2:アルカデイア 城下町メゾロンでの聞き込み 弐

〇酒場『風の馬』亭

 表通りにある珍しい酒場兼大衆食堂。普通の酒場と違って壁が無く、席は通りにも置かれている。多くのカンテラや松明で煌々こうこうと照らされ、女性客、親子連れに人気がある。いわゆる酒飲みには評判が良くない。

 店の脇には小さな花壇があり、数種の花が咲いていた。

 その中で、一番目立たたず、ひっそりと咲いているのがランサの花であった。

 ランサの花はアルカデイアのみに咲く花で、どこにでもいつの間にか咲いているのだそうだ。住民にとっては、風景の一部ではあり、地味な印象を振りまくので、『貧乏花』とも呼ばれている。

 私が主人に断わりを入れ、芸を始めると親子連れが大変喜んでくれた。集まってきた子供たちに勇者について聞いてみる。



子供1:勇者? あーっ! ちょっと前に王様がえんぜつしなすった!


子供2:したした! みんなをあつめて、ラッパを吹いてたね! きれいな鎧だったよ!


子供3:美丈夫でした。眼福でした。ランサの花がよく似合ってました。


1:え? 他に何か気づいたこと? うーん、王様がいろいろしゃべってたけど、よくわからなかったし、勇者はずっと何もしゃべらなかったからなあ。


2:ラッパの音もうるさかったよねえ! なんかえらそうなだいじん? おじいちゃんがいろいろしゃべってたけど、山にキメラの大きいのがいるから、それをたおすって言ってた、かな?


3:鎧もそうでしたが、ともかく服がきれいでした。

 

1:あー、なんかねー、鎧の下の服もきれいだったよね! 青とか赤とかで!

 

2:手袋も靴もピカピカの白で、きれいだったねえ!

 

3:防具も兼ねていたのでしょうね。ブーツも靴も、すねひじを守るためでしょうけど、長かったです。でも不思議なのは色が本当にまっさらな白だったんです。あれじゃあ、汚れが目立つ。


1:えぇ~、それはね、ぎれいようってやつなの。戦う時はもっと地味なやつにするんだよね、ね? お母さん?

 

1母:そうよ。だってお洗濯が大変でしょう?

 

2母:それにしたって、いけすかない男だったわね。

 

1母:え? そう? 結構な美丈夫だったじゃない? 私年甲斐もなくはしゃいじゃったわよ? ここの給仕のアセロンもきゃーきゃー言ってたし。ねえ、アセロン!

 

アセロン:はいはい、寝る前にあったかい牛乳は? 蜂蜜と果実の漬物が入ってるわよ?

 

1母:あ、ちょーだい! 娘の分も!

 

2母:こっちも、同じ。ちょっと漬物多くして砂糖も入れて。

 

3母:私のは更にゲム酒を二滴いれてくださいな。

 

3:母様、私にも同じのを。

 

3母:あなたは未成年ですから我慢しなさいな。それより、こちらの道化師さんにあの事を話しなさいな。あなた、誰にも信じてもらえないと愚痴っていたでしょう?

 

1:あ、あれか! え~、まだ言ってたのぉ? そりゃトルボクの怖い話って面白いけど、あれはちょっとなあ。

 

2:王様がふっとんでなかったら、捕まっちゃうかもしれない話なんだから、人に言っちゃだめだよ!

 

3母:構わないわよ。どうせこの国はラダメスの国に吸収されるのだから。あっちに逃げる手間が省けて大助かりですわ。

 

1母:ええ!? そうなの? そりゃラダメスが王様なら、税金とか助かるけどさあ。

 

2母:あたしもそれ聞いたわ。旦那も浮かれてたわ。あのクソ王様よりラダメスは仕えがいがあるって。まあ、また衛兵になれるかどうかわからないけどさあ。

 

1母:ちょ、ちょっとやめなさいよ! 王様の悪口は重罪で――あ、もう、いないんだっけか。

 

3母:そうですそうです。うちの主人もあのクソ馬鹿インチキ野郎とエーデル王をののしる毎日ですわ。それよりも、トルボク。

 

3・トルボク:はい、母様。実は私は勇者が誰かと話しているのを聞いたんです。ただその時、勇者は町はずれの森に一人でいたんです。私は薬草を集めている最中で、とっさに気配を殺しました。父直伝ですので、気づかれてはいないと思います。

 

1:すっごいよねえ。かくれんぼでいつも見つけられないし。

 

2:トルボクってほんと凄いよね。二階の屋根に飛び上がれちゃうんだから。

 

