タイトルが下にある。
創流鉄彦
トリニクってファン
「みんなー! 今日も来てくれて、ありがとー! 」
「うおおー!!」
時は2017年、12月23日土曜日にございます。
我々は
わたくし、トリニク@ほむほむ激推し丸こと内田
ただいま自宅にて余韻に浸ってございます。
今夜部屋で過ごすBGMは彼女たちの13番目のシングル『聖なるShow Heat!!』。
それまで必ずジャケットの上半分にどでかくデザインされていたタイトルが、急に下についた一枚なのですが、それが告知なしの特別限定版だったといういわくつきの逸品にございます。
『
天国から光臨せし総勢15人の尊すぎるアイドルグループというわけでございますね。
いちたすごーたすきゅうでございますから。
まだまだ弱小、駆け出しの『
しかし、しかしながらですよ。
わたくしの、推しこと白石ほのかへの愛はライブへ参戦するばかりではとどまるところを知りません。
推しのCDやDVDやグッズの収集は当然のこと、SNSは空き時間のほとんどを使ってチェックし、全ての投稿へ返信は欠かさず行っているのでございます、愛ゆえに。
しかし、しかしながらですよ。
そんなこと他の『信徒』でもできることではございませんか、ねえ。
白石ほのかへの愛のため、身銭は露と消え、時は朧に過ぎゆく。
それでもなお、世界一彼女を愛することができているという実感がわたくしには未だ味わえずにいるのでございます、愛ゆえに。
ああ、愛おしい。
今まで黒髪ストレートの二次元貧乳美少女しか愛せないと思っていたわたくしが、茶髪ショートの三次元巨乳美少女を愛せるようになるほど、雷のようなあの衝撃は震度256の革命的なものでさえありました。
はっきりした二重瞼の大きな瞳、舌ペロして笑ったときの舌と唇のコントラスト、スカートが翻るたびに信心深くさせる太もも。
そして写真集に穴が開くほど谷間を堪能し、ライブで激震を目に焼き付けた豊かな
男を惹きつけてやまないボディを持つ白石ほのかの、それでもなお純真そのものといったあの表情。
あんなけしからんボディに宿っていいのでございましょうか、穢れを知らない純情そのものの
この通りわたくし、恥ずかしながら推しへの愛で毎日胸がつぶれそうなのでございます。
推しと同じ空気を吸うだけでは飽き足らず、その尊さに貢献するべくなんとかして推しの一部にでもなってしまいたいくらいなのです。
『信徒』としてのこの深き敬愛、叶わぬものと諦めるのが、スジでございましょう。
本来なら。
この純真なる願いを叶えるため、わたくしトリニク@ほむほむ激推し丸こと内田
明日二日目となる『
目的のために、少々危ない橋も渡りましたが、私が、信心を捧げるために、生まれ変われるのなら、どうということはございません。
ああ、玄関のドアを乱暴に叩く音が、聞こえました。
あれは、福音。
では、行くと、しましょうか。
全ては、推しである、ほむほむに、世界で、ただひとつの、我が、尊き、愛を、届けるため、そう、愛ゆえに。
「ほむほむ……あたしさ、アイドル辞めたいんだよね」
口がゆっくりしか動かなかった。
ビジネスホテルのシングルルームに、あたしの苦々しい声が響いた。
「どうしたの急に、みるみる、ねえ一体何があったの?」
ほむほむは目をウルウルさせながら両手を祈るようにこちらを見つめた。
そのファンサービスみたいな顔を今すぐやめてほしいんだが、あたしは構わず言葉を続けた。
「なんていうのかな、具合が悪くなった。アイドル続けてるうちは治らないと思う」
「そんな、みるみるはウチの人気投票でいつも1位じゃない。SNSのフォロワーもいいねの数も段違いだし。悔しいけど、私そんなみるみるに追いつこうと思って頑張ってきたのに……」
「それが嫌なんだよ」
「えっ……」
なあ、ほむほむ。
あたしアンタがアイドルとしてすごく頑張ってるのわかるよ、あたしだってあんたを尊敬してる。
そんなあんただからなんだね、あたしが今話そうとしてること、わかってるくせに知らないふりしてるの。
「あのたくさんのファンがね、気持ち悪いの」
「どうしてそんなこと言うの、支えてくれる『信徒』の人たちに」
