第17話
「おや、二人は知り合いだったんじゃな」
事情を知らないジジイはそんなことを言ってくる。楽観的なもんだな。
「知り合いっていってもさっき会ったばっかりだけど」
「そうね。まさか話をしたアナタが天笠とは思わなかったわよ」
俺たちが驚いていると、あの重苦しい声が響いた。
「さて……話しは終わりだ。あとは若い二人でゆっくりしてろ」
六道の当主はそんな古臭い言い回しをして、遠回しにジジイに席を外すように促した。
意図を察したジジイは素早く部屋の外へと出ていった。
「「…………」」
無言で立ち竦む俺たち。互いに何を話せばいいのかわからない。まるで冷戦状態にあるかのように硬直し、互いを見つめ合う。
その硬直を破ったのは……俺だった。
「自己紹介でもします?」
とりあえず何が話さねばと思った俺はそんなことを口にする。
「いいわよ」
断られなかったことにホッとし、合意が得られたため、俺から自己紹介をしてみる。
「俺の名前は狭山 渚。えーと……趣味は読書です」
自己紹介といっても何を話せばいいのかわからない。
「ワタシは六道 瞳。……趣味は音楽を聴いたりすることかしら」
……お見合いか! と思ってしまう。
一応この人が俺の許嫁になるわけだが、そこのところをどう思ってるんだろうか。
いきなり好きでもない男と許嫁なんて普通は嫌だろう。
わからないことは聞く、がモットーの俺だ。聞くしかなかろう。
「その……俺と許嫁になることに関してはどう思ってるんですか?」
まだ年を聞いてないし、初対面なため慣れない敬語を使う俺。
「お互いの利益のためには必要な犠牲ね」
ぎ、犠牲って言っちゃったよ、この人ぉ!
うん、嫌がられてることはわかったよ。でも、本気にしてるってことはわかった。ジジイは形式上と言ってたが……また図ったのだろうか。
とりあえず今日のところはこれくらいにして、ジジイを問い詰めるしかなさそうだ。
「今日のところは解散しませんか?」
「……ええ、良いわよ。……連絡先交換しておかない?」
……確かに必要だろう。
俺は、はい、と頷きラインで交換をしておいた。追加された名前には瞳、と書かれてあった。その後、幾分か話したあと解散の運びとなった。
俺は会場でジジイの姿を探す。
会場は元は披露宴を行うための場所だそうで、広かった。そのため探すのに時間がかかるかと思ったのだが、ジジイは出口近くの椅子に座っておりすぐに見つけることができた。俺はつかつかと歩いていき、ジジイの目の前に立った。
「……渚か」
顔を上げずにそう言った。
ジジイ曰く気配でわかるらしい。普通に怖い。
「何か申し開きは?」
事情もあり、さほど怒ってはいないが、形式上ならば先に言えば良いはずだ。
ならば考えることは一つ。何か裏がある、ということだ。
「無い。形式上なのは本当だ。……だがすぐに契約を破棄することはできん」
形式上なのは本当。
それならば良かった。俺は少し安心した。
ただ、つまりは
「期限付きで本当の許嫁をしろ、と」
「あぁ」
俺はそれを聞いて怒りが沸いた。無論、期限付きだとか、黙って許嫁にした、とかではない。
「おい、相手はどうなる? どうせ言わないんだろ? 勝手に許嫁にされ、期限がいつまでか知らないけど人生引っ掻かれる相手の気持ちは考えたのか!?」
俺はまだいい。
ただ、相手には迷惑しかかけないだろう。
ある日許嫁ができ、仕方ないか、と思っても知らされぬ、また勝手に決められた期限が来たら呆気なく裏切られる。
そんなの……あんまりじゃねぇか……!
ジジイは俯いて黙って聞いている。そして口を開いた。
「……ならば本当の許嫁になればいいじゃないか」
「は?」
こいつは何を言ってるんだ?
自分で言うのもなんだが、俺がさっき言ったことは俺にも当てはまる。こいつは孫……俺のことをなんだと思ってるんだよ。
……いや、孫とは思ってないだろう。ただの道具と思われてるかもしれない。
「……ふざけるなよ」
俺は胸の内に広がる炎とともに言葉を出した。その声は少し掠れていた。
「……平和のためだ」
ジジイはまだそんなことを言っている。
……こいつは平和のためならどんな人間が犠牲になっても良いと思ってるのかよ。平和っていう曖昧な虚構に傘を着させ、振る舞う。
「元はといえばてめぇらが最初に抗争起こしたのが原因だろうが……! 孫を使って尻ぬぐいしようとすんじゃねぇよ……!」
原因はこいつが拗れさせたのだ。身内がなんだ、孫がなんだ。
俺はジジイの胸ぐらを掴んで叫ぶ。もはや周りのことなど気にしなかった。
「ジジイが犯した罪を! 平和とかいう言い訳に押し付けるんじゃねぇ!」
そこで、初めてジジイの顔色に怒気が浮かぶ。だが、それを抑えてあくまで説得をしようとする。
「結果は結果だッ! だから許嫁を使って」
俺はもう耐えられなかった。
俺はジジイの……顔面を全力で殴った。
バンッという音に会合の参加者の視線が集まる。俺は気にせずにジジイを見つめ、叫ぶ。
「だから許嫁だと? ……俺の人生をお前が決めつけるんじゃねぇぇ! 俺は俺のままで生きるんだよ……! お前に従って生きるつもりは毛頭ない!」
「ッッ!」
ジジイは歯を食い縛る。
何かを言いたそうにしているが、会場のとある一点を見つめ……黙る。会場は騒然としていた。
それは当然だろう。
『天笠』の、それも事実上後継ぎが現当主を殴ったのだ。注目を集めないわけがない。
「ハァッ……ハァッ……」
俺は肩で息をする。
もう後には戻れない。これで和平は終わったも同然だろう。ギリッと歯を食い縛る。
私情と思われても仕方ないが、人の人生を弄ぶ行為が許せなかった。すでに俺が殴ったという事実は覆せない。このことも『六道』の当主にも伝わり全てが──
その瞬間拍手が聞こえた。
人、一人分の拍手だ。俺はその音に反射的に振り返る。
拍手をした相手は……
「六道……瞳……」
『六道』の孫娘、六道 瞳その人だった。
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