3・トルボク:練習すれば誰でもできますよ。話を戻しますと、私は最初独り言かと思ったんです。ですが、よく聞きますと違うんです。

 三人の声が聞こえました。

 一人目は、若い男の声。これは勇者でしょう。落ち着いた物静かな、でも少し疲れたような声でした。

 二人目は老人の声です。若い男を小馬鹿にしたような喋り方でした。山のふもとまで馬車でいかないのは何故だ、とか。

 それに若い男が答えました。


「花を見たかったんだ。

 ランサの花が」


 確かに若い男は、そう言いました。

 すると笑い声が聞こえました。三人目、女の声です。あははは! とやけに大きかったです。女は、女々しい奴だねえとか、今更手遅れじゃないか、とかそんなことを早口で言った後、また笑い出しました。

 しばらくすると、勇者が動き出した気配がありました。

 足音は一つ。枝や下草を踏む音がそれを教えてくれました。

 なのに、三人――年寄りと女の言い争い、それに時々若い男の声が入るのが聞こえ続けたんです。

 

3母:ふむ、中々よくお話ができましたね。

 アセロンさん、この子の牛乳にもゲム酒を三滴。

 

1母2母:やめなさいって!




〇療養所『涙の家』

 ラダマンディスに紹介された療養施設。事故や加齢で生活できなくなった者、精神の拮抗きっこうを失った者が介護を受けている。

 町から離れたマブ川の湿地帯に建てられた施設は湿度が高く、虫が多い。

 訪ねたのは深夜だったが、一日を通して窓口は開いており、運よく施設長のバギドクに面会できた。彼女は老齢ながらも、目つきが鋭く、背も曲がっていない。

 時間帯と場所を考え、道化師の服とメイクは落としていった。



 それで、ラダマンディスさんのご紹介なんですね?

 失礼ながら、あなたの素性を教えていただけると助かるのですが?

 ほう? 言えない?

 成程――判りました。面会を許しましょう。

 はい?

 ああ、あなたが嘘をつかなかったからです。ラダマンディスさんのご紹介の時点で、身元の保証はされたも同然ですが、それでも、嘘をつかれては気持ちのいいものではありません。あなたがご自分の身元を明かせないのは立場上仕方がないのでしょう。

 なにしろ『このような状況』ですからね。

 最近は『面会希望者』が多い多い……まあ、すべて門残払いさせていただいておりますが。

 ん? 見返りですか? そういった物は一切受け取っておりません。

 ですが――アルカデイア併合の暁には、場所の移転と助成金の増額、施設の大幅改修を、私共は希望しております、と独り言をするにとどめておきましょうか。

 それでは、こちらへ……。



 アーダイン:西の国からの移民。痩せた頑丈そうな男で、髭と髪が濃いのが羨ましい。バギドクおうなによると、極度の恐慌状態に陥ったので、やむなく家族が施設に預けたとのこと。家族は二日に一度は見舞いに来ている。

 恐慌状態に陥った原因を聞いてもいいのかとバギドク媼に聞いたところ、それに関しては回復しているので構わないと言われた。本人も快く引き受けてくれた。

 現在ここにいるのは、バギドク媼曰く、『不測の事態に備え、身の安全を図るために』とのこと。彼の家族(犬も含む)も某所で保護しているそうだ。

 バギドク媼はゲム酒をなみなみと注いだカップを持ってくると、アーダインに渡した。



 ああ、あの時の話ですか。

 さて、どこから話したものか……ええっと、今から半年? もっと前かな? 

 バタク山は古い火山で、洞窟が多いのは知っていますか? こっちではやる人が少ないようですが、私等西のものは洞窟の奥に冬の間に雪を詰め込むんですな。で、それが夏に溶けないのを確認したら、そこに穴を開けて色々保存しておくのですな。

 あの日は、前の年の秋に仕込んだ果実酒――このゲム酒も良いですが、甘い果実酒も悪くないですよ。食事の前なんかに飲むと腹の調子が良くなるんです――まあ、それを取りに行ったんです。

 昼過ぎに家の裏手の細道から荷車を引いて行きました。

 息子が荷台に乗って、子犬――今はもう立派に大きくなりましたが――を抱っこしていました。息子は凍らした果実が好きでして、それを今日は腹いっぱい食べると浮き浮きしてましたな。まあ、いつも一個食べると満腹になるんで、私ら夫婦の分も含めて三個しか取ってこないんですけどね。

 で、バタク山の麓に着いた頃には、そろそろ夕方です。はは、途中で息子と釣りをしましてね、いや、マブ川は全然魚がいなくてですね、その日もやっぱり駄目でした。でも昨日、バギドクさんに聞いたら、今はたくさん釣れるそうです。

 きっと、城の連中がたくさん獲ってたんでしょうね。


 ああ、話が逸れちゃいましたね。どうも、お酒を飲むと喋りたくなりますね。

 あ! バギドクさん、ありがとうございます!

(バギドク媼が小魚を揚げた物を持ってきてくれた。ついでに私のグラスと。ゲム酒の入った大きな水差しもだ)

 まあまあ、乾杯しましょう!

