3:アルカデイア バタク山周辺 壱

〇コンシャマ村

 安宿で一夜を明かした私は、翌日バタク山に向かった。エーデル城跡は調査団によって設けられた巨大な木の柵に囲われている。『風の馬』亭で聞いた話では、難を逃れた憲兵や衛兵達が今も律義に警護をしているのだそうだ。

 城下町を抜け、山を目指して街道を歩くこと半日、コンシャマ村が見えてきた。ここは農業が中心の大きな村である。

 私は村長に挨拶をすると、辻に立って大道芸を披露した。

 昼の休みなので結構な人を笑わすことに成功する。

 大きな手のエリットという農夫が私に弁当をお裾分けしてくれた。



 まあ、食べねえ。ここで採れたコバの実とマブタラの酢漬けさ。美味いだろう? これをな、こう、パンに挟んで――そうそうそう! がぶっとやった時の酸っぱさが良いんだよな!

 ん?

 おいおいおい……ま、確かにこいつにゃぁゲム酒が合うんだが、お天道様がこんなに高いってのに、悪い道化師だな!

 いや、飲むともさ。勧められた酒を断っちゃあ、コンシャマ男の名がすたるってもんよ!

 あ? なんだ、ナンラス? うるせえ! いいから、かかあには内緒にしとけよ!

 ……ったく、喋り屋のナンラスに見られちまったか。こりゃ今晩は雷が落ちるかもな、ははは!

 そういや、あんた、これからどこに行こうってんだ? こっからバタク山の間にゃあ小さな村しかねえぞ? もう町には行ってきたんだろ? 

 ――ああ、やっぱり町はそんな感じか。まあ、城が消えちまったんじゃあな。

 でもよ、こらぁ、天罰って奴じゃねえかな? 俺ぁ、なんの神さんも信じちゃいねえが、あの城の連中と、くそったれな王様のこった、きっと神さんに顔向けできねえ事をやっていたに違いねぇ。

 じゃなきゃ、城は無くならねぇ? そうだろ?

 ん?

 怖い話? 

 へえ、近頃の道化師は怖い話も語って聞かせるのか。まるで、ほら、色々うろうろして詩を聞かせるとかいう――そう! 吟遊詩人ってやつだ!

 へ?

 ああ、子供を脅かすのか!

 はははは、そりゃいいぞ!

 なら、俺もいくつか持っているぞ。例えば――


(エリットが語った怪談は三つ。

 一つは夜中に木の幹を叩く妖精の話。この妖精の音を追いかけていくと、妖精の世界に迷い込んで戻ってこれなくなるらしい。

 二つ目は、骨を咥えた犬の話。勿論そこらにいる家畜の骨を咥えている犬の話ではない。こいつが咥えているのは戦地で命を落とした人の頭の骨だという。だから正面から見ると、犬の頭に人の頭の骨がくっついているように見えるとか。そして骨は戦場での恨みつらみを喋るという。

 そして三つめは――)


 三つめはだな、これは確か――一年前の話だったかな。

 うちの村の泣き虫オチーナが自分の部屋で寝ていると、何か音が聞こえる。

 さわさわざらざら、とこう、『くしで皿をなでてる』みたいな音が聞こえたんだと。いや、何だそりゃって俺も思って、よくよく聞いたら、こうも言ったな。

 『蜂の巣があるだろ? あれを叩いて今にも蜂が飛び出してきそうな時の音さ』ってな。まあ、こっちならわかるな。

 で、オチーナの奴、気持ち悪くて泣きそうだったんだが、それが近くなってきたんで、窓の横にぴったり体を張り付けて外を見ようとしたらしんだな。

 俺は大した勇気だなって言うと、オチーナの奴はこういったよ。

『いや、ラキムでみんなが消えちまったらしいじゃないか。だから、それが起きるんじゃないかって気になって仕方なかったんだ。もし盗賊だったら、もし小鬼や人食い鬼の群れ、噂のキメラだったら早く逃げないと。だろ?』

 まったくな、オチーナらしいじゃないか? 俺達に知らせるとかそんなこと全然考えてないんだからな!

 大体、ここらに人食い鬼や小鬼の類はいないんだがな。エーデル王が兵隊の訓練とか言って、小鬼狩りをやってたからなあ。俺も子供の頃、勢子せことして森やら洞窟に入って、鍋とかを叩いて走り回ったよ。

 それにキメラは――――

(エリットはしばらく沈黙すると、私をじろじろと眺めた)

 ……ま、ともかく、オチーナは、外を見たわけだ。

 で、気絶しちまったんだと。

 なんでも、真っ暗な森の中に、たくさん顔が浮いて喋っていたんだと。その話声が、さわさわざらざらと聞こえていたんだ――って話だ。

 まあ、オチーナがほんとにその顔を見たかはわからんがな。あいつは、夜中に鏡に映った自分をみて気絶したこともあるくらいの臆病もんだからな! 大方、月の光に照らされた葉っぱでも見間違えたんだろうよ! ははは!



(興味にかられたので、オチーナを訪問する。エリットに教えられた村の外れの小屋に行ってみると、オチーナは魚を焼いて食べていた。

 私がやぶの横から姿を現すと、オチーナは悲鳴を上げて座っていた切り株から転げ落ちた)



 まったく、びっくりしたよ!