「だってあの人達、あたしのことを性的な目でしか見てないじゃん」
ほむほむは絶句したような顔をしている。
あたしにまでそんな小芝居しなくても、あんたの顔のつくりは本当に穢れを知らないって感じで、虫も殺さなさそうだよな。
ほむほむは人と会う場所では、どんな時も、どんな相手でもアイドルモードをやめない。
この子の素というものを知っている人間は、ほとんどいないのかもしれない。
次の言葉を返す気がないようなので、あの子の中ではまだあたしのターンなのだろう。
続けることにした。
「『信徒』だの『尊き愛』だの、きれいな言葉を使えばいいと思ってさ、結局やってることはあたしらがあの人たちのおもちゃになってるだけ、頭悪そうに矮小化された女性像に欲情されるだけ、あたしたちはただ消費されるだけの存在でしかないんだよ。顔が良ければキモオタと呼ばれないと思ってるあたりがその滑稽な証拠。自分のことも他人のことも見た目で判断してる。あたしにとっては、あんな人たちみんな汚い存在にしか見えない」
ほむほむはまだ何も話さない。
「うちらの事務所、意図的なのかもしれないけどあたしらの所在を微妙に隠し切れてないんだよね。宝探しみたいにどこそこにいたって、個人サイトに写真投稿してる人が何人もいる。弱小アイドルなんて、そうでもしないと話題取れないのかもしれないけど」
ほむほむは両手を口に当てて言葉もないという様子だ。
肌のきれいな手の甲が、ホテルの明かりに良く映えた。
「ペットボトルの水のCM出たときにSNSで『
「『信徒』の中には私たちのことを、その、えっちな目で見ている人は確かにいるけど……でも、そういう人たちのおかげで私たちは」
「そうだね、言いたいことはわかるよ。でも、あたしはそれが嫌。そういう人たちに支えられて生きていくのがもう無理だよ。あの人たちに消費されていくたびに、あたしの身体が本当に『消費』されていって、いつか消えてなくなっちゃいそうな気がする」
「ちゃんとここにいるよ、みるみるはここにいるじゃない!」
ほむほむが悲痛そうな声を上げる。
それ以上ドラマみたいな演出をされると流石にげんなりするけど、これも彼女の処世術なんだ、まるで道化じみているけど仕方ない。
一応あたしも話を合わせてから切り上げることにした。
「ごめん。明日もライブだし、イブの夜なのにこんなこと言って。すぐ辞めるとは言わないよ、明日はクリスマス当日だしさ、ライブもちゃんと笑顔でやりきるから大丈夫。自分の役割は、きっちり果たしてみせる」
「うん、約束だよ。私、まだみるみると一緒にアイドルやりたいんだから。それにみるみるが一人抜けちゃったらほんとうに『
ごめん、死ぬほどつまんない。
あんたたちが同じように扱われてるってことだけでも、悪魔に背中を撫で回されてるみたいに不快なんだよ。
ああでも、約束、か。
あんたには、ずっとアイドルモードを止められないあんたが続けていくためには、そういうドラマが必要なんだろうな。
わかるよ、いま頑張ってる自分の姿だけは、決して曇って見えたりしないのはさ。
あたしが思ってることについてはほむほむが悪いわけじゃないんだもの、あんたのためにっていうなら、少し付き合ってあげてもいいと思ってるよ。
「そうだね、せめて今年の間だけは、約束。……そういえばほむほむさ、さっき頼んだフライドチキン食べた?あたしはこういうわけだから、食欲湧かなくてさ。ほむほむのいつも頼んでる店なんだろ、なんかごめん」
「私も少し食べたらいいやってなっちゃった。なんだか今日の、あんまりおいしくなくて」
「形もちょっと変だったよね。もう部屋に戻る?」
「うん」
「こんな話するために呼んでごめんね。あたしが言うのもなんだけど、ちゃんと寝なよ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
ほむほむはあたしの部屋を出て、ふたつ隣の自分の部屋に戻っていった。
ホテルの窓の向こう側には眺めのいい夜景が広がっているはずだったが、あたしはそれを眺めることもできずに明かりを消して、ずうずうしくもすぐ眠りについた。
