幼馴染が小説家デビューしたけれど、主人公がどことなく俺に似ている気がしてならない

プル・メープル

第1話 幼馴染、ついに小説家デビュー!

紅葉あかばの小説家デビューに乾杯!」

「「乾杯!」」


 本日、ついに俺の幼馴染である北乃きたの 紅葉あかばの書いた小説が店に並んだ。

 現在はその祝賀会ということで、編集の東山とうやま 朝日あさひさんも駆けつけてくれている。


「やっと夢が叶ったな!朝日さんと山に篭もって修行した甲斐があったってことだ!」

「そうね、篭もったと言っても窓に富士山の写真を貼って、その前でみっちり指導されただけだけど」


 「あれ、剥がすの大変だったんですよ」と唇を尖らせると、朝日さんは「あはは……申し訳ない」と後ろ頭をかいた。


「やっとここまで来たのね」

「ああ、そうだな」


 思えば長かった。紅葉が小説家になりたいと俺に告げてから5年。小説投稿サイトに投稿し始めてからは3年。

 コンテストで賞は逃したものの、敏腕女編集者と噂の朝日さんに目をつけてもらってからも丸1年だ。

 毎日毎日書き続けて、「これなら売れる」とOKを貰った瞬間の心の内は、ずっとそばにいた俺でも推し量ることは出来ないほどだったろう。


「本当に……うぅ、長かったなぁ……」

「ちょ、どうして一郎いちろうが泣くの?!」

「お前がこれまで頑張ってきて、やっと形になったかと思うと嬉しくて……」

「わ、わかったから。とりあえず鼻水拭きなさい!」

「よく頑張ったなぁぁぁっ!」

「くっついてくるな!」


 存分に褒めてやろうと近づくと、紅葉は俺を押し返すべく容赦なく頬に手のひらを押しつけてきた。勢いがありすぎて、もはや張り手の境地。


「……反抗期か?」

「違うわよ!あなたが私より先に泣いたら、私が喜び辛いでしょうが!」

「そ、そうだよな。悪い、つい感極まっちゃって」


 幼馴染の夢が叶ったことが嬉しすぎて、うっかり涙の蛇口が吹っ飛んでしまった。後で水のトラブルクラ〇アンを呼んでおく必要がありそうだ。

 せっかくのお祝いの場なんだし、紅葉には存分に喜んで欲しいからな。今は自分の気持ちは我慢しよう。


「…………」

「な、何見つめてるのよ」

「好きな時に泣いていいぞ」

「見られてたら余計泣きづらいのよ」

「安心しろ、シャッターチャンスは逃さないから」

「一眼レフ向けないでもらえる?!」

「仕方ない、朝日さんと外で待ってるから。好きなだけ泣いておくんだぞ」

「1人にするのは違うと思うけど?! 私、別の意味で泣くわよ!」


 紅葉はいつの間にこんなわがままな子に育って……まあ、朝日さん曰く創作物は自由な発想力が大事らしいから、間違ってはいないんだろうけど。


「それにしても、本当にあのペンネームで良かったんですか?」


 朝日さんがそう聞くと、紅葉は「あそこだけは何を言われても変えたくなかったんです」と微笑む。

 紅葉のペンネームは『モミジ』。漢字で書くと紅葉と本名が連想されてしまうため、朝日さんはやめておいた方がいいと止めたのだ。

 しかし、紅葉はその反対を押し切って『モミジ』を貫き、実際に本の表紙にはその名が載っている。

 朝日さんは、紅葉が女子高生ということもあってプライバシー面を気にしたんだろうけど、俺は彼女の気持ちを優先すべきだと思う。

 だって、そのペンネームは彼女が夢を志し始めた時から使っているものだから。今更変えたくない気持ちもよく理解できた。


「あの名前には一郎との思い出もあるもの、ね?」

「ん?なんの事だ?」

「……忘れるな、バカ」


 紅葉が「一郎が私の名前、読み間違えたんでしょうが」と呟いた声は、俺の耳まで届かなかった。

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