コメディ オブ ジャスティス

紀伊谷 棚葉

コメディ オブ ジャスティス

「聞いてくれ梅崎!俺は今日から自分で考えた【正義せいぎ】を貫いて生きていこうと思う!」

「竹内、それは30分遅刻してきた人間が言う最初のセリフじゃない」

 今日は朝の9時から同じ中学で幼馴染の竹内とふたりで、学校周辺の美化活動を行うことになっていた。せっかくの休日に町のお掃除に取り組むとは、なんてできた学生だと思われることだろう。しかし実際は、ひと月に10回以上遅刻したことへの罰則なのだ。その罰にすら遅れてくる竹内にはあきれてしまう。俺も10分くらい遅れて来たけど。

「すまん、俺なりの【正義せいぎ】ってものを一晩中考えてたら寝坊してしまった。許してくれ!この通りだ!」

竹内はそう言い終わると同時に、まるで目の前から消えたかと思うほどものすごい速度で膝を地面につけ、ものすごくキレイなフォームで肘を地面に接着させ、ものすごく美しいヒップラインを描いた土下座を披露した。

「おお…、いや、そこまでしなくていいから!早く立てよ恥ずかしい」

思わず見惚れてしまったが、こんなところ誰かに見られたらたまったもんじゃない。

「『謝罪する時は犯した罪の大小に限らず全力の土下座をする』。それが午前1時37分に考えた俺の【正義せいぎ】だ!」

「普通に謝ればいいと思うし、そもそもそんなこと考えずに昨日早く寝とけば、今日遅刻して謝ることもなかっただろ。とりあえず遅刻の件はもういいから、さっさとゴミ拾って飯でも食べに行こうぜ」

「許してくれるのか!ありがとう梅崎!」

竹ノ内はそう言い終わると同時に、まるで先程の土下座の早戻しを見ているかのようなものすごい速度で直立し、ピンと背筋を伸ばしてから深々と頭を下げた。まるでホテルのフロントマンかと思い込んでしまうほどの、それはそれは美しいお辞儀だった。

「おお…、許す許す。でもそんなにかしこまるなよ。昔からの付き合いだろ俺たち」

「親しき中にも礼儀あり!それに『感謝の意を示す時は最大限の敬意を込めてお辞儀をする』。これは午前1時25分に考えた【正義せいぎ】だ」

「なんで時間が経つにつれてお前の【正義うごき】はどんどん地面へと近づいてんだよ。…まあいいや」

俺は竹内に手に持っていた45リットルのゴミ袋と、長さのある銀色のトングを手渡す。

「ほら、これが今日の俺たちの装備。そのゴミ袋いっぱいにゴミを拾って、学校のゴミ置き場に持っていく。その後、教育指導の松田先生に報告して帰る。それが今日の俺たちのクエストな」

「よしわかった。早速俺たちの町をキレイにしよう!【正義せいぎ】の名のもとに!」

「お前の【正義ざれごと】に俺を巻き込まないでくれ…」

竹内は昔から根が真面目で良い奴なんだが、妙なことに影響を受けることがよくある。どうやら今日は【正義せいぎ】の心に目覚めたみたいだが、何事もなく無事に終わるといいが…。


 そんなことはなかった。

竹内は事あるごとに考えてきた【正義せいぎ】とやらを俺に掲げてきたのだ。めんどうくさいほどに。


 横断歩道を渡る子供とすれ違う時、

「『子供の見ている前では信号を守って横断する』これは午前0時12分に考えた【正義せいぎ】だ!」

「交通規則は常に守れよ」


 重そうな荷物を持つおばあさんを前にした時、

「『総重量が5キログラム以上の荷物を持ち、移動手段が歩行しかない状態のお年寄りには、自身の目的地とお年寄りの目的地の方角が一致した際に限り、自身の目的地到着までの間、その時の体力で出力可能な力の60~70%の間で援助を行う』!これは俺が、今日の午前2時43分に考えた【正義せいぎ】です!さあ、その荷物は何キロですか?おばあさん」

「そんな限定されつくした【正義しんせつ】はいらん!おばあさん、どこまで行かれますか?お荷物運びますよ」


 巡回の警察官とすれ違った時、

「『俺以外の【正義せぇいぎ】は、全てゴミだぁ!』これは俺が午前4時44分に考えた【正義せぇいぎ】だぁ!ヒャハハァー!」

「急にどうしたんだよ!お前それ考えてた時絶対憑りつかれてただろ!…あっ、すみません、なんでもないんです、なんでも…」


 そんなこんなで色々あったが、なんとかお互いのゴミ袋を町のゴミで満タンにすることができた。これでやっと帰ることができる。オトモがまともな奴だったらもうちょっと楽にクエストクリアできたのだが。

「俺たちの【正義せいぎ】の行いにより町はキレイになった!誇らしいな、梅崎!」

「俺はゴミを拾いながら、お前の【正義ボケ】も拾ってたから倍疲れたよ…」

「何を言っているのかよくわからないが…。ん?あれはなんだ?」

竹内の視線の先は通学路の裏路地に向けられていた。どうやら高校生くらいの男と年老いた男のホームレスがもめているみたいだ。ホームレスは暴行を受けた後だろうか、壁にもたれかかるようにしてうずくまっている。

