第八話:改めて皆で

 あれから暫くの間、二人はベンチに腰掛けたまま、色々な話をした。

 といっても、それは最近学校で交わすようになった、他愛のない会話ばかり。


 ゴールデンウィーク明けのテストがあるだとか。

 持ち帰った宿題は何時やるのかとか。

 香純かすみが受験勉強を頑張っているのかとか。


 こんな夢のような場所でする必要のないやりとり。だが、萌絵にとってはどのアトラクションを堪能するより楽しく、心苦しかった自身の気持ちが癒される時間。


 薬が効いたのもあったのだろうが。

 やはり、諒という特効薬は効果てきめんだったのか。

 気づけば酔っていたことも忘れ、彼との会話を自然に楽しんでいた。


 とはいえ、皆で遊びに来た以上、そんな二人きりの時間も長くは続かない。


「……あ」


 ふと、とある振動に気づいた萌絵は、諒から手を離し慌ててポシェットを開くと、スマートフォンを取り出す。

 そこに届いていたMINEのメッセージは、日向ひなたからのもの。


『やっほ~。体調は少しは落ち着いた?』


 そんな短いメッセージと、どうですか? と言わんばかりのうさぎの覗き込むスタンプは、二人だけの時間の終焉を示すもの。


「誰から?」

日向ひなたから。もう大丈夫かって」

「……どう? 大丈夫そう?」


 諒の質問に、名残惜しさはありながらも、


「大丈夫。本当にありがとう」


 萌絵はそう言って笑顔を見せる。


「そっか。じゃあ今いる場所聞いてくれる? そっちに行くって伝えてくれればいいから」

「うん」


 彼の指示に従い、萌絵がMINEのやりとりを進める。


「今、トラベルエリアの『洋館からの脱出』前だって」

「そっか。じゃ、行こうか」

「うん」


 彼女がMINEでの連絡を一段落つけた後、二人はその場で立ち上がる。


「ふらついたりしない?」

「うん。もう大丈夫。ありがとう、諒君」


 笑顔で礼を言う萌絵に、諒も微笑み返すと、二人は並んで歩き始めた。


「そういえば、付けてきてくれたんだ」

「え? あ、うん。すごく素敵だし」


 歩きながらふと諒がそんな声を掛けると、萌絵がその意味に気づき、少し恥ずかしそうに俯いた。

 諒が口にしたもの。それは首から掛けられた、桜の花びらを模したペンダントだった。


「春の季節もそうだけど、普通にアクセサリーとしても綺麗だと思ったんだよね」

「そうだよね。もう私の一番のお気に入りだよ」


  ──勿論、諒君に貰ったからだけど……。


 心の内の声は敢えて隠し、嬉しそうに笑う彼女に、


「そんな気に入ってくれたなら、買って良かったかな」


 諒もそう言って胸を撫で下した。


 二人は和やかに会話しながら、そのまま目的地のあるトラベルエリアに足を踏み入れる。


 そこはいきなり洞窟のような穴を抜けると、ドーム状の屋根付きエリアの中に、怪しげな洋館やら、地底火山やら、不気味な城やら。何処か現実離れした不思議な空間が広がっていた。