 ええっと、洞窟に着いたところからですね。

 そろそろ夏でしたから、小さな虫がやけに飛んでいて、鳥がそれを狙ってうるさく鳴いてました。

 私は息子と一緒に洞窟に入ると、目的の凍った果実と果実酒、それに凍った魚を晩のシチューの分取り出しました。それを革袋に入れ、氷の欠片を入れた大きな麻袋に入れました。

 その時、外の荷車につないでおいた子犬が吠え出したんです。

 私達は慌てて外に出ました。エトス――これ子犬の名前なんですが、私等の前いた国の聖職者さんの名前なんですよ。洒落てるでしょ? ――まあ、エトスがバタク山に向かって吠えてるんです。

 私は山を見上げました。ご存じのようにバタクさんは禿山ですが、家くらいある大きな岩がごろごろしています。その陰に賊か、獣の類がいるのかと恐ろしくなりました。

 だから――


(陽気で喋り屋なアーダインは突如口を閉じ、ゲム酒の杯に目を落とした。唇がわずかに震えているので、無理はしなくても良いと言うと、さっと顔を上げた)


 い、いや!

 恐ろしいのではなくてですね、あの時の記憶はまるで悪夢のようなのです。それで、どう整理をつけて喋ろうかと――勿論今でも正直恐いのですが、ともかく、話しましょう。

 だから、私は息子に犬を連れて、家に走れと言いました。

 私がここにいて囮になれば、息子はすばしっこいので逃げられると思ったんです。これは今思えば間違った判断だったかもしれませんね。帰り道に賊に襲われるかもしれないのですから。

 ともかく息子はすぐに走り出しました。犬の吠え声がどんどん遠ざかっていきます。

 私はじっと山肌をにらみながら、そろそろと後ずさりをし始めました。

 辺りはしんとしています。

 もしかしたら、犬は鳥か何かに吠えただけなのか?

 いや、逆だ! 洞窟に入る前にはあれだけ飛んでいた虫が一匹もいない! 鳥だって鳴いてないじゃないか!

 辺りがふっと暗くなりました。

 山の影にお日様が隠れたのか――最初はそう思ったんです。

 だって、賊とか獣だって思ってましたから。


 ……大きかったですよ。

 ひどく……大きかったです。

 自分の目が信じられなかったですよ。岩の影から立ち上がったそれは、お日様の光を隠すほど大きくて、そう――うちよりも大きかったんですよ?

 なのに生きている!!

 そう、間違いなくい生きているんです!

 そりゃ私だって長く生きてますからね、小鬼や人食い鬼の類は何度か目にしています。でもあれは、そんなもんじゃない!

 醜くて、大きくて、ああ――

 形、ですか?

 すいません、ちょっと失礼して――


(アーダインはそう言うとゲム酒を飲み干し、顔を何度も手で拭った)


 こ、こうやると、酒が素早く顔にまわって、笑顔になるんだそうです。はは、うちの婆さんがそう言ってました。まったく、酷い顔をしているでしょう――

 え?

 キメラ?

 キメラというと、あの山羊と獅子の頭を持った狼とかいう妙な化け物ですか?

 違います。違うと思いま――いや、どうなんだろう? どうなんだろうなあ……。


 あれは人の形をしていました。


 巨人――御伽噺に出てくるような、肩をいからせた大きな人だったんです。

 でもその――太陽を背にしてたから――それに恐ろしくて震えていたから――ああ、まったく恐ろしい! なんて、恐ろしいんだ!!


(バギドク媼が入ってくると、震えるアーダインを床に寝かせようとした。アーダインは汗を浮かべた顔で無理に笑顔を作り、首を振った)


 大丈夫、もう少しだけですから……。

 ねえ、どこのかたとも知れぬあなた、私が見たものを信じてくれますか?

 太陽を背にして見えずらかったけども、確かにあの大きな巨人は動いてたんです!

 ざわざわと、風に動く草原のようにあれの体は動いてたんです!

 小さな手が、ざわざわざわざわと、揺れて揺れて!

 ああ!

 アウ・ドーゼル!

 アウ・ドーゼル、アウ・ドーゼル、アウ・ドーゼル!!!!

 恐ろしい!

 恐ろしすぎる!

 私は確かに、アウ・ドーゼルを見たんだ!

 そして頭の所に――いや、頭が無くて、霧からしみ出したような真っ白い女が――


(アーダインはバギドク媼によって今度こそ床に寝かされた。私は彼が眠りにつくまで手を握っていた。恐怖の震えは、やがて安らかな寝息に溶けて消えたように思う。

 バギドク媼は私が質問をする前に、こう言った)



 アウ・ドーゼル。

 アーダインの祖父の国の言葉だそうです。

 西の遥か西の国の言葉。

 アウは『目』もしくは『瞳』。

 そしてドーゼルは『たくさん』『いっぱい』という意味だそうです。

 もう、よろしいですか?

 今夜のお泊りは?

 そうですか、では、門までお送りいたしましょう……。



(アーダインが見た、もしくは見られた『たくさんの目』とは何であろうか。そして、最後に言った『霧からしみ出したような真っ白い女』とは)

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