機械人形にハッピーエンドの眠りを

瀬那和章

第1話 青い目の合成兵士

 遮る物のない無垢な風が、髪を揺らす。

 人気のないエアポートの上で、アルドは敵と向かい合っていた。

 戦いの最中、風を感じることができたのは一瞬だった。

 剣激を交わし、互いに距離を取ってにらみ合う、僅かな攻防の隙間。


 ……強い。


 その一瞬に出来たことは、剣を握り直すことと、強敵と認めることくらいだった。

 目の前の相手――それは、剥き出しの機械部品を人型に組み上げた姿をしていた。合成兵士。都市の人々からそう呼ばれている、長きに渡り人類と争い続けてきた合成人間の尖兵だった。


 機械で作られた顔には、巨大なモノアイがついている。

 これまでも、アルドは同じタイプの合成兵士と幾度となく戦ってきた。だが、それらと目の前の敵が違うところが一つだけある。通常の合成兵士は、赤いモノアイだった。だが、目の前にいる強敵のそれは、青い光を放っている。


「アルド――くるよっ!」


 背後から、仲間の声がする。

 青目が手に持った武器、ハルバードを振り上げて迫ってくる。

 鋭い剣閃を交わしながら、この依頼を受けるときに聞いた警告を思い出す。


 青目の合成兵士には気をつけろ――やつらは機械であって、機械じゃない。


 それは、都市を守るレンジャー達の間で広まっていた噂だった。


          ***


 アルドが、青目の話を聞いたのは、イシャール堂に足を運んだときだった。

 生まれ育った時代から遥か未来にある店だが、今ではすっかりこの武器屋の常連になっている。


 曙光都市エルシオン。天空に浮島のように浮かぶ街。それは、アルドのいた時代よりも800年後の未来において、人類に残された数少ない居住領域の一つだった。


 機械に囲まれた街。大地も壁もすべてが人工物で構成され、ロボットが当たり前のように店の外を歩いている。

 もう見慣れた光景だが、ときどき、ふと我に返ることがある。

 ずいぶん遠くに来てしまったものだ、と。


 窓ガラスに、外の景色と重なってアルドの姿が映る。


 この街では場違いな軽装鎧を身に纏った青年だった。

 元々の快活そうな表情に、長く時空を超えて旅を続けているうちに身に付いた精悍さが合わさり、優れた戦士の気配を放っている。

 腰に下げている伝説の剣オーガベインが、更に貫禄を上乗せしていた。


「はい、お待たせ。ばっちり仕上げてきたよ」


 正面から声がする。武器屋の看板娘であるエイミが、手入れを頼んでいた剣を携えて奥から出てくるところだった。快活に笑う黒髪の少女は拳士としてもかなりの腕前で、アルドと旅を続けている仲間の一人でもあった。


「あぁ、ありがと。いい仕上がりだ、さすがだな」


「こっちが本職だからね」


 アルドは剣先を傾け、光を入れるようにして確かめる。鈍く濁っていた切っ先は新品のように研ぎ澄まされていた。


「硬度900以上、内部欠陥のカイザイナシ、結晶粒度の均一化ヲ確認。新品相当の仕上がりと推定シマス」


 隣にいたピンク色の頭部がトレードマークの人型アンドロイド、リィカが勝手に分析して出来栄えにお墨付きをくれる。


 アルドたちはエルシオンに数日滞在する予定にしており、他の仲間たちはそれぞれ思い思いに過ごしている。アルドと一緒にいるのはエイミとリィカの2人だけだった。


 慌ただしくドアが開き、2人のレンジャーが駆け込んでくる。


「エイミ、いるかっ!? ちょっと話を――あぁ、アルドも一緒か、ちょうどいい」


 2人とも、戦闘に巻き込まれたかのように服にあちこちが破れ、怪我を負っていた。幸い、いずれも深い傷ではないようだ。


「どうしたの、そんなに慌てて」


「また、あいつが――青目の合成兵士が出たんだ」


 それは、最近、エルシオンを騒がせている名前だった。

 エアポートで警備をしていたレンジャーが、青目の合成兵士に襲われる事件が続発していた。幸いにも、死者や重傷者は出ていない。遭遇したレンジャーの話だと、わざと死なない程度に痛めつけて去っていくのだという。


「ガリアードを倒したエイミさんに、討伐ヲ依頼シタイというコトデスネ! もちろん、ワタシもお手伝いシマス!」


「それだけじゃねぇ。今回は、青い目の合成兵士が、去り際にメッセージを残して消えやがった。それが……」


 レンジャーが、アルドの方を振り向く。


「過去から来た剣士を連れて来い……そう、いったんだ」


          ***


 振り下ろされたハルバードを交わし、横に飛ぶ。

 レンジャーに話を聞いた後、3人は青目討伐を請け負ってエアポートへと向かった。

 そして、カーゴシップから降りた途端、どこかで見張っていたかのように青目が襲い掛かってきた。


 ……強いというより、やりにくい、だな。


 攻防を繰り返す中で、アルドは自分の中の評価を訂正する。

 通常の合成兵士と違って、青目には妙な人間っぽさがあった。攻撃の合間にフェイントを混ぜたり、挑発するような動作でこちらを惑わせたりする。なにより、アルドの動きを先読みしているような振舞いを見せる。非合理的で狡猾な戦法は、これまで戦ってきた機械の兵士にはないものだった。

 アルドは、街を出る前にレンジャーから聞いた言葉を思い出す。


「気をつけろよ、青目が出たのは今回が初めてじゃない。これまでも何体か倒してきたが、そのたびに甚大な被害が出た。俺たちレンジャーの間で、青目の合成兵士はこういわれていた。見つけてもこちらからは近づくな。やつらは普通の合成兵士とは違う。奇妙な剣技を使ったり、魔法に似た技を使うやつもいる――やつらは機械であって、機械じゃない」


 ……なるほど。機械であって、機械じゃないか。


 アルドは機械というより、熟練の剣士と闘っているような感覚に陥っていた。

 これまでの旅の中で、ガイナードやヘレナといった、より人間に近い思考をする合成人間にも出会ってきた。だが、彼らは人間に近い存在として作られた者たちだった。

 目の前にいるのは、何度も戦ってきた量産の兵士だ。それゆえに、過去の経験との差が不協和音となり、余計にやりにくさが際立つのだ。


「けど、そろそろ決めさせてもらうぞ」


 アルドは背後の二人に視線を送る。何度も共に死線を越えてきた仲間には、それだけで十分だった。


 確かに、強い。

 だが、相手がこちらの動きを予想するならば、さらに想定外のことをするまでだ。


 ――敵が予想できない発想を味方にすれば、お前はもっと強くなる。


 かつて、自分に剣の握り方を教えてくれた人がいた。

 その人から何度も聞かされた言葉が、ほんの一瞬だけ、頭を過ぎる。


 剣を脇の下に抱き込むように構えると、固いエアポートの地面を蹴った。

 一瞬で間合いを詰め、機械人形の懐に飛び込む。

 すぐさま青目は反応し、ハルバードを振り下ろす。


 だが、アルドは避けなかった。受けることすらせず、さらに肉薄する。

 このまま無防備な背に振り下ろされれば、胴が両断されるだろう。アルドには、青いモノアイに、微かな困惑が浮かんだ気がした。


 刹那、ハルバードを持つ手が弾き上げられる。刃がアルドの背に触れる直前、その体を霞めるようにして穿たれた白色の光が、青目の腕に直撃していた。


 リィカの放ったホーリーレイだった。心が通じているような連携は、機械人形の予測を完全に上回っていた。


 腕が弾かれ、アルドの目の前には、無防備な鉛色の体が晒される。

 ハヤブサ斬り。これまで何千と放ってきた得意の連撃を繰り出す。

 研がれたばかりの剣に伝わる手ごたえ。青目が、膝を突く。


 それを見届けると、アルドは思い切り横に飛んだ。

 背後では、エイミが拳に風を纏っていた。

 これで、決着がつく――はずだった。


 だが、技を放つ直前、エイミは拳を真上に向けた。

 強烈な風の塊は、雲を貫き、蒼空に向かって放たれる。


 ……外れた? いや、わざと外した?


 なぜ、と問う必要はなかった。アルドもすぐに気づく。

 青目が、ハルバードを投げ捨て、両手を上げていた。まるで、投降する人間が、そうするように。


「なんの、つもり?」


 フィニッシュブローを捨てたエイミが、不満げに問いかける。


「オ前タチノ、力ヲ試シタカッタ。モウ、十分ダ」


 聞こえてきた声は、これまで戦ってきた合成兵士と同じく機械で作られた合成音だった。


「オ前タチニ、頼ミタイコトガアル」


「いきなり襲い掛かっておいて頼みたいことだと、ずいぶん勝手だな」


 そう言い返しつつも、無抵抗の敵にとどめを刺す気にもなれず、アルドは剣を構えたまま仲間の近くまで下がった。

 青目は、人間がそうするように小さく頷いてから、話を続けた。


「スーベニール、我々ハソウ読ンデイル。合成人間ハミナ、人間ガ特別ナ記憶ヤ想イヲ託シタモノに惹カレル。俺ノモツコレハ、ズイブン昔ニ、地上デ拾ッタモノダ」


 胸の部分が開き、そこから球体を取り出す。人の手にも収まりそうな銀色の玉だった。


「コレハ、ズット俺ノ宝物ダッタ。俺ハ、モウスグ駆動限界ヲ迎エル。ダカラ最後ニ、コノ、スーベニールニ刻マレテイタ記憶ガドンナモノカ、確メタクナッタ。受ケ取レ」


 青目は、球体を放り投げる。

 警戒しつつも、アルドはそれを受け取った。


「なんだ、これ?」


 間近で見ても、それがなにかわからなかった。一つ確かなのは、それがずいぶん古い物だということだ。銀色の球の表面は長い年月の劣化でくすみ、所々が虫食いのように黒く腐食している。

 興味を引かれたようで、両隣からリィカとエイミも覗き込む。


「情報ライブラリに該当情報アリ、AD300ごろ、アルドさんのイタ時代のマジックアイテムと推定します。メッセージボールと呼ばれてイタヨウデス。機能としては、サウンド・オーブと同等のものデスネ」


「ずいぶん形が違うけど、アルドの時代はそんなものが使われてたのね。でも、起動するスイッチのようなものが見当たらないけど」


「800年も地上に埋まってたってことだろ、さすがに壊れてるんじゃないか?」


「優秀ナ魔導士ガ魔力をコメタモノハ、何世代後ニモ渡ッテ壊れなカッタと記録ニハアリマス」


「ちょっと待て、なにか文字が彫られているな――バルキオー村のソルマへ クレーゼルより――って読める。ほんとだ、バルキオー村って書いてある」


 バルキオー村は、アルドが生まれ育った村だった。かつてエルシオンがあった場所に存在し、この時代ではもう記録に名前を残すのみだ。


「ソレニハ、パスワードガカカッテイル。パスワードヲ知ッテイルノハ、ソコニ書イテアル受ケ取リ主ダケダ。ソシテ、ソノ、スーベニールハ、マダ一度モ起動サレテイナイ。届カナカッタ、ヨウダ」


「……そのために、俺を探していたのか。レンジャーを襲って、騒ぎまで起こして」


「手加減ハ、シタツモリダ」


「ふざけるな。それで、許すと思ってるのか」


「許シナド求メテイナイ。求メテイルノハ、答エダケダ。ソレト引キカエナラバ、喜ンデスクラップニナッテヤル」


 言葉を続けながら、青目はアルドたちに背を向けて歩き出す。


「答エガ見ツカッタラ、教エテクレ。廃道デ待ツ。俺ハ、タダ、知リタイダケダ。俺ガズット大切ニシテイタスーベニールガ、イッタイドンナ、結末ヲ迎エルノカ」


「おい、勝手なことをいうなっ。なんで俺たちがそんなこと――っ」


 アルドが言い終えるより先に、エアポートから飛び降りる。

 追いかけて下の覗き込むと、眼下には、現在ではすでに使用されていないエアポートがあった。青目の姿はどこにもない。おそらく廃道に逃げ込んだのだろう。


「なんなんだ、あの合成人間はっ」


 悪態をつきながら、手に残った銀色の球体に視線を向ける。


「放っておけばいいんじゃない。あの様子だと、もう他の人たちを襲うことはないでしょ。私たちの役目は果たしたよ」


「そう、だよな」


「アルドさん、彼ノお願いキイテいただけナイでショウカ? なにかのツイデデイイデス、ノデ」


 背後から、リィカの意外な声が聞こえる。


「ワタシはアンドロイド、オナジキカイノカラダとココロヲ持つ存在デス。ダカラ、スコシ、ワカルノデス。合成人間ハ、ワタシたちアンドロイドヨリモ人間から遠ク、そして、ワタシたちアンドロイドよりも人間に憧レテイル――彼ラにトッテ、スーベニールはココロ。彼ハ、タダ、自分のココロにもっと、深ク触レタイのだと思イマス」


 アルドはずっと旅を共にしてきた仲間を見つめる。

 それから、意見を伺うようにエイミの方に視線を向けた。エイミは、呆れたように肩をすくめる。


「……こっち見ないでよ。もう決めてるんでしょ」


「悪いな。あんな得体の知れないやつの頼みを聞く義理はないが、リィカの頼みならきくよ」


「アリガトウゴザイマス、アルドさん!」


「私も、付き合うわよ。届かなかったサウンド・オーブには、覚えがあるからね」


 隣で、エイミがそう付け足す。

 母親が残したサウンド・オーブを最近まで合成人間に奪われていたことを思い出しているだろうことは、口にしなくともわかった。


「……じゃあ、過去に手紙を届けにいってみるか」


 そう呟くと、視線を空へと向ける。

 いつの時代も変わらない青い空には、雲を巻き取るような強い風が吹いていた。




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