凍園

青空邸

凍園

 窓の外に広がるのは一面の雪景色だった。

 視界を覆い尽くす白。陽光に照らされ、突き刺さるような眩しさに、男は目を細める。視覚だけで伝わる冷気に、小さく身震いをした。

 まるで時の止まったような景色が広がっている。外に出るのを躊躇わせる、白の世界。

 長い長い旅の果ては、予想だにしないものとなった。

 

 男は全てに行き詰まり、生き辛い世を憂い、新しい人生を求め、旅に出た。行く宛てのない旅だった。過去の自分から逃げ出し、誰に告げることもなく、ひっそりと旅に出たのだった。

 どれくらい眠っていたのだろう。今まで見ていた鈍色の建造物は跡形もなく消え去った。黒々とした分厚い雲に覆われた空は透き通るような青に変わり、柔らかく軽そうな白い雲が点々と浮かぶ。耳障りな喧騒が頭を叩いていたのは、遠い昔の出来事だった。

 

 男はついに勇気を振り絞り、外へ出ることにした。未だ明るさに慣れない目に頼ることなく手元をまさぐり、ボタンを探す。彫られた『開』の文字を指でなぞり、力一杯に押し込んだ。

 空気の抜ける音がした。同時に、冷気が男の体を包む。一歩、男は足を踏み出した。柔らかい雪を圧し固める音が鳴る。雪は男の足首までを呑み込んだ。


 まるで命の息吹など感じ取れない冷たく凍った世界を、男は歩いた。覚束無い足取りで、宛てもなく。その目に映るのは、ただひたすらに広がる雪景色。聞こえてくるのは雪を踏み締める音と、久々に体を動かしたせいで吐かれた自らの荒い呼吸音だけだった。

 

 それから、変わらない景色を見続け、男は悟った。

 いや、本当は外の景色を見た瞬間には気付いていたのかもしれなかった。

 自分がやってきたのは、人類に見捨てられた地であることを。もしかしたら長い冬眠の間に生命は滅んでしまったのかもしれないことを。

 少なくとも、ここに確かにあった人類の文明は、眠っているうちに、滅び、跡形も無く消え去ってしまっていた。

 

 自らを守り抜いたシェルターの、その頑丈なことに乾いた笑みを浮かべ、男は雪に塗れた重い足取りで引き返した。帰り道の景色は、より一層大きく広がって見えた。

 

 何百年とその男を運んだ方舟は、ついには人類最後の棺桶となった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

凍園 青空邸 @Sky_blu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