比仁良 衣子 享年5歳

紙で作ったカラフルな輪飾りに、

やはり紙で文字を切り取った「HAPPY BIRTHDAY」の文字、

比仁良家のリビングルームは誕生日飾りで飾られていた。


テーブルの上には比仁良 衣子が好んでいたチーズケーキの上に、

火の灯った五本の蝋燭が置かれている。

ケーキの載ったテーブルを囲んで、椅子は三つ。

一つは比仁良 衣子の写真が載っていて、残り二つには比仁良夫妻が座っている。


「ハッピーバースデートゥーユー」

「ハッピーバースデートゥーユー」

比仁良夫妻の歌声が響き渡る。

陽気で、どこか悲しそうな歌声。


「ハッピーバースデーディア、イコ。ハッピーバースデートゥーユー」

二人の声が重なって、祝福の歌が終わる。

比仁良 羽美がチーズケーキを六等分に切り分ける。

ケーキの上に載った蝋燭の火は灯ったままだ。


「……うっ」

嗚咽を漏らした比仁良 羽美の背を、比仁良 高次が優しく撫ぜる。

肩を震わせてしゃくりあげた比仁良 羽美を、

しばらくの間、比仁良 高次は優しく抱いていた。


「生まれてきてくれてありがとう」

比仁良夫妻は手を合わせて、自然に火が消えるに任せた。

それは蝋燭というよりは、線香のようだった。


永遠に蝋燭の本数が変わらない誕生日を、彼ら夫妻は祝い続ける。

それは、人から見れば全く理解の出来ない行いであるかもしれない、

それでも、彼らにとっては重要なことなのだ。


結局、この物語の全ては断片に過ぎない。

少しだけパーツを足してやることで、物語は思いもよらぬ姿を見せるかもしれない。

欠片を欠いた空白にこそ恐怖は潜むのだから。


―――――――

―――――

―――

――


「隣の比仁良さん?毎日、毎日うるさいよね。

 ハッピーバースデー、ハッピーバースデー、って毎日違う誰かの名前歌ってて。

 子供……見たこと無いよ俺、ずっと暮らしてるけどさぁ」


ホラーのオチだけ置いていく 終わり

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