第四話:諒からのお願い

 親達が盛り上がっている一方。

 諒と椿は向かい合いながら、互いに少し緊張した表情でデザートを味わっていた。


  ──こんな高級そうな場所、どうにも落ち着かないな……。


 この場所の空気に呑まれている諒。

 そして、


  ──諒様と、こんな素敵な場所で、二人っきり……。


 と、幸せ過ぎるひと時を手に入れた椿。

 それは奇しくも同じ緊張感となっていた。


「椿さんって、ここには何度も来ているの?」

「あ、はい。お祖父じい様達が好きでよく連れて来てくださるのです」

「へー。やっぱり神楽さん達って凄いんだなぁ……」

「そんな事はございませんよ。因みに諒様は……」

「勿論初めてだよ。ここだけじゃなく、こんなかしこまった場所自体来た事……あ」


 確かに諒は、殆どこんな場所に来た経験はない。

 ないのだが……かしこまった場所、という意味で頭に過った場所はあった。


 桜心館おうしんかん

 萌絵と一緒に泊まった旅館。あそこも神楽夫妻によって案内された場所だったのだが、ある意味格式の高さはこの場所と良い勝負だ。


「何か、心当たりでも?」

「え、あ、うん。その、前に神楽さん達の厚意で宿泊した宿が、こんな感じだったかもって」


 当時のことを思い返し、少し気恥ずかしげに語った彼を見て、椿は以前謙蔵達が話していた事を思い出す。


  ──「いやぁ、旅行中に気立てのいいカップルに助けて貰ってね」

  ──「あなた。本人達も否定なさっていたでしょう?」

  ──「そういやそうだったな。だが、とてもお似合いだったな」


 桜ヶ丘さくらがおかより帰って来た祖父母が、楽しげに語った想い出。

 その時の二人を、折角だからと同じ宿に泊めた話は聞いていた。


  ──つまり、あの時お祖父じい様達を助けてくださったのは、諒様と萌絵様、なのですよね……。


 以前学校で日向ひなたより口にされた諒と萌絵の泊まりの話題。まさかそれが今日こんな所で紐づくとは思わなかった椿にとって、それは少しショックな話題である。

 しかも祖父母から見てもお似合いだと知れば、本人達が色々と否定しても、勘繰ってしまうもの。

 そして、そこに生まれた探究心を、彼女は抑えられなくなっていた。


「……諒様は、その……萌絵様と一泊して、どのように感じましたか?」

「……へ!?」


 俯き加減の上目遣いでおずおずと尋ねてきた椿。

 そのあまりに予想外過ぎる質問に、彼は強い戸惑いを見せてしまう。


「えっと……どうって?」

「共に一泊され、長く萌絵様といらっしゃって、何か感情に変化が変わったりはなさりましたか?」

「その……答える前に聞きたいんだけど、どうしてそれが知りたいの?」


 正直、答えに困っての一言。

 回答次第では答えなくて済むのでは? という淡い期待を諒も持ったのだが……。


「あ、その……歌の歌詞で、そういった物語も詞にしてみたいのですが……わたくし、友達とすらそのような経験もございませんので、参考までに……」


  ──あ、そうか。アーティストともなれば、より感情を込める為に知っておきたいって事だよな……。


 歯切れ悪く、何処か申し訳なさそうに答える彼女の言葉に、思わず納得を示したのだが。


 ──思わず嘘をいてしまいましたが、大丈夫でしょうか……。


 勿論、椿からすれば二人の関係性を確認するための口実でしかなかったりもする。


「うーん……参考になるかは分からないけど、いいかな?」

「……はい」


 戸惑いながらもそう問い掛ける諒に、彼女は生唾をごくりと呑み込みつつ頷く。

 その真剣さに少し気圧されつつも、諒は語り始めた。


「俺も友達と一泊なんて経験、同性でも修学旅行とか、そういう団体行動位でなかったんだけどさ。まず思ったのは、申し訳なさ、かな」

「申し訳なさ、ですか?」

「うん。一応互いの親にも許可は貰ったし、萌絵さんの迷惑になるような事は避けたつもりだけど。いきなり男友達と旅館で一泊するなんて、絶対落ち着かないでしょ」

「確かに。緊張するかもしれませんね……」

「でしょ? だから俺、凄い後悔してたんだけどさ。萌絵さんは一緒にいられて嬉しいって喜んでくれて、慰めてくれてさ。だからそこはほっとしたかも」

「そうですか……」

「うん。まあでも、一緒にいられるっていうのって、やっぱり相手を知れるって意味では良かったかなって今は思ってるけどね。やっぱり相手を理解できないと、どう声掛けたり、どう話したりすれば良いかも分からないしさ」

