第25話 主人公にごめんね
人事は尽くした。あとは天命を待つだけだ。
そんな心境で、ようやく今日、エミリア王女のパレードです!
馬車で市中を巡るので遠くから眺めるだけだとわかっているけれど、どうしても行きたい。お兄様たちもノエルも護衛のお仕事で忙しいし、マリーかアンナを連れて行くよりは自分一人のほうが身を守りやすいかな、と部屋を抜け出すタイミングをはかっていると、コンコン、とノックの音がした。
「どうぞ」
「アリス様、失礼します」
「ノエル! あなたお城の警備は大丈夫なの?!」
しれっと顔を出したノエルに思わず叫ぶ。
だって今日は騎士団も大忙しのはずだ。伯爵令嬢の護衛より大事な仕事がいっぱいあるでしょう?
だけどノエルはにっといたずらっぽい笑みを浮かべた。
「俺の仕事はアリス様の護衛です」
「……もしかして、アーサー兄様に言われて?」
「はは、バレました? 『アリスは一人にしておくと邸を抜け出してパレードを見に行くから、しっかり見張っておけ』と、具体的な指示を受けまして」
「なるほどお」
さすがアーサー様、完全に読まれていますわ。
「俺としても、アリス様を一人にしておくのは心配ですしね」
「どういう意味?」
「言葉通りです。なーんか、アリス様ってトラブルを呼びますから」
だからそれはこっちの台詞だと思うの。
伯爵家の養女に過ぎない私が短期間でエミリア王女やアルバート王子と接触できたのは、やっぱり“主人公”ノエルの恩恵だと思っている。
「で、行くんですか?」
「もちろんよ」
実は、王女の馬車の通る道をあらかじめ予習してあるのだ。
「大通り、すごい人でしたよ」
「やっぱり? エミリア王女、歓迎されてるのね」
「そりゃそうですよ。リデルフィアとの関係が安定していれば、とりあえず戦争の心配はないですし、それに」
「それに?」
「エミリア王女は可愛いらしい方ですから」
おっと、これはやっぱりエミリアルートかな?
そんなことを考えた隙に、ノエルは顔をくしゃっとさせる魅力的な笑顔を私に向けた。私にそんなチャームを向けても無駄遣いです。
「エミリア王女といいアリス様といい、俺、貴族のご令嬢に対する認識を改めました」
「あら、今までの認識は?」
「貴族ってだけで俺たちとは種族が違うって思っていましたよ」
あー、そういえば!
ノエルを騎士団に推挙したモーリス子爵は人格者だけど、超素直じゃないツンデレな娘がいたっけ。のちのヒロイン候補の一人なのだけど、かなり高慢ちきで主人公へのあたりが強かったから、彼女こそがノエルの中の『貴族のご令嬢』は彼女のイメージなのかも。
だけど、貴族だから平民だからという括りは争いしか生みませんわ。
「ノエルのご実家は商家だったかしら」
「はい、そうです。よくご存じですね」
「商人だって、いろんな人がいたでしょう?」
「え、はい、そりゃあ、まあ」
ノエルが小さく頷いたので、私はにっこりと笑ってみせた。
「貴族にもいろんな人間がいるのよ。覚えておいて」
「どうノエル、見える?」
「いやー先頭の馬は見えましたけど」
大通りはリデルフィアの王女を一目見ようと集まった人々で埋め尽くされている。
お祭りっぽい雰囲気だけでも味わおうと歩いて来たけれど、ちょっぴり覚悟が足りなかったようだ。さながら満員電車みたいにあちこちから押され、私たちはようやく横道に入って一息ついた。
「参った。故郷のお祭りとは全然違います」
「本当、王都にはこんなに人がいるのね」
「アリス様は慣れてるんじゃないですか、こういうの」
「まさか」
王都には時々来ていたけど、こんな人出は初めてだ。
建国祭の中央広場だってここまで混んではいなかった。
「私、ずっと領地で過ごしているから、こんな人混みははじめてよ」
「貴族のお嬢様って、毎日パーティとかお茶会とかしてるもんだと思っていたんですけど」
「あら、だいたい当たっていると思うわ」
「けど、アリス様は勉強と剣術の稽古ばっかりしていますよね」
うっ、微妙に痛いところを突かれたぞ。
ノエルはまったく他意がないらしく、にこにこしている。
「……私、貴族のお友達がいなくて」
「えっ」
「ノエルは聞いていない? 私、オーウェン伯爵家の本当の娘ではないの」
「ええっ!!」