「これは大変だ!行くぞ梅崎!俺の【正義せいぎ】を執行する時だ!」

「いや、ここは大人か警察を呼んだ方が…ってオイ!待てよ!」

ゴミ袋をガサガサと鳴らしながら路地裏へと勇み走る竹内。俺は仕方なく同じ音をたてながらその後を追った。


「なんだお前ら?何か用でもあんのか、あぁ?」

いかにも『俺、やんちゃしてますけど何か?』感が満載の男は、急に現れた俺たちを睨みつけながら威嚇の言葉を並べた。見た目は金髪で俺たちより高い背丈、ガタイも良く、何か格闘技でもやっているような印象を受ける。俺と竹内はお互い中肉中背の万年帰宅部。正直、回れ右をして逃げ出したい衝動に駆られる。でも多分…。

「『俺の目の前で起きた弱いものイジメは絶対に許さない』。これは俺が今日の午前3時ちょうどに考えた【正義せいぎ】だ!覚悟しろ悪党め!」

「ですよねー…」

今日一日竹内と一緒にいた俺には、路地裏に入った瞬間からこうなることはわかっていた。どうやら覚悟を決めるしかないようだ。

…殴られる覚悟を。

「なんだよ?何様だよお前…ん?」

男は俺たちの手にしているゴミ袋を睨むようにして見ている。

「お前らあれか?中学生ボランティアのゴミ拾いってやつか。じゃあ俺やってることは同じだよ。町のゴミが動かないようにここ捨てといたんだ。お前らついでにその『ゴミ』持って帰っとけよ!ははは!」

男は『ゴミ』と言いながらうずくまるホームレスを指さし、笑いながらその場を立ち去ろうとしていた。どうやら竹内の挑発にはのらないようだ。

助かった。このままホームレスを介抱して学校へ戻ろう。

「ふざけるのもいい加減にしろ!自分目線でゴミでないものをゴミへと変えていく、お前みたいなやつが町中のゴミを増やしていくんだ!この『ゴミ製造機』め!俺の【正義せいぎ】という名の『ゴミ収集車』が回収してやる!うおぉおおおおお!」

そう吠えると竹内はゴミ袋とトングを地面に放りだし、若い男の方へ突進していった。男の方はすでに迎撃態勢をとっている。このままでは竹内は返り討ちにあい、俺もボコボコにされるだろう。どうすればいい…、どうすれば…。

 

(そうだ!竹内の【正義うごき】をうまく使えば…!)


「竹内!今日遅れた件、やっぱり許さない!その場でもう一度謝れ!」

「わかった!すまない!この通りだ!」

竹内は男とぶつかり合う直前に急ブレーキをかけ、ものすごいスピードで俺の方へ向き直り、軽くジャンプした後、土下座のポージングを空中で作り、そのまま急速に地面へ吸い込まれていくかのように落ちていった。その芸術的なジャンピング土下座に今は見惚れている場合ではない。

竹内はちょうど男のあごの真下で土下座のポーズをとっている。男は急に土下座を決め込む竹内に戸惑い、一瞬の間だが動きが止まった。


(今だ!)


「竹内!俺は寛大な男だからもう一度許してやる!感謝しろよ!」

「また許してくれるのか!ありがとう!梅崎!」

そう言い終わると同時にものすごい勢いで直立した竹内の頭が、男のあごを思いっきり痛打した。

「ゴミュイィ!」

変なうめき声をあげて男はそのまま前のめりに倒れこんだ。どうやら脳震盪を起こしたらしい。

「ん?なんで倒れているんだこいつは…。さては、俺の【正義せいぎ】ある心の叫びが、この男の内なる悪を浄化したんだな!そしてその反動で倒れているわけだ。なるほどなるほど」

よほどの石頭なのか、竹内は頭を痛がる様子もなくのびた男を見下ろす。

「もうそういうことでいいから、早く学校へ戻ろう。ああ、先におじいさんの介抱しなくちゃな。…大丈夫ですか?」

どうやらホームレスのおじいさんは軽症のようで、これ以上殴られないように苦しいフリをしていたらしい。警察などの後処理はおじいさんがやってくれるそうなので、俺たちは学校へ戻ることにした。


 お昼前に終わる予定だった美化活動だが、学校に着くころにはすでに13時を過ぎていた。

待っていた松田先生に「何回遅刻を繰り返すつもりだ」とこっぴどく叱られた俺たちは、昼食をとるため学校を出て近くの定食屋へ向かっていた。

「なぁ、そういえば今日はなんでまた【正義せいぎ】のことばっかり考えるようになったんだよ。いったい何に影響されたんだ?」

俺は最初の遅刻問答のせいで聞きそびれた質問を、竹内へ投げかけた。

「ああ、昨日夜中にテレビを見ていたら、番組に出ていた芸人が高らかに何度も『ジャスティス!』と叫んでいてな。意味が分からなかったから調べてみたら『正義』ということだとわかったんだ。それで、(なんで【正義ジャスティス】を連呼してるんだろう)と思い、俺なりに考えた結果『この芸人はテレビを見ている視聴者に【正義せいぎ】について考えてほしいんだ』ってことに気づいたんだ!それで一晩中自分なりの【正義せいぎ】を考えてたってわけだ!」

「…理由が、しょうもなさすぎる」

俺は【正義せいぎ】がゲシュタルト崩壊しそうな頭をリセットするため、昼食に食べる予定の『焼肉定食おいしいはせいぎ』のことだけ考えることにした。

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