第10話 這い寄る漆黒④

「わ、私も七海さんのことを許します」

今まで黙っていた花純が突然口を開いた。


「……ありがとう、花純さん」


「良かったわねぇ、『影踏み』。次はないわよ」

梅香は花純の頭を撫でながら七海を威嚇する。


「そういえば、梅香さんはなんで、七海のことを知っていたんですか?」


朝田は七海が来た時から抱えていた疑問を口にした。二人には接点はないように思える。それに、七海は花純の姉としての梅香の存在は把握していないようだった。


「妖怪って結構自分勝手な奴が多いのよね。社会に馴染み過ぎちゃってて普通にしていれば、妖怪同士が出会うことってそんなにないのよ」

尚更二人が知り合いだったことが不思議に思えてくる。


「朝田、堂森先生に会っただろう?」

七海が朝田に問いかける。


「そりゃあ、講演会で――」


朝田はそこまで言いかけて言葉を止める。

もしかして、中庭で声をかけられたことを言っているのだろうか。そうだとしたら、七海はなぜ知っているのだろうか。


「あの時も朝田の影の中にいたんだよね、僕。」

朝田は黙って、七海の頭をはたいた。


「堂森先生、僕がいるのに気付いていて、わざと『影踏み』の話していたなぁ。ほんと良い性格しているよ」

七海は苦々しい表情をした。


「堂森さんに会っているなら、話は早いわね」

梅香が七海に代わって話し始める。


「あの人がたまにこの周辺に住んでいる妖怪に声をかけてくれるの。飲み会というか、情報交換のようなものなんだけど。その時に七海くんには一度会ったことがあるのよ。もっともその時は『影踏み』という名前しか聞いてないけどね」


「堂森さんって何者なんですか?」


「あの人は妖怪のまとめ役みたいなものさ。

 とりあえず偉い人なんだよ」


「偉いかどうかは分からないけど、いつもふらっと現れては色々世話を焼いてくれる人よ」


七海も梅香も詳しくは知らないようだが、堂森も妖怪だということを知り、朝田は確信を深めていた。あの時、堂森はやはり朝田の正体を知っていたのだ。影に潜んでいる七海のことも気付いて話しかけて来たのだろう。


「そういえば朝田、名刺貰っていたよね」


「それも見ていたのか、貰ったな」

朝田は七海が影に入っていたことについては無視することにした。気にしていたら話が進みそうもない。


「堂森さんが連絡先教えてるってことは、朝田くん、あなた相当気に入られちゃったみたいね」

梅香が笑いながら言う、その口調からは付き合いの長さが伺える。朝田は財布に入れっぱなしになっていた名刺を取り出してみる。


「堂森さんに聞いてみるのはどうかしら?

 あの人情報通だから」

梅香は朝田にぐいっと近付いて、電話、と促した。


~~~~~


「はい、株式会社堂森事務所です」

電話をかけるとすぐに若い男性が出る。


「あの、朝田と申します。以前――」


「ああ、朝田くんですか? お会いしたの覚えてるかな?

自分、千堂っていいます」

朝田の言葉を遮って、千堂が一方的に話し始めた。


「堂森さんが今日くらいに電話が来るから用意しとけって言ってたんだけどね、どう用意すりゃいいんだって感じで、もう電話の前でスタンバるしかないよね」

カラカラと笑う千堂に朝田も愛想笑いで返す。


「朝田くんも大変だなぁ、今、堂森さん呼んでくるね」


電話が保留になる。どうやら千堂は現在の状況を少なからず知っているようだ。朝田は中庭で堂森に会った時のすべてを見透かされているような感覚を思い出す。


「お電話代わりました。堂森です」

低く良く響く声がして、現実に引き戻される。


「こんにちは、堂森さん。突然お電話をしてしまい申し訳ありません」


「やぁ、朝田くん。全然構わないよ、何かあったかい?」


朝田にはやっぱり堂森がすべてを知っていながら、こちらを試しているように感じた。そうだとしても話す他はない。朝田は堂森に今までの経緯を説明した。


「予想以上に面白いことになってるなぁ」


話を聞き終えた、堂森は無責任に言い放つ。その言い方にムッとするが、はたから見ればそう思うのも仕方ないかもしれない。


「『双子屋』『影踏み』、そして『羊男』。

 役者がこれだけ揃っているんだ。私も何か力にならないとね」


「堂森さん、何か知っているんですか?」


「うん。朝田くん。、『都市伝説』って知っているかい?」


『妖怪』は先天的に能力を持って生まれてくる。その能力は強い感情をたくさん得ることで伸びたり発展することがある。目立つ目立たないに関わらず、妖怪はそこに存在し、今も人間社会の中で生きている。


一方で後天的に生まれる怪異のことを『都市伝説』と呼んでいる、と堂森は説明する。


都市伝説は噂ありきの存在で恐怖として多くの人に知られれば知られるほど活動が活発になる。妖怪は行動によってもたらされる感情を糧にするが、都市伝説はその行動自体が存在証明になる。


「朝田くんは花純さんが襲われたときに自分の時と同じ感覚を感じたんだろう?」朝田は話していないことを堂森から指摘され、ハッとする。


「はい。だからまた誰かが襲われるんじゃないか、って思いました」


「その感覚は間違いではないよ。恐らくは朝田くんが二回目に遭った通り魔は、都市伝説化していたんだろう」


七海が見張っていた犯人が何をしていようと関係なかったということか。


「じゃあ、いま通り魔は二人いるってこと?」

話を聞いていた梅香が口を挟む。


堂森は少し考えてから、多分違う、と答えた。


「この仮説が正しければ都市伝説としてその行為が切り離されている状態だから、もう山下って男は通り魔はしないだろうね」

それどころか、と堂森は付け足す。


「恐らく次のターゲットは『山下瀧彦』本人だ」

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