「そ、そうなのですね……」


 諒からすれば、流石に混浴といった恥ずかしい話は隠しつつも、彼らしい本音を語って聞かせた訳だが。

 椿としては、期待した内容とは的がずれた答えを聞き、何とも言えずに微妙な反応をしてしまう。

 どちらかといえば、恋心がどう揺れ動き、より想いが強まったのか。それとも心がすれ違ってしまったのか。そういう辺りを知りたかったのだから。


  ──諒様は、もしや……天然、なのでしょうか?


 そんな事を思うも、ある意味で人を気遣う諒らしい答えにも思えて、彼女としては少しほっとする。

 だが、逆にそんな椿の顔色を伺い、不安になったのは彼の方だ。


「……あの、なんか変な答え、だったかな?」「い、いえ! そんな事はございません! 諒様らしい優しさを感じるお答えでしたし」


 どこか困ったような顔をする諒に、彼女は慌てて手を振りそれを否定する。

 その反応に、彼は少し胸を撫で下ろした。


「あ、そういえば。突然で悪いんだけど、椿さんに相談したい事があったんだ」

わたくしに、ですか?」

「うん。多分椿さんなら色々詳しいかもって思って」


 きょとんとする彼女に、諒は掻い摘んで状況を話して聞かせた。


 先日椿も参加したライブで発表された『Two Rougeなりきりフェスタ』。

 これに日向ひなた香純かすみが応募したがっている事。

 ただ、予想以上に本格的に頑張ろうとしている事。

 そして、色々と考えてみたものの、費用が馬鹿にならなそうな事など。

 彼自身が調べ、感じた事を赤裸々に語って聞かせた。


「とりあえずショルダーキーボードは何とかしたんだけど、スタジオとか衣装って、やっぱり費用も凄い掛かるよね?」

「勿論借りる場所によって差はございますが、しっかりとしたスタジオともなれば、決して安価ではございませんね……」

「やっぱりかぁ……」


 思わずテーブルに片肘を突き、頬杖を突いてため息を漏らす諒。

 その本気の困り顔に、椿も少し心苦しくなる。

 と。そこで彼は頬杖を止めると、真剣な表情で姿勢を正して見せた。


「……あの、椿さん」

「はい」

「すごく我儘なお願いなんだけど……二人の為に、椿さんの家のスタジオ、貸してあげたりできないかな?」

「え?」

「勿論本業優先なの分かってるし、空いてそうな時間だけで良いんだ。お金は何とか頑張って払うし、スタジオを汚したりとかしないよう気をつけたり、使った後の片付けや清掃もちゃんとして、椿さんの迷惑にならないようにする。だから……お願いしたいんだ」


 そう言って、座ったまま深々と頭を下げる彼の姿に、思わず椿は戸惑う。

 と言っても、それは諒の申し出に対してではなかった。


 彼女も話を聞きながら、その提案をしようか考えていた。何と言っても日向ひなた達は友達。だからこそ力になりたいと思っていたのだから。

 しかし、同じ気持ちを持ちながら、諒は同時に自分への心遣いを忘れようとしないのだ。


  ──諒様は本当に、真っ直ぐなお方ですね。


 ふっと椿は目を細める。

 再会し、彼の部屋で互いに本音で語り合った時もそうだった。


 ずっとこちらの気持ちを考え、気を遣い続けてくれた諒。そんな彼の側にいる度に、そんな気持ちに心が温かくなり、同時に強く心惹かれてしまう。


「……わかりました」


 静かな返事に諒が顔を上げると、彼女は微笑んでいた。


わたくしも友達であるお二人や諒様のお役に立ちたいと思っておりましたから。勿論お代なども気にしていただく必要はございません」


 優しき微笑みと言葉に、彼はほっとしたのだが。

 次の瞬間。椿の方が少し顔を赤らめ、申し訳なさそうな優しさを顔を見せた。


「ただ、代わりにひとつ諒様にお願いがございます」

「お願い?」

「は、はい……」


 恥ずかしさを誤魔化すようにこほんと小さく咳払いをした彼女が、少し真剣な表情を見せる。

 そして、意を決して口にされた願いを聞いた諒は、少しだけ考えた後。


「俺で役に立てるか分からないけど、椿さんが望むなら、構わないよ」


 少しだけ気恥ずかしそうに、そう言葉を返したのだった。



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