ええ、はこっちの台詞だ。
もしかしてもしかしなくても知らなかったのかあ。考えてみれば騎士団にはアーサー兄様がいるのだもの、ノエルに余計なことは吹き込む強者はなかなかいないよね。
「小さい頃、亡くなった先代の伯爵に拾われたの。だから素性もわからないし、アリスが本当の名前かもわからない。お義父様はそんな娘を養女にするなんて正気じゃないとさんざん言われたみたい」
「それは……、その、俺、何も知らなくて……すみません」
困り切った顔をしたノエルが可笑しくて、私は心の底からにっこり笑った。
「平気よ。領地の人たちはみんな親切だし、王都にはアンナやマリーもいるし、もちろんお兄様たちも優しいし」
それに、私にはふわふわ遊んでいる余裕はない。
お兄様たちの未来を守りたいし、ついでにこの国の平和も守りたい。それが前世の記憶を持って伯爵家に拾われた私の“ここにいる意味”だと思っている。
「あ、でも、舞踏会ではノエルに嫌な思いをさせてしまうかも。覚悟しておいてね」
「俺に?」
「そう。厳密には私、貴族じゃないから。貴族の方々にあまり良く思われていないの」
だから友達もいないし、ご令嬢たちとの交流もほとんど無い。
一度だけ出席した舞踏会は社交界へのデビューだった。
聞こえるように陰口を言われたし、わざとドレスにお酒をこぼされたりしたけれど、そんなことはどうってことない。
「前にね、一度だけ舞踏会に出たとき、エスコートしてくれたお兄様たちに嫌な思いをさせてしまったわ。ノエルも、周りに何か言われたらごめんなさい」
先に謝っておけば心構えができるかもしれないし、今日話せてよかった。
そう思いながら見上げると、ノエルはぽかんとした顔をして、それから口を真一文字に結んだ。
「謝らないでください」
「え?」
「そんなことで、謝らないでください」
ぎゅっと眉を寄せて、ノエルが私の両肩を掴む。
「アリス様は、強くて賢くて、優しい方だと思います」
「ええっ……あの、ありがとう?」
「なのにどうして、」
どうしてかわからないけれど、ノエルの顔は哀しそうに見えた。
「どうして、そんなふうに諦めるんですか?」
「諦める?」
そんなつもりはない。
私はお兄様たちを救いたいし、できればこの国が平和だといいなと願っている。そのためには何だってやるつもりだし、何だって利用する。実際、ノエルに会いたいと願ったのだって自分の目的のためだ。
何一つ、諦めてなんかいない。
「そんなことないわ。私ってけっこう強欲よ?」
「いいえ、絶対違います」
ずいぶんきっぱり言い切られた。おそらくノエルは私を買いかぶりすぎている。
「どうして?」
「どうしてって、なんというか……、何か困ったことがあるなら、周りを頼って欲しいと思います」
おお、さすが主人公。なんだか胸にじんと来ちゃった――って、もしかしたらこれが良くないのかしら。私は“クラティア戦記”を知っているから、ついついこの世界の人を“キャラクター”として見てしまう。とくにノエルは主人公、ゲームでは自分の分身のような存在だったから、なんだか距離感がおかしくなるのだ。
というか、今現在の距離は間違い無くバグってると思いますわ。
「あの、ノエル?」
「はい」
「少し肩が痛いのだけど」
「え、あっ、うわっ」
ようやく我に返ったらしく、ノエルは慌てて私から手を離すと後ろにびゅっと跳ねた。
びっくりした犬か猫みたいな動きに、ほっとして可笑しくなる。
「すすすす、すみません、俺、ついっ」
「気にしないで、ノエルは私のことを心配してくれてるのよね」
「心配っていうか、なんというか……、何か困ったことがあるなら、もっと周りを頼って欲しいと思っただけです」
む、そういうとこだぞ、ノエル。
でも今は傍にノエルがいてくれることが、本当に心強い。
「じゃあ、ノエルにものすごーく頼ってもいいの?」
「もちろんです。俺はアリス様の護衛ですからね!」
ああ、むしろ守りたいこの笑顔。
そんなふうに思ってくれていることがものすごく嬉しいからこそ、ノエルを“主人公”として利用していることをちょっとだけ後ろめたく感じてしまうのだ。
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