洗面台の隅に置いたスマホから、ニュースの動画が流れている。
私は鏡の前で化粧水をコットンに浸し、顔のあちこちを軽く叩く作業をしながら、その音声だけを聞いていた。
ニュースキャスターが、明日の話の種になるつまらない話をいくつも読み上げていく。
そして、ある行方不明事件を無機質に報じたのが聞こえた瞬間、私の下腹部にはずくりと何かが疼くのを感じた。
官能的な蠕動とうねりが奥を刺激し、それとせめぎ合うように悪寒がめちゃくちゃな軌道を描いて脳髄まで駆けあがった。
私は右手のコットンを取り落とすのがまるで認識できないかのように呆然としたまま、左手を鏡の前にかざした。
本来の美しさを究極まで引き出すために塗られた、薄いピンク色の爪。
毛穴なんてないに等しいくらい目立たない手の甲、細いのに健康的で艶やかな指、家事の苦労を知らない柔らかな掌。
ああ、愛おしい。
あんなジャンキーな鶏肉なんかより、私の指の方が、きっと美味しいに違いない。
……だめだ、胸に迫るものを感じる。
私は開いた左手を口に近づけると、若い生気が宿る唇を開いて、そのの中から赤みの強い舌を伸ばした。
その舌の中ほどに、中指だけをそっとあてがった。
そのまま左斜め下に首をかしげ、鏡に向かって上目遣いを披露する。
あざとい、かわいい、尊い、えちえち……。
鏡の中のこの光景をSNSにでも上げてしまったら、いったいいくつの、何種類の賛美が私の元に贈られるのだろうか。
だから、もったいないな。
洗面台使うのも、もったいないや。
私は左の中指を咥えたまま洗面台を離れ、同じ場所にもうひとつある白い陶器に向き直ると、それを覗き込むように身をかがめた。
ああ、ここでももったいないくらい。
でもこんな姿を外で晒したら、どこで誰が見ているかわかったものじゃない。
いま身体をのたうつように蠢く官能は、この部屋だけで終わらせてしまいたいの。
中指に加えて薬指も口の中にねじ込むと、私の味が口いっぱいに広がった。
それをさらに喉の奥までほじくるように突き入れると、希少価値の高い粘膜の感触が指先にかえってきた。
酸味を帯びた奔流がせりあがってくる苦しみとともに、胸に安堵のようなものが到来するのを私は確かに感じた。
私の吐き気は限界だったが、私が吐き気を催すという反応は、至極わが身の清らかさを証明しているようにも覚えた。
不快感と同時に恍惚を覚えたのは、それが理由だった。
「え、うぶるる、えぶれえれえぶれあおぶれろおろえ、ええ、え、え、え」
万人が見つめてやまない美貌の私は、誰にも見せてはいけないような、汚濁をたたえた声で笑った。
「ゴミクズが……どこにでもゴキブリみたいに入り込みやがって」
独り、腹立たしくそう呟いた。
汚い物を水に流すと、冷蔵庫にあったペットボトルの水を口からこぼしながら押し込むように飲み干した。
「お前らの愛は尊くないし、価値なんか無い性欲だ。こんな風に全員細切れになって、ゲロにまみれて消えればいいんだ」
自分に信じ込ませるようにそう言うと、私はファンデーションの拭き残しが端についた布団をかぶって泥のように眠った。
俺はリビングでぼんやりとテレビを見ている間に、ふと思いついた。
箸休めをしよう。
SNSではクリスマスのちょっと胸糞な創作ネタを交換する様子が見て取れた。
これで適当に何か書いてみるか。
そう思って、キーボードをタイプする時間はすぐに過ぎていったが、出来上がったのは予想外に気持ち悪い一作だった。
思い付きからの勢いで書いておいてなんだが、本ッ当に気持ち悪い。
そうだ、さっきテレビで何の番組やってたっけ、タイトルはあれみたいなのにしよう。
うん、これでいいや、こんなもんこれでいい。
明日から真面目に長編の続きを書こう。
俺はトラックボールでマウスカーソルをさらさらと動かして、よく考えもせずに公開のボタンをクリックする。
『トリニクってファンの肉』を投稿した。
タイトルが下にある。 創流鉄彦 @T_Soul_U
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