第20話 研究者は美味しいお茶が飲みたいので魔法を作る


「ま、魔法を……つ、作るんですか? ど、どんな魔法をどどどうやって?」


 眼鏡が傾ぐのも構わずオタオタと落ち着きの無いトゥアンと、ほほうと面白そうに目を輝かせているツァーリ。


 対象的な二人を見ながらロイフェルトはその質問に答える。


「先ずはこの世界に於ける魔法が発動するまでの工程を考えようか。魔法が魔法として顕現する条件って分かる?」


「体内のマナを神聖言語や神代文字で魔法として加工して顕現させるのだろう?」


「そうだね。もうちょっと詳しく工程を区分していくと、先ずは体内マナへの呼び掛け。次いで、そのマナに術としての全体的な方向性を示す。そして、術として成立させる為に必要な分のマナを掻き集め、集まったマナに具体的な支持を出し、最後に発動。これを神聖言語や神代文字を使って行うのが、この世界の魔法って訳だ」


「そう具体的に言葉にすると分かりやすいな」


「ま、魔法学における『神への祈り』は、どどどう分類されるのでしょうか?」


「それは、神聖言語にも神代文字にも適性が無い俺には想像するしか出来ないんだけど……」


「ん? 神聖言語と神代文字は教会との因果関係は無いと言う研究結果が出たんではないのか?」


「教会との因果関係は無くとも、神様との因果関係はあるよ」


「へ?? か、神様と教会は同一のものではないのですか?」


「違うよ。神様の権威を利用しようとした輩が始めたのが教会の成り立ち。神様が直接指示して作らせた訳じゃない」


「いやに、ハッキリ断言してるが、それはお前の憶測ではないのか?」


「神様は見た事ないけど、教会の人間は見たことあるからね。アレ・・を神の御使いと表現するのは断固として拒否したいね。ま、その事は今日はこっちに置いといて……神への祈りって言うのは、もうそれだけで強いイメージを人間に植え付けているよね?」


「そ、それはそうですね」


「魔法発動における、イメージ力の強さってのは、魔法を成功させる上ではかなり大きなウェイトを占めてる。だから、神へ祈りを捧げること……具体的には神の御名を唱えて願う事は、最も簡易的に魔法の成功率や威力を上げる手段になるんじゃないかと思ってる。更に言うなら、元々神聖言語も神代文字も、神の言葉を模倣して作られた……と言われているだろ?」


「まぁ、それはそうだが……眉唾ものではないか?」


「実はホントにそうなのかどうかってのは問題じゃないんだ」


「「?」」


「そう思われる程、古くから使われてる言葉と文字だって事が問題なのさ。この世のあらゆる存在にはマナが含まれてる。その存在って物の中には言葉も文字も含まれるんだ」


「っ!! まさか……」


「俺は誰よりもマナの感知に長けているってー自負がある。俺が本気で全神経を傾けて感知に力を注ぐと、言葉や文字から薄っすらマナを感じるよ。人間が放った言葉や文字ってのは、それだけでマナが……いや、この場合だと魂って言った方がいいかな? ともかくそれが篭もるんだ。使われれば使われるほど人の意志がマナを通して言葉と文字に宿るんだ。最も古いと言われている神聖言語と神代文字には一体どれだけの人の意志が宿ってるんだろうね?」


「しかし、それだと過去の人間よりも、今の人間の方がより強い魔法を使えるって事にならないか? だが、現状では過去の遺物を読み解いて使っているだけで、記録の上での魔術師達よりもずっと力は劣っているように思えるが……」


「それは、単純な魔術師としての一人一人の素養の問題じゃないかな? マナの強度、イメージ力の強度、マナを言葉に乗せる能力の有無……あとは神聖言語と神代文字への理解度なんかも影響するだろうし。そういう意味でも神への祈りは重要だね。唱えるだけでイメージ力を強化できる」


「確かに……実際、同じ魔法を施行した場合、神の名を唱えるか否かで威力が変わる」


「つ、つまり『神への祈り』は魔法学に於いても重要で、ろろロイフェルトさんの仰ったここ工程の中では全体的な方向性を示す所で使われてそうですね……」


「多分ね。まぁ、俺には確かめようが無いんだけど」


「そこも分からんな。なんでお前はマナを持ちながら、神聖言語や神代文字に適正とやらがないんだ?」


「…………さぁね。それは神のみぞ知る・・・・・・って奴じゃないかな?」


 ロイフェルトはそう言って軽く肩を竦めて苦笑する。


「さて、話を戻すけど、現状でも確か生き物の肉体から水分を奪う魔法ってあったよね?」


「あ、ありますね。こ、細かい調整は出来ませんが、対象から水分を奪う攻撃魔法があああります」


「なら、その魔法を基本に、花を乾燥させる魔法を作ってみれば良いんじゃない? 単純に風を当て続けても乾燥させることは出来るんだから、植物から水分が抜けて行く仕組みを理解して、水分を奪う魔法と風魔法を組み合わるかなんかして、効率良く乾燥させる魔法が作れないかな?」


