第223話 条件

「やあ、ちょっと片付けをしていてね。

君がやってくるのはわかっていだんだが、すまない」


 バルバルスはそう言って、地下への入り口から出てくる。

 彼は肩の力を抜くと、テラスの席へオレを促す。



「色々あったようだね」


「ええ……」


 オレは古のものと対話したことを彼に話した。

 バルバルスはしばらく無言だったが、ようやく話し始める。



「君が行ったその場所だが…… 海のようなものがあったわけだ」


「はい、水平線がみえないほどの大きさでした」


「多分その海が阿頼耶識そのものだ。

本来足場などないものなんだが。

足をつける場所があるとすると、恐らく……」



 そこでバルバルスは目を閉じて俯いてしまう。

 まるで言うべきか否かを迷っているかのようである。



「君の大切な人が魂のままの存在になり、復活を望んでいる。

そのためにどうしたらいいか、そして地上に蔓延り始めた粘体に対処したい」


 その通りですよ大魔王。

 そして、最後の部分はあなたも望んでいることです。



「出来るかもしれないし…… あるいは」


「オレは、オレはもうミーコをもう一度生かしてあげたいんです」


「君が死ぬことになってもかい?」


「……場合によっては」



 バルバルスは、オレを正面から見て言った。



「君が魂意鋲を打った大地の足場、それが古のものさ」



 オレは言葉を詰まらせてしまった。

 何を言おうとしたのかさえ、忘れてしまうほどに。


 あれが古のもの、その本体……



「古のもの、ぼくらがそう呼んでいる存在はね、この宇宙の存在ではないんだ。

別の宇宙からやってきて、ここに居座った。

多分だが、やってきた時分何もないこの世界に退屈してしまったんだろう。

だから阿頼耶識という意識の集合体である海に、魂から生まれ出でる意識を溜め込みはじめた」



 オレはバルバルスに伝わるよう、あの時捉えた視覚と感覚を意識一杯に思い出し続ける。



「気を使ってくれてありがとう、すごくよくわかるよ。

君もこういう手続きに大分慣れてきたみたいだね」


 喜ぶべきか否か、正直複雑だ。



「あの古のもの、君が見た陸地だとすると…… 意識の海に身を浸かりながら、この世界の意識体の心のうねりを感じて自らの欲求を満たしている。

この惑星の内部に4,5次元的に存在する上で、実体を維持するのに補体に魔物を捕食させる必要がある、というわけかな」



 オレは、少しだけ張りつめていた息を吐き出した。


 やはりあの古のものは殺すしかないのか。



「今の話からすると…… 古のものは、いわゆる“神”と呼べるものなんですか?」


「というか正に次元の違うもの、神以前の存在だろうね」



 異世界存在のリロメラに、阿頼耶識の鳴動ともいうべき古のものとの会話が聞こえたことでも、あの存在の普遍性のようなものが伺える。



「“彼”は、知りたかったんだと思うよ。

四次元を遥に超えるレベルの存在が三次元物質界に存在しようとすると、高次存在は負荷を負わなければならない。

自分の存在を補完して維持するための補体が、あの意識のない無自我の粘体なんだろう。

もちろん実際に聞いたわけじゃないから、確証はこれから作ってくれ」






 保管域に戻ったオレは、次元窓から見ていた内容をどう捉えているか、ネフィラとリロメラ、アンナやレイラの表情から読み取った。


 ネフィラにネクロノミコンの解読の進捗を聞こうとしたその時、彼女は機先を制してくる。



「解読は順調よ…… でもまだまだ時間がかかるわ」



「あいつはよぉ、もうちょっと話をして聞き出す必要があるんだ。

それはあいつ自身すらわかっていないような、そんなものだ」



 リロメラは前回の主張を繰り返してきた。


 オレはこの天使との少ないやりとりのなかで、バルバルスが言及した“神以前の存在”へどうやって事の次第を収めるべく話を作っていくか、困惑していた。


 正直自分のキャパは超えていると感じている。



 古のものが自覚すらしていない何か、か。

 ネフィラは全く口を差しはさまなかった。


 彼女もこの件に関しては、わからないことだらけなのだろう。

 こちらはこちらで、古のものの心のうちを何とかして解きほぐしていかねばならない。


 その前にやっておくことがあった。




“エイミーさん、今大丈夫ですか?”


“大丈夫よ”



 オレは、彼ら連邦が使っている医療ベッドの内容について、持ちうる性能の簡単な説明を求めた。


 特に、クローン体の生成についてだ。



“クローンをつくることはできるわ。

でも、元あった精神に当てはめる場合、完全な状態での元細胞が必要なの。

かいつまんでいうと、別人の身体には元あった精神というか、魂に値するもの以外はマッチングできないのよ。

これは、私たちでも未だに解明されていない謎なの”



 別の生体には、魂を入れ換えて保存することは出来ないわけか。



“とすると、クローンを造る場合、元々の細胞があれば大丈夫なんですよね?”


“ええ、クローン生成するのに必要なものであればだけど”


“例えば、爪のようなものでも可能ですか?”


“可能よ、ただし確実に本人のものである必要があるみたい……

もし違う対象だった場合、生体を生成できても、魂をマッチさせることができないわ”



 エイミーとの通話を終了させて、展望の明るさに大分心の重荷がとれたのを感じる。



「一洸さん、魂は消えることはないのよ」


 ネフィラはオレにそう言った。

 霊魂が不滅というのは、どうやら理としては正しいようだな。



「依り代となる肉体がない場合は具現化できないし、完全な影響力を持つこともないけれどね、今の私みたいに」


「今の…… アールのような仮住まいがあれば、その限りではないと」


「そうね、かもしれない。

魂はどんなものにも宿っているわ。

エイミーさんたちの技術では…… それがオリジナルの完全な複製生体に限定される、そういうことみたいね」



「これから、あの古のものと話をしてきます。

窓は開けられると思いますので…… アール、モニターと記録を頼む」


“いつでもいいぞ”



 アールの返事を聞いたオレは、阿頼耶識の海のほとりに打った魂意鋲を呼び出した。

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