先は細かく説明するつもりはないから、自分で感じて自分で解釈して自分で結論を出すようにしてね」


「う、うむ……」


 ツァーリは考え込みながら立ち上がり、また円の中で構えを取る。


「ロイ、もう一度だ!」


 真剣且つ新しい玩具を与えられた子供のようなキラキラとした笑顔に苦笑しつつ、ロイフェルトは同じく構えを取る。


「は、始め!」


 そして同じ事が繰り返されて、ツァーリは仰向けで倒れている。


「……動こうと意志を持った瞬間には身体が宙に浮いていた……」


 ぶつぶつと呟きながら考え込むツァーリを見ながら、今度はミナエルがやってくる。


「次はわたくしですわ」


 その言葉に、意外にもツァーリは大人しく従ってその場をミナエルに譲る。外から見ようという事だろう。


 先ほどと同様に、ロイフェルトの構えに合わせて今度はミナエルが構えを見せる。


「そ、それでは……始め!」


 ミナエルは敢えて動かず、全身に力を込めてロイフェルトの動きを待つ作戦に出る。


 するとそれに気付いたロイフェルトが触れている手首でミナエルの手首を軽く押す。


 それに対してミナエルがググッと力を込めてを対抗しようとした瞬間……


「っ!!」


 足を払われ体勢を崩し、腕を引かれて気が付いたら背中を地面に付けツァーリと同様仰向けに倒れていた。


「……なんですの……こちらの動きを読まれていた?」


 ツァーリの時と同様に、唖然と空を見上げるミナエルに、ロイフェルトは肩を竦めて返す。


「……そうだね。俺が君達の動きを読めていたのは間違いないね」


「なる程……『接触状態からの感知』と言うのはこう言う事か……」


「流石、刺突姫エストック。気付いたのかい?」


「恐らくだが……『右腕にマナを集めるような訓練』と言う事は、大木を駆け上がった時のように意識を右腕に集中し、マナを通して相手の動きを読んでいる……と言う事ではないか?」


「半分正解」


「ぬ……半分だと?」


「そう、半分。右腕に意識を集中する事でマナが集まり、マナが君の思うように動こうと・・・・すれば、それだけで回復が早まり、感覚も鋭くなるだろうね。ただ、それは結果論。相手の動きをを読もうとするならそれだけじゃ足りない」


「……マナだけでは足りない?」


「……マナは前提で、それ以外にも愚み……ロイさんの読み・・には秘密があるという事ですか?」


「……別に愚民でも俺は良いけど? ミナエル・フォン・ベラントゥーリー」


「もうそれは良いですわ! このやり取り、いい加減飽き飽きです! こちらのお二人が『ロイ』と読んでいる以上、わたくしだけ違う呼び方をするのは沽券に関わりますのでこれからは『ロイ』と呼ばせて頂きます! 貴方……いえ、あなた方はわたくしの事を『ミナ』とお呼びなさい!」


 プイッとそっぽを向くミナエルの勢いに圧されてコクコクと頷きを返す三人。


「それで……ロイさんの読み・・に関しての話しはどうなんですの?」


「それには『イエス』とだけ答えておこうか」


「勿体つけますわね……まぁ、自分の頭で考えて見つけるという事は、何かを修練する上では確かに重要な事ですからね」


「そういう事。自分で考えないと、なかなか自分の物には出来ないからね」


「それではもう一度……」


「いや、今度は私が……」


「いや、同じ人間とやり続けると変な癖がつく。次はツァーリとミナ……先輩でやって」


「うむ。それもそうだな」


「……まぁ、良いですわ」


 ツァーリは直ぐさま構えを取り、ミナエルは一瞬の逡巡のあと不承不承といった様相を見せながらもツァーリとむかいあったのだった。
















「さて、この辺にしとく?」


 白熱した組み手を延々と繰り返し、予定の時間が過ぎた所でロイフェルトがそう声を掛けた。


「もうそんな時間か……」


「集中していると時間が過ぎるのが早いですわね」


「あ、あたしはもう限界ですぅ……」


「と言いつつ、意外にもトゥアンは二人と互角だったよね」


「そ、それは、あ、あたし自身もビックリです!」


「そうでしたわね。驚きましたわ」


「あれ程ヘロヘロな状態で、どうすればあれほど我々の動きを受け流せるのか……」


「しょ、正直、自分でもよく分からなかったですぅ……ひ、疲労で頭が回らずに、気付いたら動いていたかんじでした……」


「トゥアンはあれを、意識的に出来るようになれば強くなれるんだけどね。無意識じゃその内、限界が来るし」


「あ、あたし、商人志望なんで、そそそこまで強さには拘ってないと言いますか……」


「探索者登録はしないの?」


「い、一応するつもりではあるますが、たた探索は商人活動の片手間の予定です」


「なら、少しでも強くなっておいた方が良いな。探索に危険は付き物だ。平民階級の人間は、どうしても魔法の才能は劣ってしまう。生存率上げるためにもある程度鍛えておいた方が良いだろう」


「そ、そうですよね……い、今の内に少しでも強くなれるように頑張ります」


「この学園でも、今後はパーティを組んでの陣取り合戦である水晶領域クリスタルレギオンレイドやダンジョン攻略の訓練なども始まるでしょうし、強くなるに越した事はないでしょう」


 そんな事を語りながら帰り支度をしていた所で、ふとロイフェルトが何かに気付く。


「あっ?!」


「どういたしました?」


「今、大変なことに気付いたんだけど……」


「うむ? 大変な事?」


「ああ。初めてだこんな事……」


「は、初めてですか? な、何でしょうか?」


「トゥアンが……」


「あああたしですか?!」


「そう。トゥアンが……露出狂のトゥアンが、今日は服、脱いでないや。人として成長したみたいで何よりだね」


「ちょちょちょちょっと待ってください! あああああたしはだから露出狂ではないですし、そそそんな事で成長を認められても嬉しくないですぅぅぅ!! ちょっときき聞きてください! 無視して行かないでくださいよぉぉぉ!!」


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