 そりゃあ、お天道様は高いけどもさ、藪からいきなり道化師が顔を出したら、王様だって驚くだろう?

 ん? あの事を聞きたいのかい!?

 ナンラスか、それともエリットに聞いてきたのかい? ああ、エリットか。あいつは気が良い奴だけど、みんな努力すれば自分と同じくらいに豪胆になれると思ってるんだよ。無理だよ無理。俺はどうやったって、大トーク(アルカデイア地方の大猪)と素手でやりあうなんてことはできないんだからさ、まったく勘弁してほしいよ。

 で、あの夜の事かぁ……エリットからはなんて――ああ、それで全部だね。

 俺は怖くって、それからふっと目の前が暗くなって、気が付いたら床に寝てたんだ。

 悪いね、新しい事が言えなくて……。

 ん? ほんとにあった事かって?

 そりゃ、あったさ! 俺が嘘をついてどうするってんだい? 

 ……ま、信じるかどうかは、あんたの勝手さ。臆病者のオチーナの話でも広げるがいいさ。だって、もうエリットに聞いちまったんだからな、だったら、せめて面白く話してもらわなきゃな。

(自棄を起こしているのかもしれないが、自分を面白く話してくれというオチーナの言葉に私は好感を抱いた。なので、そのまま雑談をしばらく続けた)


 ――そうだなあ、父さんも母さんも死んじゃってエリット達には結構世話になったよ。今でも迷惑はかけっぱなしさ。って言っても、仲間外れってわけじゃないんだぜ? まあ、エリットは早く結婚しろってうるさいけどな。

 しかし、まあ、俺とこんなに話をするなんて、道化師さん暇なんだねえ。さっきの話じゃあ、怖い話を集めたりしてるんだろ? 俺はそう言うのが苦手だからなあ、申し訳ないなあ……。

 あ、そう言えば……いや、これは違うかな? え? なんでもいいから話してくれって?

 ううん、あれは――そうだ、あの顔を窓から見た、次の次の日くらいだったかな?

 森で不思議な物を見つけたんだ。

 一応、それをとってあるんだけど、そろそろ壊しちゃおうと思ってたから、道化師さんに最後に見てもらおうかな。こう――色々嘘を足せば、怖い話になるんじゃないかな? ははは……。


(オチーナはそう言うと、物置小屋に私を案内した。外観は粗雑な作りだが、中の農具は手入れされ、整頓されていた。オチーナは壁に立てかけてある、大きな塊を指さし、あれなんだけど、と言った。近づいてみると、どうやらひび割れた粘土の塊のようであった)


 これ、もう乾いちゃって形も縮んじゃったんだけどさ、ええっと――あの顔を見た、次の次の日くらいかな? さっき俺達が座ってた辺りにくぼみができてるのに気が付いたんだよ。

 あそこは井戸が近くにあるからさ、いつもちょっとぬかるんでるんだよ。だから時々獣の足跡があるんだよね。

 家の近くに足跡ができるわけないだろ、お前は獣にも馬鹿にされてるのかってエリットにからかわれるんだけど、ともかく時々あるんだよ。

 で、またこれを言ったら馬鹿にされるなって、思いながらじっと見てたら、気が付いたんだよ。

 これ、獣じゃないぞって。

 最初は大トークとかじゃなくて、ヤーグ熊だろうかって思ったんだ。だって大トークの足はひづめだろ? 足跡は指が五本あるんだな。

 だけど冗談みたいな大きさなんだ。

 今は乾いちゃってるけど、元はこう――(オチーナは両手を大きく広げた)このくらいあったかな? オーガとかゴブリンどころじゃない。

 でも、東方の国には家くらい大きくて鼻の長い獣がいるんだろう?

 きっとそれさ。ここらに迷い込んだんだな。

 俺は、早速みんなに言おうと思ったんだけど、また馬鹿にされるかもしれないだろ? また家の近くに獣が来たのか、とかね。

 だから絵に描こうかと思ったけど、俺、巧くないんだよね。字もあんまり書けないし。

 じゃあ、型をとろうかと思ったけど、ほら――石膏? あれがない。だから家の壁を塞ぐ粘土を窪みに詰めていって、まあ、詰める時にちょっと広がっちゃったから、後で押して縮めたんだけどね……まあ、そういうものなんだよ、これ。

 いや、足跡には見えないよなあ。だから、誰にも見せてないんだよね。馬鹿にされるし。

 だから、来週あたりにさ、壊して水で柔らかくして、暖炉の崩れた所を塞いじゃおうかなって思ってるんだ。

 道化師さんは、ほら! 色々と嘘をくっつけて面白くしてよ!

 あと、その――できたら、話すときに俺を――もうちょっと勇敢にしてくれると嬉しいかな!



(もしかしたらオチーナは、村の皆を引っかけようと、これを作ったのかもしれない。だが、作りが雑だったので、また馬鹿にされるとやめたのかもしれない。

 しかし仮にこれが本物ならば、乾いて縮んだという話を信じるならば――

 オチーナが想像した足跡の主である東方の『マルト』の足跡は丸く深いだけであり、指の形がはっきりと残る足跡を残すのは、小鬼か人食い鬼、そして人だけなのだ)

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