薄氷を素足であるく
樹 亜希 (いつき あき)
起点・そして終わりの始まり
誰にも分からないと思っていたの? 私にバレないとでも思っていたんだね。
心の中で何度もこのセリフは一人で呟いてきたと思うけれども、もうこれで終わりなんだと思うと少し感傷的にもなる。
甘いな、一体なぜこうも男は浮気を繰り返すのか、うんざりするがこの男がモテるのは分かるだけに私は何度かは目をつぶってきたが、今回はちょっと。友達の凜香との浮気はちょっとない。あり得ない。限界の大波が私を飲み込むと、破滅というラストシーンへと二人して打ち上げられるのである。
「ごめん、謝っているだろう。
ほんと、ちょっと。気持ちなんてないんだ、彼女には。
分かるだろう? 俺はみゆきだけが好きなんだ」
(ちょっと待って、みゆきってなんだよ。だれなんだ! ああ、そうか、後ろ向きなので誰だかわかんなくなったのね? 私は友佳梨だもん。頭に酸素が回らなくなると誰が自分の女なのかもわかんなくなっちゃうのね。あまりにもたくさんの女に手を出して、名前の整理もできなくなったのか。それとも、あなたの大事なアイデンティティーを先ほど私が足で思い切り踏みつけたので、気絶しそうなくらいに痛みがあるのかもってことかしら)
よくプロ野球やサッカーの試合で見る。急所に直撃するボールや選手の足などが当たるやつ。そのイメージで私はあれを踏みつけたあと、ベルトを晃司のクビに掛けて締め上げている私はこのままだと殺してしまうだろうと薄々思っているけれどもやめるつもりは全くない。好きだった、今も好きかもしれないけれども、その分の反動に私は打ち震えるほどの怒りが勝る。
なぜなら晃司はあれだけ言った、私の言葉を無視したのだから。他の女に手を出すならこれで終わりだって言ったのに、また同じことを繰り返した。それも私の友達に手を出すなんて、怒りの沸点はグラグラと煮え立ってもう止めることはできない。
何度も友佳梨だけだと土下座したから許したのに。何がみゆきだと? 有り得ないんだよ。火に油だってことを理解する気はないのかな、こんなバカな奴を好きになる自分がむしろ呪わしい。
(あ、そうなんだ。また謝るのね。また許してもらえると思うのか……。
でも、もう遅いよね。それって何度目だったかな?)
私は、思い切り体重を掛けて、自分の細いベルトで晃司のクビを締め上げる。
窓の方を向いて、一本背負いのように肩にベルトを掛けて両手は自分の顎までギリギリと締め上げる。
不思議となんだか晃司の暖かな背中の温度が伝わり、哀しくなる。
涙が湧いてきたけれど、これは私が晃司を愛しているからなの、愛していないならこんなことしない。愛しているから裏切りに対しての怒りが湧くのであって、どうでもいい人なら、なんとも思わない。
(あなたが私に隠し事なんてするからこんなことになるんじゃないの。
私はあなたと一緒にいたい一心で、どれだけ愛していたか、何も知らないのね。本当の私のことを何も知らない。隠し事なんかじゃ済まない、自分を捨ててでもあなたに好かれようとしたのに。許せない!! だからこそ許せないの。あなたは私だけのものなの……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます