第26話 羊男の狼退治⑥

朝田の拳は怪人の顔面を撃ち抜く。

その瞬間、ひび割れた空は音を立てて崩れ落ちた。


街の騒めきが戻ってきた。

街行く人たちは相変わらず楽しそうに周りを通り過ぎて行く。

朝田は慌てて変身を解く。


不味い、と思ったが周りの人々は気にも留めていない。

朝田は違和感を覚えた。仮に羊頭を見ていなくても目の前には怪人が倒れている。人が倒れているのにも関わらず、まるでそこに何もいないかのように通り過ぎていく。


「やったね、朝田くん」


どこからか現れた千堂が朝田に手を振る。

後ろには有馬も立っている。


「陽、安心しろ。

 千堂が俺たちを見えないようにしてくれている」


どうやら千堂の力で姿を見えなくしているようだ。

安堵した朝田は倒れて動かない怪人の元へ近づいていく。

有馬と千堂もそれに続き、三人で取り囲むようにして立つ。


「こいつ、どうするんですか?」


「俺や千堂にも認知されたんだ。じきに消滅するさ」


「というか、それより七海くんは?!」


千堂が周りをきょろきょろと見まわしている。有馬の作戦では怪人の動きを止めた後、殴られる前に影を出ることになっていた。しかし、いまこの場に七海はいない。朝田はじっと倒れた怪人の姿を見下ろす。


「七海いるんだろ?出て来いよ」


「はは、バレちゃった……」


怪人の影からずるりと七海が這い出てくる。その顔には真新しい痣がついている。怪人と一緒に殴られたようだ。


「何で、影から抜けなかったんだ?」


「この前、朝田を囮にしちゃった罰だよ。

 これで貸し借りなしだからね」


七海は笑おうとするが痛みがあるのだろう顔を歪ませた。その姿に朝田は声を出して笑ってしまう。七海はこういう奴だった、この作戦を聞いたときから一緒に殴られるのを決めていたんだろう。


「さて、と。そろそろかな」


千堂のその言葉をきっかけにしたように、怪人の顔にまとわりついていたノイズが晴れていく。そこには一人の青年が残されていた。その手には怪人が振るっていた鉈が握られている。


「山下……?」


その姿に最初に反応したのは七海だった。木曜日の怪人は自分の元になった山下――本当の通り魔自身を取り込んでいたのだ。


「よし、これで終わりだな。

 帰るぞ」


有馬はそう言うと、立ち去ってしまう。


「そだね、朝田くん、七海くん。

 先に行ってもらえるかな?」


千堂は朝田と七海に有馬についていくように目配せをする。朝田は七海に肩を貸して立ち上がらせ、有馬の後を続いた。千堂は二人が立ち去ったのを確認すると、自らも振り返る。そして、立ち去り際に大きく指を鳴らす。後ろの方で小さな悲鳴が上がり、それを皮切りにどよめきが広がった。


「あ、警察ですか?

 人が倒れているので来てください。

 場所は―――」


千堂は電話を切ると、すっかり膨れ上がった野次馬の群れに向かって呟いた。


「ちゃんと罪を償えよ」


後日、朝田は山下が捕まったことを七海から聞いた。手に持った凶器を元に調べが進んだ。元々警察も山下をマークしていたようだ。こうして、朝田が巻き込まれた通り魔事件は幕を閉じたのだった。


~~~~~


野次馬に混じって、一人の男が騒ぎを眺めていた。


「あーあ、やっぱり本物には敵わないか」


男はスマホを構えて、その様子を何枚か写真に撮る。


「それにしてもやっと見つけたよ、羊男。

 相変わらずかっこいいなぁ。さすがは……」


男は満足げに笑みを浮かべ、他の者とは全く別の方向を見つめながら囁く。


「さすがは、僕が作った最初の都市伝説だよ」


その声は喧騒に紛れ、誰の耳にも届かなかった。


「おーい、なんだこりゃ。

 えらい騒ぎになってんな」


後ろから声をかけられ男はゆっくりと振り返る。


「先輩、お疲れ様です。

 なんの騒ぎなんでしょうね?これ?」


笑顔を作りながら、男は応える。


「まぁ、俺達には関係ない。

 はやく会社に帰って、資料まとめるぞ寺原」


「はい!」


寺原と呼ばれた男は小さくまたね、と呟きネオンの中へ消えていった。

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