「凄いなぁ。映画のセットみたい」


 歩みは止めず、辺りをキョロキョロと見渡しながら、想像以上の迫力に驚く諒に、並んで歩く萌絵はにこやかな顔をする。


「凄いよね~。普段の諒君だったらきっと、散歩しながら沢山写真撮影しそう」

「うん。カメラ持ってたらきっとそうしてたね」

「あれ? 今日はカメラは持ってきてないの?」


 以前の散歩の時は、こんな時カメラを取り出し撮影していたのを思い出し、そんな質問をした萌絵に、諒は少し恥ずかしそうな顔をした。


「あ、うん。香純かすみが、ここは中にいるだけで凄いって聞いててさ。多分カメラ持ってきてたら、俺撮影に夢中になっちゃいそうだったから」


 彼のそんな言葉を聞き、さらりとイメージが湧いた萌絵は、思わずくすっと笑う。


「確かに。諒君ならそうなるかも」

「やっぱり?」

「うん。でも、カメラでみんなと一緒の写真撮るのも良かったんじゃないかな」

「あ、そっか。あまり考えてなかったな……」


 しまったといった顔をした諒の残念そうな顔。

 そこには、一人での散歩に慣れ過ぎ、本当にその事を考えていなかった、ある意味での彼らしさを感じる。

 萌絵はがっかりしている彼に、笑顔のままこんな事を口にする。


「次回はカメラ持ってきて欲しいな。また私も撮ってほしいし」


 向けられた言葉に諒が彼女を見ると、そこには少し照れながら視線を向ける萌絵の姿があった。


「……うん。そうするよ」

「期待してるね」


 互いの顔を見て、どちらからともなく微笑み合う二人。

 と、そんな時。


「萌絵~! こっちこっち~!」


 遠くから聞こえる元気な声に彼等がその方向を見ると、怪しげな洋館の側に四人が笑顔で立っていた。

 元気一杯に手を振る日向ひなたに、他の三人も笑顔でこちらを見つめている。

 そんな彼等の元に、二人も手を振り返し合流した。


「どう? 歩いても大丈夫だった?」

「うん。ごめんね。心配掛けちゃって」


 萌絵が頭を下げると、日向ひなたはほっとした顔で「いいのいいの」と彼女をなだめる。


「確かに顔色は良くなったし、大丈夫そうだね」

「そのようですね」


 あおいと椿も互いに元気になった彼女に安堵の笑みを向けた。


「別れた後何してたの?」

「『洋館からの脱出』に四人でチャレンジしたんだけど。ほんと、先輩達が凄すぎだったんだよ」


 諒の質問に答えたのは、未だ興奮冷めやらぬ香純かすみ

 本当に楽しかったのだと分かる反応に、彼もまた少しほっとする。


「もうすぐお昼だし、一旦昼食でも食べながらその辺の話をしよっか」

「そうだね。じゃあ、一旦移動しようか」


 日向ひなたの提案にあおいが乗ると、他の面々も頷く。

 こうして再び合流した六人は、近くにあるイートインスペースに足を運ぶのだった。


* * * * *


 屋台村のように周囲を様々なファーストフード店が立ち並ぶ中、多くの人で賑わうイートインスペースの一角で、六人は丸いテーブルを囲い腰を下ろしていた。


 それぞれの席の前には、このエリアの名物のひとつ。牛肉のパティとレタス、トマトを挟んだトラベラーズバーガーのセットが置かれている。


「本当、あの算数みたいな謎。あおい君凄いひらめきだったよね?」

「以前近いのを問いてただけだから。だからたまたまだよ」

あおい先輩って、昔っから脱出ゲーム好きなんですよ」

「だからなのですね。御見逸おみそれいたしました」


 日向ひなたあおい香純かすみ、椿の四人が楽しそうに感想を話し合う中、諒はトラベラーズバーガーにかぶりつきながら。萌絵はセットの緑茶をストローで啜りながら、その様子を聞いていた。

 四人の表情を見れば、それがどれだけ楽しいアトラクションだったかが分かる。それ程の興奮と笑顔に、二人も釣られて笑顔を見せる。


「そういえば、諒君と萌絵は、お昼食べたら何処行きたい?」


 と。

 会話が一段落した所で、日向ひなたが二人に向けそう尋ねてくる。


「俺はみんなが楽しそうな所選んでくれれば」

「私も。みんなが一緒なら何処でも楽しいし」


 まるで似た者同士と言わんばかりに同じような答えを返す二人に、日向ひなたがまったく、と言わんばかりの呆れ顔をする。


「ねえねえ二人共。二人っきりで楽しかったのは分かるけど、その分アトラクション堪能できていないんだしさ~。もっと積極的にいこう?」

「べ、別にそんな事ないから! 気持ち悪くて休んでたの気を遣って介抱してくれてただけだし、申し訳ないなって気持ちしかないもん……」


 半分煽りを含んだその言葉に、思わず抗議の声をあげた萌絵だったが。


「その割に顔がお赤いですが……」

「霧島先輩って、隠し事苦手なタイプですよね」

「うう……」


 隠し切れない表情であっさりと気取られてしまい、彼女は思わず身を縮こまらせ恥ずかしさ全開で俯いてしまう。


「まあまあ。萌絵さんが酔って気持ち悪くなったのは本当なんだし、あまりそういう話をすると気を遣わせちゃうから。それより二人がどこでも良いって言うなら、行きたい所ある人のリクエストに応える?」

「確かにそうだね~。誰か希望あったりする?」


 あおいが機転を利かせ話題を変えると、日向ひなたもその流れに合わせそう皆に尋ねてみる。

 諒がテーブルの中央にパンフレットを置き、皆がそれを覗き込んで思案していると。


「それでしたら、こちらなどいかがでしょうか?」


 またも何かに興味を惹かれたのか。

 椿がとある一角にあるアトラクションを指差した。

 それを見て、日向ひなたの表情がにんまりとする。


「椿さんって、これ系いけちゃう口?」

「はい。映画などもよく観てしまうんですよ」


 嬉しそうな笑みを浮かべる椿だったが、その場所を見て少し顔を引き攣らせたのは香純かすみだった。


「え、えっと……これ、結構迫力あるって聞いてますけど」

「うん。迫力はお墨付き」

「本当ですか!?」

「もう間違いなく椿さんは大満足すると思うな~」

「であれば是非、こちらに入ってみたいです!」


 またも目を輝かせる椿の興奮っぷりに、香純かすみの顔が少し青くなる。

 そんな対照的な二人の反応に、日向ひなたが「ふ~ん」と何か思いついた顔をすると。


「椿さんが行きたいならそうしよ? 但し、一つ条件付きね」


 日向ひなたはにっこりとしながら、あるアイデアを口にしたのだった。

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