「そう言われると何かできるような気がするな」


「ま、魔法を作れと言われたので、どどどんな難しいことをさせられるのかと思いました」


「それじゃ、早速やってみようか。トゥアンは今言ってた水分を奪う魔法使える?」


「あ、はははい」


「んじゃ……確かこの辺に……あ、これこれ」


 そう言って棚からロイフェルトが取り出したのは、まだ乾燥させる為の処理をしていない、生の状態のハミツミレの花だ。


「これにその魔法使って、水分取ってみようか」


「は、ハイ!」


 元気よくそう返事をし、両手を翳して目を瞑るトゥアン。


 先程の話を鑑みて、神への祈りの言葉から詠唱を始め、指定の魔法を行使する。


『……水命吸ウィトリィファブソーン


 すると、効果は直ぐさま現れ、花はあっという間に萎れて崩れ去った。


「……き、効きすぎですね……」


「んー……」


 ロイフェルトはその崩れた花に指を当て、マナを通して状態を確認する。


「これは、水分だけじゃなくて、毒も栄養素も何もかも奪ってるね。多分、元々は水分を媒介にマナを奪う魔法なんだと思う」


「え? そ、そうなんですか?」


「うん。微かに含まれていたマナも完全に抜け落ちてる。余りに少量だから気が付かないだろつけど……ただ、キッチリ水分は奪い尽くしてるから、この魔法を基本にして微調整しながら作ってみようか」


「はい!」

「分かった」


 ロイフェルトの言葉に二人が頷き、遂にハミツミレの花使った魔法の開発が始まった。


「俺、外でハミツミレを積んでくるから、色々試行錯誤してみてね」


「わ、わかりました!」

「うむ。何かワクワクしてくるな……」


 トゥアンはともかく、意外な程にツァーリも乗り気な事に安堵しながら、ロイフェルトは勝手口から外に出る。


 実は、この研究室は学園の敷地の端に有りすぎて、勝手口から外に出ると、目の前に森があるのだ。


 ハミツミレは森の至るところに生えているので、それほど時間も掛けずに必要量を積んで部屋へと戻る。


 すると早くも行き詰まって苦悩の表情を浮かべる二人の姿がロイフェルトの目に入った。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛………」

「ぐむうぅぅぅぅぅぅぅぅ……」


「いや、行き詰まるの早過ぎない?!」


「あ…………ろ、ロイフェルトさん……こ、これ……こここれ難しすぎますよ?! み、水抜きの魔法と、かか風魔法を組み合わせようと思っても、それをどう組み合わせれば良いのか皆目見当つかないです」


「うむ、同感だ。水分を抜くのは意外に簡単だが、それを制御する事が思いの外難しいし……」


「多分二人とも、物体から水が抜けていくイメージが足りてないんじゃないかな?」


 摘んで来たハミツミレの花を脇に置き、肩を竦めてそう返すロイフェルト。


「具体的に物体から水か抜けていく所を見た方が良いな」


 一枚のタオルを取り出し水に濡し、固く絞って吊るす。


「ツァーリは空気を温める魔法は使える?」


「ああ。冬場の狩りには必須だからな」


「トゥアンは、風を起こす魔法使える? そよかぜ程度でいいんだけど」


「だ、大丈夫です」


「んじや、ツァーリが空気を温めて、トゥアンがその温めた空気を風として操ってタオルに向かって流してみて」


「うむ」

「は、ハイ!」


 二人は直ぐさま魔法を使い、タオルに向かってそれを放つ。


「風はあんまり強くなくて良いよ………そうそうそのぐらい。見てご覧。目に見えて乾いていくだろ?」


「確かに……こうして目の前で見ると分かりやすいな……」

「ほ、本当ですね! 花から水を抜く事を頭でイメージしようとしても上手く行かなかったのですが、こうすればけけ結果として水がぬぬ抜けていく……というイメージがしやすいです!」


「この現象に、さっきの水を抜く魔法を組み合わせれば、多分魔法自体は完成するよ。ただ、問題はその後で……」


「問題とは?」


「どの程度の温度で熱をお越し、どの程度の威力で水を抜き、どの程度の速度で乾燥させれば良いのか……これを微調整していかなきゃなんないんだ」


「そ、それは……た、大変そうですね……」


「まぁ、1回完成したら、後は同じ様に魔法を唱えればいいんだから、苦労はその時だけだよ」


「な、なる程……こここの魔法を完成させる事ができれば、しし暫くはハーブティを独占出来そうですね!」


「そう言う事。頑張ってね」


「ハイ! が、頑張ります!」

 

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