第11話 木曜日の怪人①
朝田は駅前で一人スマホの画面を見つめていた。
昨日、堂森との電話を終えた朝田は聞いたことをそのまま七海たちに伝えた。堂森の話に梅香と花純は動揺をしているように見えた。七海は何かを考えていた。恐らくは秋穂先輩のことだろう。
「朝田、その話が嘘でも本当でも僕は山下の監視を続けるよ」
七海は静かに言った。
七海にとっては秋穂を襲った犯人がどうなろうと知ったことではなかった。しかし、仮に殺されてしまっては困る。秋穂の持っている恐怖心が和らげるには犯人が罪を認め、警察に捕まることが最善だと考えていた。
今後何か起きたときに連絡するために全員と連絡先を交換した七海は伝票を持って立ち上がる。
「花純さんと朝田には本当に悪いことをしました。ここは僕が払っておくのでみんなはゆっくりしていってください」
七海は梅香と花純に向かって頭を下げ、会計を終えて店から出て行った。
七海が帰った後、梅香は何かを考え込んでいるようで、花純が話しかけても生返事ばかりだった。朝田と花純で少し話をした後でその場は何となく解散する流れとなった。
「朝田くん、今日は色々とごめんね」
帰り際に梅香が朝田に対してぽつりと言った。
「花純があんなことになって、
少し過保護になり過ぎてしまっているみたい」
「いえ、それは当然だと思います」
自分の家族があんな状態になってしまったら、動転してしまうだろうことは朝田にも想像がつく。花純は今、身体と魂が完全に分離してしまっている。この状態が何時まで保てるかも分からない。
「だけど、私は花純をあんな風にした奴を絶対許せないの」
梅香はそう言い残して花純と一緒に病院に戻っていった。
花純は帰り際、何かを言いたそうにこちらを見ていたが、結局何も言わずに朝田に向かって一度頭を下げた。
朝田はもう一度スマホの画面に目を戻す。
花純から送られてきたメッセージを開き、確認する。
『朝田先輩、もし良ければ木曜日の12:00に駅前で待ち合わせできませんか?この前のお礼がしたいです。 花純』
メッセージが来るとは思っていなかった朝田が着信に気が付いたのは水曜日の夜になってからだった。
大学の授業はあったが朝田は大丈夫、と返信をした。七海はあの日以来、山下の監視を続けているらしく大学では見かけない。花純とも金曜日病院で会った時から目にすることはなかった。
「朝田先輩!」
駅前にある横断歩道を少し走りながら、花純が現れた。
「すいません、待ちましたか?」
「いや、今来たところだよ」
朝田は30分以上待っていたことには触れないようにすることにした。
「お姉ちゃんが怪しんでいて…
お仕事あるのに中々目を離してくれませんでした」
花純は困ったような笑顔を浮かべる。朝田にはその様子がありありと想像できた。花純は大学で話したときよりもお洒落をしているように見える、印象が違うのは少しお化粧をしっかりとしているからか。
「では、行きましょう。今日はご飯奢ります」
~~~~~
花純が連れてきたのは駅前に最近オープンしたイタリアンレストランだった。確かランチが美味しいということで七海が朝田を誘ってきたことがあった。もちろん断ったのだが。
七海も誘いに乗ってくるとは思っていなかったようで、僕だけで美味しいランチ食べてくるか~、と言いながらケラケラと笑っていた。
「ここお姉ちゃんと一緒に来たことがあって。誰かに紹介したかったんです」
花純は慣れた様子で注文を済ませる。
ランチはパスタをいくつかの種類から選べるようになっているようだ。
それから花純にあの日からのことを尋ねる。梅香が考え込むようなことが増えたようで花純は心配そうな顔を浮かべた。
店員がセットを持ってきて目の前に並べていく。ランチというには少し豪華なセットになっていた。女性だと少し多いんじゃないか、と朝田は思う。
「それじゃあ、食べましょう。いただきます」
花純が店員にお礼を述べた後、しっかりと手を合わせて言う。朝田もそれに合わせて、手を合わせることにする。こういうマナーがしっかりしているところはかなり印象が良いなとぼんやり思う。
花純に恋人がいないのは大学七不思議だと言われていたことも何となく理解できる気がする。恐らく引く手数多だろう。
朝田は目の前のパスタに手を伸ばす。花純は明太子クリームソースがかかった生パスタを選んでくれた。口に運ぶとなるほどこれは人気が出そうだ、と感じる。単純に美味しい。
「美味しい…ですか?」
気が付くと心配そうに花純がこちらを覗き込んでいた。
「うん、とても美味しいよ」
朝田はお世辞を抜きでそのままを伝えた。これなら七海に誘われた時も行けば良かったなと少しだけ思う。良かったと、花純は笑顔になってから残念そうな顔になる。
「私は今、あんまり味覚がなくて。
美味しいかどうか分かんないんですよね」
花純はパスタをクルクルと巻いて口に運ぶと、哀しそうに笑った。
「お姉ちゃんが作ってくれたこの身体、動いたりは全く問題がないんですけど味覚とか痛覚とかそういうのは再現できていないみたいで…あ、お姉ちゃんには内緒ですよ」
目の前の花純を見ていると忘れそうになるが、花純はあくまで今仮の身体を使っているのだ。朝田は花純の哀しさや不安を感じ取り、胸が詰まるような感覚に陥る。魂だけの存在いうのは朝田には考えもつかない。
「花純さんは、なんで今の状態になったの?」
少し無神経かと頭をよぎったが、その質問を止めることは出来なかった。
「私はあんまり覚えていないんですが、お姉ちゃんに堂森さんが話しているのを聞いたことがあります」
花純はフォークを側に置き、朝田にしっかりと向き直る。
「私を眠らせたのは『都市伝説』のせいだって」
「また都市伝説…」
朝田は堂森から聞いた話を思い出す。
「でも、正確には私を眠らせた犯人は違う、とも言っていました。
都市伝説を作っている人がいるって」
「都市伝説を作る人?」
「その人のことを堂森さんは『怪談師』って呼んでいました」
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